返信 「お前を信じることにするよ」

「誰だよ。こんなものを置いていきやがったのは!」


 昨日の夜中、缶ビールを取ろうと冷蔵庫を開けたときに見つけた紙切れ。


差出人不明。印刷された文字。脅しの手紙なのか、俺を気遣った手紙なのか、その真意が測れない。


 俺が狙われているだって?

 名乗りもせず信じろって都合よすぎだろう。

 あれこれ差出人を考えたけど、想像もつかねえ。


 紙切れを俺は空き缶のように、ぐしゃりと握りつぶした。それでも、胸のあたりのざわざわが止まらない。


「ふざけたマネをしやがって……」


 せっかくうまく回り始めたっていうのに、ケチがついた。今回の仕事は闇バイトだ。ある程度のリスクはあることくらい知っていたが、バレない自信はたっぷりあった。だが、誰も知らないはずのこの場所に、俺の知らない間に手紙が届いた。


「くっそ……」


 俺のやっていることを全部知った風な文章に、俺の根拠のない自信が揺らぎ始めている。

 

「返事を取りに来るやつを締め上げて、どこのどいつか吐かせてやる!!」


 しかしだ。しかし、そんな俺の気持ちをあざ笑うように返事を取りに来た奴は俺の想像を遥かに超えたやつだった。バサリと大きな鳥の羽ばたきが聞こえたかと思うと、目の前に真っ黒な鳥がいきなり現れて、「ヘンジクレ!」と叫んだのだ。


「はああ? お前、なにもんだよ!」

「ヘンジクレ!」


 カラスにしちゃ一回り大きい。ペリカン? いや、ペリカンがしゃべるなんぞ聞いたことがない。おまけに、ふざけたことに、首から黄色い幼稚園バックをぶら下げている。


「ヘンジクレ!」


 鳥が俺の向う脛をつつく。


「はああ? だから、お前、なにもんだよ!!」

「オリバーデリバー!! ヘンジクレ!」

「なんだよ、そのふざけた名前!」

「ヘンジクレ!」

「俺はラリってんのか?」

「ヘンジクレ!」

「痛い! やめろ!」

「ヘンジクレ」

「痛い! やめろ!」

「ヘンジクレ」


 鳥は向う脛をつつくのをやめない。向う脛とつつかれながら、俺ははああっと大きくため息をついた。とたん、鳥は俺の向う脛をつつくのをやめて、俺のそばで羽繕いを始めた。


 なんだよ。まさかの怪奇現象かよ。


 オリバーデリバーと名乗った真っ黒な鳥を見ていたら、ふと、昔、じいちゃんが言ったことを思い出した。


「タクヤ。この世には届けられない手紙を届けてくれる神様がいてな。その神様は、真っ黒な鳥の姿をしていて、どこへでも飛んでいくことができるそうな……」  


 まさか、じいちゃんが??

 笑わせんな。じいちゃんは当の昔に死んだ。

 …………、いや、まてよ。

 こいつが怪奇現象なら、手紙も怪奇現象だ。やっぱ、死んだじいちゃん?

 いや、じいちゃんがこんな言葉を使うか?

 じいちゃん、任侠もの好きだったが、まさかな。

 となると、やっぱり、裏社会の誰かか?

 …………わからん。

 …………………

 …………………

 しゃーない。とにかく、手紙のいうことをきいて、あの件からは手をひこう………。


 


*****


 誰かへ


 お前のことを信じることにする。

 あの件からは手を引いて、ここを引き上げることにする。

 安心しろ。

 これからは、まっとうな方法で稼ぐ。


*****

                         

「これでいいか?」


 俺は新聞広告の裏に手紙を書いて、オリバーデリバーの前に置いた。オリバーデリバーは器用に手紙をくちばしで加え、幼稚園バックの中に入れた。そして、「キラキラレ!」を叫んだ。


「はあ? キラキラ? なんじゃそりゃ?」

「キラキラ!! キラキラ!!」

「金なんてねえしなぁ……、あっ!! そうだ。こいつでどうだ?」


 俺は『月詠のほほ笑み』と呼ばれるイエローダイヤモンドの模造品をオリバーデリバーの前に置いた。もう俺には必要のないものだ。


「キラキラ!! キラキラ!!」

 

 オリバーデリバーは満足そうにそれを受け取ると、幼稚園バックの中にしまい込み、バサッバサッと羽を動かした。すると、大きな風が舞い上がって、あっという間に鳥は消えてしまった。





 あれから、俺は信頼できる仲間と密かにオーストラリアへ飛んだ。素性を隠して、今はワイナリーで働いている。あの手紙の送り主が誰かは未だにわからない。

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