もの語るは雄弁に

@aoyama01

冬の朝

 一月の冬の朝、ストーブの水分量の多い熱気が部屋に満たす。今日は和服の上に半纏で十分位の陽気だ。焼いた鮭の匂いが蛇口以外昭和のような台所に満ちる。

 窓の外はまだ薄暗く、長野県松本市の端にある山間の地は朝が遅かった。

「今日、本の鑑定士が来るからな」

 昨日聞いたことをもう一度聞かされる。

「大事なことだからちょっと同席してくれ。受験前で悪い」

「わかってる」

 高校受験が二か月後に控え、一昨日出願書を送ったばかり。焦りは少しあるものの、後で問題が起きた時を考えるとやっぱり話は聞きたい。

 真鍮の仏飯器にご飯をよそい、仏壇の前に行く。お寺の内装を持ってきたような、黒と金で整えられた仏壇の前に正座をし、静かに本尊の前に並べる。手を合わせてしずかに祈る。

 目を開けると祖母と父の遺影と目があった。まだあまり慣れていない。

 テーブルに戻って手を合わせてから箸をとる。まずは鮭をほぐす。焼いたのは自分だから焼き加減が気になる。

「父さんの仕事って稀少本の研究だったんだ」

「いや、魔術書だ」

 手が止まった。じいちゃんに視線を向ける。からかうわけでもなく、いつも通り仏頂面をしていた。

「なに?」

「魔術書の封印を解く仕事をしていた」

 ……どういうこと?鮭の味がしなくなった。SCPに今更嵌ったかと疑ったものの、ずっと土を焼いて陶器を作っていた。暇があれば陶芸雑誌を見つめる研究熱心なじいちゃん。冗談も全く言わない。つまり、事実だ。

「それは……危険じゃない?」

「危険なものは企業が代行しているらしい」

「ああ、じゃあ、よかった」

 どういうこと?

 聞きたいことはまだ残っていたものの、時計を見ると時間がなかった。客人の対応のためにも準備をしないといけない。

 割り切ると鮭の味が戻ってきた。油が乗って思ったより重かった。

 癖のある髪をワックスで整える。前はあまり身だしなみを気にしてなかったが、葬式や弁護士など人と会う機会が増えてからは美容液を始めるくらいは外見を気にしていた。

 人と会うのだから流石に出来合いの和服を着ている。やっぱり出来合いの方がしっかりしているものの、馴染み具合だと自作よりは少し下だ。

 ピンポン。小走りで玄関に向かい引き戸を開ける。

「こんにちは……」

 開けた途端に固まった。

「はじめまして」

 知っている顔だった。テレビや動画で流れてきた顔だ。

 才木直。ジュニアアイドルグループの一人であった。いわゆる天才と呼ばれた少年。表に出たのは一年ほどだが一瞬でトップアイドルに手を掛けた。が、一年前に突然脱退。それから消息を絶っていた。それがなんの間違いかここに居る。

 一目見て固まるくらいの美少年だ。黒いコートにマフラーを厚く巻いた少年が居た。

 一見で高いと分かる質の服を着ており、異界のような本棚のなかに溶け込んでいた。

 異様な雰囲気を出しているものの、人間違いの可能性もある。

 じいちゃんも待っている。外の空気に頭が冷め、まず聞くべきことを尋ねた。

「……父のお知合いですか」

「いえ。僕は請負人でお父上は依頼人です」

「請負人?」

「僕はこのようなものです」

 鞄を床に置き、名刺を両手で差し出した。

 少年も見よう見まねで両手で名刺を受け取る。

『魔術 魔術書鑑定士 才木直』

「あなたのお父上に魔術書の鑑定を頼まれました」

 じっと見て、首を捻った。

 そういえば合成AIの詐欺CMって流行ってたな。

当然。それにもう一つの事実もあった。

「生前の依頼ですか?」

 渋々確認する。直は頷いた。

「二週間前にメールをいただきました」

 複雑な顔になった。直は既に知っている。

一週間前父が事故死したことを。

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