第29話 転移空間
レスタム王国王城、その地下。
大広間となっているその場所には、大人一人が通れる大きさの漆黒の空間が、広間を囲む様に複数設置されていた。
それは
ラウルは大広間にその
「お疲れ様です、ラウル魔将」
「お前は……リリムの部下か。龍影の森での仕事はもう終わったのか?」
「ミナです。その事なのですが、リリム様がまだ龍影の森にお見えになっていません……何かご存じありませんでしょうか?」
「――なに?」
ラウルは不思議に思う。なぜなら、龍影の森へと繋がる
「――リリムの間抜けめ、別の
ラウルはリリムの間抜けさに頭を抱え嘆く。今この場所にある
その中からリリムが入った
「リリム様がどの
「放っておけ。五日も帰ってこないなら大方、転移先でおもちゃでも見つけて遊んでいるんだろう。気が済んだらそのうち帰ってくる」
「ですが、フォルネウス様からの任務がありますので……それに前回リリム様が行方を晦まされたときは三か月は帰ってきませんでした」
リリムの性格はラウルも良くわかっている。気に入ったものがあったら任務をすっぽかし、平気で数ヶ月留守にすることもざらだ。
そのため、普段リリムに重要な任務が割り振られることはないのだが、今回の任務はほぼ全ての魔将が参加している。魔将の中でも屈指の戦闘能力を保有するリリムも当然対象だ。
「最悪、リリムの任務は今手が空いている他の魔将に引き継ぐしかないだろうな」
「そうなりますよね……」
「リリムの下じゃお前も苦労するな」
「いえ、私は好きでリリム様に仕えているので」
ミナの顔からは疲れは感じられず、むしろ生き生きしている。とんだ物好きが居たものだとラウルは思う。
「そうか。まあ、このことは俺がフォルネウス様に報告しておく、お前は引継ぎの準備だけして待機――」
ラウルはミナへの指示をそこまで言うと、唐突に未完成の
「リリム様!!?」
「リリム!?!」
すると漆黒の中から、左腕を失い満身創痍となったリリムが倒れるようにこの場に現れたのだった。
~~~
目が覚めるとそこはベットの上だった。フカフカのベットに高い天井、そして大きな窓から差し込む日に光を見るに、どうやらレスタムの王城まで戻ってこれたらしい。
「気が付いた様だな。リリム」
「――おはよう………ラウルちん………」
「気分はどうだ?」
「――――怠い、超怠い。一生このフカフカのベットから出たくない」
リリムは身体を起こそうと思ったが、全身が訛りのように重く、断念する。
「お前の千切れていた左腕はベルゼイユ魔将の術で再生することができたが、治癒魔法を使えるラビが不在だったせいで、お前に相当な負担がかかったそうだ。怠いのはその後遺症だろうな。どうせ腕以外は治っていないんだ。しばらくはそこで安静にしていろ」
「……ホントだ。腕がある。ベルちんの術はやっぱり便利だねー」
「後でベルゼイユ魔将に礼を言っておくんだな。それよりも、お前が片腕を失って来るとは一体何があったんだ?」
何があったか、そう訊かれリリムは寝ぼけた頭で、迷宮内で起きた出来事を思いだす。
「そうだ……リリムは負けたんだ」
「負けただと? 何にだ? お前が入った未完成の
リリム自身、あそこで、あれほどの強者と出会うとは微塵も思っていなかった。
正直なんで負けたのかもよく分かっていない。気付いたときにはこのベットの上だ。
ラウルに真実を話したところで、信じてもらえるかどうか――いや、そもそも馬鹿真面目なラウルに話した場合、間違いなく魔帝の耳にも入る。そうなればレンとアリスは危険分子として早急に殺されるだろう。
それだけは避けたい。あれはリリムが見つけた獲物だ。魔帝だろうと横取りは許さない。
「――やっぱり、なんでもなーい」
「なんでもないで済むか。現にお前は腕を失ってきたんだからな。一歩間違えば死んでいたかもしれないんだぞ?」
「……ラウルちん、もしかしてリリムのこと心配してくれてるの?」
「……なぜそうなる……俺はただ、魔将に匹敵する存在が隣国に現れたことを危惧しているだけだ」
「ホントかなー? じゃあ、リリムが寝てる横で本を読んでいた理由は? ラウルちん
「……それは……お前の部下のミナにお前を看ているよう頼まれたからだ……お前は目を離すとすぐどこかに行ってしまうからな」
「ふーん?」
「なんだ。何をニヤニヤ笑っている」
「べっつにー? ラウルちんも素直じゃないなーと思っただけ」
「お前にだけは言われたくないな。まあいい、俺の質問に答える気がないのは分かった」
そう言うと読んでいた本を脇に抱え、ラウルは席を立つ。
「もう行っちゃうの?」
「ミナを呼んでくる。お喋りができる元気があるなら飯も食えるだろうからな」
「食欲なーい」
「なら、無理やりにでも食わせるようミナに言っておこう」
ラウルの言葉にリリムはブーイングする。
「そういえばさー、ラウルちんってなんで王女アリスに逃げられたんだっけ?」
「なんだ、藪から棒に……俺の失態を掘り返しても飯は食わせるぞ」
「ちょっと気になっただけー。なんでラウルちんが王女アリスを殺せなかったのかなって」
「――王女アリスは殺すんじゃなく、生け取りだ」
「……生け取り? なんで? 王族は皆殺しじゃなかったっけ?」
「お前は本当に興味のないことはすぐに忘れるな。絶解の魔眼を持っていたからに決まってるだろ。なんで我々がこの国を最初の標的にしたと思っているんだ」
「――あー……そういえばそうだったね。今思い出したよ」
「まったく……お前も魔将なら――」
ラウルの小言を聞き流しながら先日の魔将たちが集められた集会をアリスは思い出す。
そして全てのピースがハマった。
黒髪に真紅の瞳、そしてあの圧倒的な強さ。
王女アリスと共に居たことからも間違いない。
(――あれが噂の龍神だね……魔神と同じ、神の領域に足を踏み入れた者。
フォルちんの話だと王女アリスは龍神に殺されて、その龍神も力尽きて死んだって事になってた筈だけど――――ー)
「――何がそんなに可笑しい……俺の話をちゃんと聞いてるのか?」
「――え?」
リリムはラウルの指摘で自分が笑っている事に気付く。
「……まったく、この調子じゃ頭の方も治療した方が良さそうだな。
俺はもう行くぞ、お前は余計なことを考えず、数日は大人しくしていろ。分かったな?」
「はーい」
「……そうだ、最後にドラウグル王国でのお前の任務だが、ミナの話だと龍影の森で当たりだそうだ」
「そう」
「何をする気か知らんが、あまり自分の部下に負担をかけるなよ」
「わかってるよー」
今度こそ部屋から出て行ったラウルの背中を見送り、リリムは窓の外を眺める。
「……またすぐ会えそうだね。おにーちゃん」
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