第16話 死にたくない
ギャンツからもダンジョンの主が居るので第四階層には絶対に近づくなと言われていた。
それが今、アリスの目の前に突如として現れる。
「……ここは、第三階層で間違いない筈です……」
階層を数え間違えて、いつのまにかアリスが第四階層に足を踏み入れていた可能性を考えるが、流石にそれはないだろう。
それに先程、赤いスライムが居た。第四階層に出現するのは
そう考えるとやはり、ここに
ダンジョンに出現する魔物は階層毎に決まっているとギャンツは言っていた。それはダンジョンの主とて例外ではない筈だ。
なら
(いえ……今はそんなこと考えている場合ではありません……)
恐怖で震えるアリスは勇気を振り絞り、岩陰から顔を出す。
アリスは岩陰で息を潜め、
しかし、その期待も虚しく
(――最悪です……)
エターナルマップを見ると、この空洞に繋がる通路は二つ、一つはアリスがこの空洞に入って来た通路、もう一つは水場の奥の崖を登った先にある。
今アリスが居る場所は最初に空洞に入ってきた通路とは完全に真逆だ。そこに逃げようと思えば
となると必然的に残された退路は後者の崖上からの脱出になる。
(……ここでじっとしていても、見つかるのは時間の問題、それなら一か八か賭けるしかありません……!)
一応、岩陰に隠れ続けるという選択肢もあるが、それはリスクが大きすぎるだろう。袋小路になったら一巻の終わりだ。
アリスは覚悟を決めると、岩陰から飛び出し崖に向かって全力で走った。
「――ッ……!?」
するとアリスに気付いたのか
同時に背後で地響きが鳴り始め、大地が揺れる。
だが、ここで振り返るわけにはいかない。振り返れば恐怖で動けなくなる。
そう思いアリスは脇目も振らずに無我夢中で走り続けた。
(お願い! 間に合って……!)
そんなアリスの願いが届いたのか、
後は四、五メートルほどの高さがある崖を登り切り、奥の通路に駆け込むだけだ。
「……ハア……ハア……あと、あと少しです……!」
アリスは息も絶え絶えになりながら崖を登る。そして中腹まで登ったところで、アリスは気付く。
先程まで聞こえていた地響きが止んだ事に。
「――あ…………」
次の瞬間アリスの視界から世界が反転する。
――否、アリスが吹き飛ばされたのだ。轟音の中、浮遊感と絶望に飲まれたアリスにはそれしか理解できない。
この高さから地面に叩きつけられれば確実に死ぬ。死んでしまってはもうレンに会うことはできない。そんなのは嫌だ。
レスタム王国の王女という立場から解放され、レンと出会い、アリスは生きたいとやっと思える様になった。レンと一緒に、やりたいこともいっぱいできた。そう思っても重力はアリスを死へと引き込んでいく。
こんな簡単に死んでしまったら命を懸けて守ってくれたアルネルはどんな顔をするだろうか、きっと怒るだろう。
『アリス様、何を弱気になっているのですか?
まだ生きているのに生きる事を諦めるなど、愚か者のすることです!!』
死を受け入れそうになっていたアリスに幻聴が聞こえ始める。
だが、もし今ここにアルネルが居たなら同じ言葉をアリスに言っただろう。
「――そうですね……アルネル。まだ生きてるのに諦めるわけにはいきませんよね……私は、生きたいんですから!」
アリスは手の平に全力で魔力を込め、魔法を放つ。
「
するとアリスが放った魔法は、崖下にいた赤いスライムに直撃し、スライムは一瞬の輝きの後、周囲のスライムを巻き込みながら大爆発を引き起こした。
当然、爆風は崖から落下していたアリスに直撃し、アリスは上空へと吹き飛ばされる。
「――うぐっ……!」
吹き飛ばされたアリスは、崖上へと身を投げ出され、身体を盛大に地面に打ちつける。
「――生き……てる……?」
アリスの起点でなんとか命を繋ぐ事はできた様だが、まだ死から完全に逃れられたわけではない。死を具現化したような存在がすぐ下まで迫っている。
「――蹲ってる場合じゃない……早く逃げないと……」
そう思いアリスは立ちあがろうとする。
しかし――
「――あれ……? 身体が、動かない……なんで……?」
当然だろう。何度も何度も全力で魔物から逃げ、体力的にも精神的にもすり減らしてきた。
そして今の一連の出来事だけで身体はボロボロだ。腕はあらぬ方向に曲がっているし、魔法による灼熱の爆風を受け、身体中の皮膚がただれている。
こんな重症で動けるわけがない。
「……なら、治癒魔法で……」
アリスは折れた腕を無理やり動かし、治癒魔法で身体を癒そうとするが、なかなか治らない。
そうこうしている内に
「――お願い……動いて、動いてよ……」
抵抗できない獲物を前に
(――ここまでですか……レン様……ごめんなさい……)
もう撃つ手が完全に無くなったアリスは今度こそ死を受け入れようとする。
――だがその時、アリスの視界に流れるような金髪が躍り出た。
「はぁぁあああああ!!!!」
それは女だった。顔が整った聖女のような雰囲気の若い女。
彼女は後ろで一纏めにした金色の長い髪を靡かせながら、
すると
「死にたくないなら、早くこっちに肩を貸すんだ!! 今のボクにはこの不意打ちが限界だ!! 直ぐに起き上がってくる!!」
~~~
「ここまで来れば大丈夫」
アリスは金髪の女性に抱えられ、通路をしばらく移動すると、人が二人入るので精一杯な狭い空洞に案内される。
「――あ、あの……助けていただき、ありがとうございました……」
「礼はいい。それより君は怪我が酷いから、安静にした方がいい。ここならあの魔物もそう簡単には入って来れない」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私には行く場所があるので、ここで治療したら直ぐに出ていきます」
「治療って……こんな場所じゃ、応急処置くらいしかできないよ……?」
「少し時間は掛かりますが治癒魔法を使えるので問題ありません」
アリスは治癒魔法を発動させ、折れた腕から治していく。
「――驚いたな。治癒魔法を使えるなんて……初めて見たよ」
「クレアさんも、どこか怪我をしていたら治しますので言ってください」
「……ボク、名前言ったっけ?」
「言ってませんが違いましたか?」
「……合ってるけど、何でボクの名前知ってるの?」
クレアは怪訝そうな顔で訊いてくる。見ず知らずの人間に名前を呼ばれれば警戒もするだろう。
「あなたの捜索を依頼された冒険者です。名前はアリスと言います」
厳密にはまだ冒険者ではないが、そこの部分を詳しく説明するとややこしくなるので、そう言っておく。
「……そうだったんだ。じゃあ、その怪我はボクのせいだね……ごめん」
クレアはそう言うと頭を深々と下げた。
「――あ、頭を上げてください! この怪我は私が弱かったせいで、クレアさんが悪いなんて事はありません……!」
「でも……ボクのことを探しにきて怪我をしたんでしょ?」
「クレアさんを探しに来たのは事実ですが、それは依頼の報酬目当てなので、クレアさんが謝る必要はありません」
アリスとレンは冒険者になるために今回の仕事を受けたのだ。慈善活動をしに来たわけではない。
「むしろ、私はクレアさんに命を助けられましたからね。感謝しかありませんよ」
「――それなら……いいんだけど……」
クレアは優しいのだろう。アリスの言い分も理解はできるが納得はいかない、そういった様子だ。
「それよりも、ここで何かあったのですか? 見たところ、お元気そうですが……ギャンツ支部長が心配していましたよ?」
「ギャンツさんが? それは悪いことをしたな……」
クレアは申し訳なさそうな顔をする。
やはり意図的にダンジョンに何日も居たわけではないのだろう。
「ボクがこのダンジョンを出れないでいた理由はさっきの魔物、
ボクが一人で第三階層を探索していたら、急にアレに襲われてね。
何とか逃げることはできたんだけど、脚に怪我をしてしまったんだ。
一応、応急処置だけはして、ここで療養してたんだけど……」
クレアは怪我をしたという脚をアリスに見せてくる。どうやらかなり深い傷の様だ。止血するために巻いた布が、どす黒く血に染まっている。
「――これは……酷いですね……」
「アリスよりは軽症だよ。こんな脚でも
とはいえ、このまま放置してたら脚が腐るだろう。
だからアリスの治療が終わったら、ボクの脚も治してもらえないかな?」
「もちろんです!」
「ありがとう! じゃあ、これが治ったら二人で力を合わせてダンジョンを脱出しようか!」
「あ、それはできません」
アリスが脱出を拒むとクレアが驚愕する。
「な、なんで……? ボクを見つけられたんだからアリスのダンジョンでの目的は果たされた筈じゃ……」
「――実は、私の他にもう一人、レン様という人がここに来ています。ですが、第二階層の落とし穴に落ちてしまい……離れ離れに……」
「――落とし穴に落ちたの……?」
「そうです……なので早く探さないと……きっとレン様も私を探している筈です」
「ちょ、ちょっと待って! それは……気の毒だけど、もう死んでると思う……」
「それはありえませんっ!!」
アリスの大声にクレアは驚き、肩が跳ね上がる。
「……大きな声を出してすみません。でも、レン様がこんなところで死んでしまうなんて……考えられません。きっとどこかで生きています」
「でも……いや、分かったよアリス。ならボクも一緒に探そう」
「いいんですか……? 怪我が治ればクレアさんは一人でもダンジョンから脱出できますよね……? 私に付き合う必要はありませんよ?」
「さっき、ボクを命の恩人と言ったけど、それはアリスも同じだよ。ならこの恩は返さないとね。それに、
「――クレアさん……ありがとうございます!」
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