第8話 恋バナ
王都内に足を踏み入れたレンは、王都の街並みに目を奪われる。
「これはすごいな……! まるでおとぎ話の中だ……!」
目の前に広がるのは見慣れたコンクリートの巨大建造物群――ではなく、レンガ造りの趣のある街並みだ。
テレビでしか見たことはないが、雰囲気はイギリスやフランスなどのヨーロッパ方面の建造物に似ているだろうか。
「ふふ、レン様、子供みたいにはしゃいで可愛いですね。でも、はぐれちゃダメですよ?」
「う……悪い悪い」
前世のレンに海外旅行などの経験はない。なのでこの珍しい景観を見てつい浮かれてしまった。
「レン様の気持ちも分かります。私も他国の街に来たのは初めてなので、何があるのか楽しみです!」
そう言いながらアリスは微笑む。彼女も初めて来る街に、期待を寄せているようだ。
「だけど、もう日が暮れてきたな」
「そうですね。色々見て回りたいところですが、まずは宿を探しましょうか」
検問に時間が掛かってしまい、もう夕暮れだ。
王都観光はお預けにし、レンたちは宿屋を探すことにする。
〜〜〜
宿を探すために小一時間ほど街を歩き、そこそこ良い宿屋に泊まる事となった。
「受け付けを済ませてきました。そこの階段を上がって三階の突き当たりの部屋だそうですよ。どうぞ、部屋の鍵です」
「悪いな。全部任せちゃって」
「いえいえ! 好きでやってることなので、気にしなくていいですよ!」
「そうか……でも、俺に助けられることがあったら言ってくれよ?」
「レン様は一緒に居てくれるだけで、私の助けになっています!
……と、言いたいところですが、それだけだとレン様も納得されないと思うので、もちろん頼りにさせてもらいます!」
現状アリスのヒモと化してるレンは、少しでもアリスの役に立ちたいと思うが、アリスの助けになれることが今のところ無いのも事実だ。
そこら辺、アリスは気にしていないようだが、レンのこの気持ちは理解してくれてるらしい。
「えーと、この部屋か?」
アリスから受け取った鍵を使い部屋のドアを開ける。
「へー、結構広いな。部屋も綺麗だし――」
「宿での初めてのお泊まりですからね! ちょっと奮発しました!」
そうレンの横で得意げにするアリスだが、レンは部屋を見てある違和感に気づく。
「アリスさん……? この部屋って二人部屋だよね?」
「……? そうですけど……もしかして、別々の部屋が良かったですか……? でも、そうすると結構お金かかっちゃいますし……一緒に野宿しといて別の部屋にするのも変かなと思ったのですが……」
確かにその通りだ。アリスのお金を使っている以上、彼女が問題ないならなるべく金銭的に負担が少ない方法を選ぶべきだ。それにはレンも同意するが、しかしこれは――
「いや、そうじゃなくて……そのだな……俺にはこの部屋のベットが一つに見えるんだが……」
「私にもそう見えますね! とても広くて二人で寝ても余裕そうです!」
悪びれもせずアリスはそう言うが、宿屋の主人の話じゃ今日は客が少なく、部屋が結構空いてると言っていた。なぜわざわざダブルベットの部屋にしたのか疑問だ。
「……もしかして間違えたのか? なら俺がベットが二つある部屋に変えてもらお――」
レンは部屋を変えてもらいにドアに向かおうとするが、アリスが勢いよく回り込みドアの前に立ちはだかった。
「レン様。この宿屋の二人部屋はこれが普通らしいですよ? ですので、部屋を変えてもらう必要はありません!」
「――え? そうなの?」
「はい!」
そんな訳ないだろう。それが本当なら男二人組の宿泊客が同じベットで添い寝する羽目になる。
「……流石に男女で同じベットに入るのはなあ……仕方ない。じゃあ、俺はそこのソファーに寝るとしよう」
「――え……私と一緒に寝るのは嫌ですか……?」
アリスの表情が曇る。もしかして寂しいのだろうか。
この十日間の旅で、アリスはいつでも気丈に振舞っていた。悲しみなどまったく感じさせないほどに。
だが実は無理をしていたのかもしれない。
しっかりしているので、忘れそうになるがアリスはまだ十六歳だ。
アルネルという唯一の心の支えがいなくなって、平気な筈がないのだ。
「……嫌じゃないが……でも俺も男だからな。年頃の女の子と同じベットで寝るのは流石にまずい。万が一間違いが起きないとも限らないしな」
いくらアリスが可愛くても、十六歳の少女に手を出すつもりはない。
だが、同じベットで寝るのは流石にレンの倫理が許さない。
傷心しているアリスの力にはなりたいが、どうしたものか。
「……間違……い……ですか……」
レンが必死に代替案を模索していると、アリスの顔がみるみる赤くなっていく。
「――そ、そうですよね……! 流石に同じベットはまだ早いですよね……!
……それじゃあ私……他の部屋借りてきますううっ!!」
そう言うとアリスは勢いよく部屋を飛び出して行った。
「……え……?」
レンはそんなアリスを見て呆然とするのだった。
〜〜〜
別の部屋を借りに、一階の受付へとアリスは向かう。
今回ベットが一つの二人部屋を借りたのはアリスの作戦だった。端的に言うとレンの気を引くためだ。
十日以上一緒に旅をしてきて、レンがアリスを一人の女性として、まったく見ていない事は分かっていた。
おそらく、レンはアリスのことを可哀想な子供として見ている。旅の中で接しているうちに、それに気づいてしまった。
それはアリスにとってあまり嬉しい事ではない。
なぜならアリスはレンに女性として見てもらいたいからだ。
恋愛をした事はないので、この気持ちが恋かどうかは分からないが、子供として見られるのは嫌だ。
なので、女性として意識してもらうために、添い寝を思いついた。
我ながら単純な策だとアリスは思う。
結果は添い寝作戦を実行する前にレンに拒否されてしまった。
もしかしたらレンはアリスのことが嫌いなのかもしれない。そう思い、とても悲しくなったが実際は違った。
レンはアリスを女性として意識してくれていたのだ。それが分かってとても嬉しかったが、気恥ずかしさで、つい部屋を飛びだしてしまった。
「はあ……この後どんな顔でレン様の所に戻れば……」
「お客様、お部屋の用意ができまし……どうかしましたか?」
アリスがロビーのソファで思い悩んでいると、宿屋の受付嬢から声がかけられる。
「――え? あ、すみません! ありがとうございます!」
「何かお悩みの様ですね。私で良ければ、お話聞きますよ?」
受付嬢は興味津々といった感じで隣に座ってくる。
「いえ……悩みというほどでは……」
「まあまあ、話してみてくださいよ!
あ、まずは自己紹介からですね。私の名前はリアです。この宿の主人の娘で受付嬢をやってます!
お客様のお名前は……アリスさんでしたよね?」
リアの問いかけにアリスは頷く。アリスの名前で宿の受付をしたので覚えていたのだろう。
「アリスさんは、貴族様なんですか?」
「――いえ、ただの旅人ですよ」
「そうなんですか? 服装もそうですが、とてもお美しい方なので、どこかのお姫様かと思いましたよ!」
「あははは……」
リアの鋭い指摘にアリスは苦笑いで返す。
「それにしても旅人ですか。羨ましいです。私、この街から出たことないから、そういうの憧れます! 見たところ、私とそう変わらない年齢に見えますけど……」
「十六ですよ」
「十六!? 私より二つも年下でこんなにしっかりしてるんですか!?」
「あはは……二つぐらいそんな変わらないと思いますよ? それにリアさんだって、お仕事頑張ってるじゃないですか」
「仕事といっても家の手伝いみたいなものですからね。大したことじゃありませんよ。
あ、私のことはリアでいいですよ」
「では、私もアリスと呼んでください」
「え!? いいんですか!? いや、でも、流石にお客様を呼び捨てにするのは父に……宿の主人に殺されてしまいます……!」
「……そうですか? それは……残念です……」
同年代の友達というものにアリスは憧れていたので、お客として一定の距離を置かれるのは少し残念に思う。
「……やっぱりアリスと呼ばせてもらっていいですか?」
「――もちろんいいですよ……!」
残念な気持ちが顔に出ていたのだろうか。リアは呼び捨てにしてくれるようだ。
「それで、アリスは何を悩んでいたんですか?」
「……リア、あなたは恋をしたことがありますか?」
「恋ですか? もちろんありますよ。恋の一つや二つ……もしかして、一緒に居た黒髪のイケメンと喧嘩でもしましたか?」
「――え!? どうしてレン様が出てくるんですか!?」
「え? 恋の相談ですよね? あのイケメン……レン様? はアリスの恋人じゃないんですか?」
「ち、違いますよ! まだ旅の仲間です!」
「えー、本当ですか? でもベット一つの部屋借りてたじゃないですかー」
「それは、間違えたんです! いま別の部屋借り直したじゃないですか!」
「あー、確かにそうでしたね! すみません! でも『まだ』って事は、これから恋人になりたいってことですよね?」
リアの指摘にアリスは驚く。恥ずかしいので、否定したくなるが、ここで嘘をついても、なににもならない。
「――それが……私は恋をした事が無いので、この気持ちが恋なのか分からないんです」
「ええ!? 恋した事ないんですか!? こんなに可愛いなら男なんていっぱい寄ってきますよね? 考えただけで羨ましいです……」
「あまり異性とは関わらない生き方をしていたので……それと見た目はあまり関係ないのでは?」
「――すごい。アリスに言われると、嫌味に聞こえないです。それにしても、絵に描いたような箱入り娘が旅人ですか……色々事情がありそうですね」
「――そこら辺はあまり聞かないでいただけると……嬉しいです……」
「もちろん。聞かれたくないことぐらい誰にでもありますからね……アリスも大変なんでしょう」
リアとは仲良くできそうなので、あまり隠し事はしたくないが、仕方ないだろう。
リアは意外とそこら辺の理解があって助かる。
「では大体の事情が分かったので、本題に入りましょうか」
「お願いします」
「まずアリスはそのレン様と一緒にいる何を感じますか?」」
「一緒にいると楽しいですし、とても安心します。ですが最近、夜眠る時、もし朝起きてレン様が居なかったら、と不安になることもあります。でも、これはアルネル……亡き友人にも思っていたことですので……」
「それだけでは恋とは言えない……と?」
「そうです」
「ではちょっと話変わりますけど、その友人が結婚したとしたらどう思いましたか?」
「アルネルが結婚……? それはとても嬉しいですね。大切な人が幸せになること以上に嬉しいことはありませんし……」
「ではレン様がある日、他の女性を連れてアリスの前に現れ、愛し合ってると言われたらどう思いますか?」
「――それは……とても嫌な気持ちになりました……」
「ふふ、それが恋ですよ。アリス」
「これが……恋……」
「嫌な気持ちになったということは、相手がどうであれ、自分以外の女性とは一緒になって欲しくないって事ですよね? ならもうそれは恋ですよ。それが分かれば、あとは簡単じゃないですか?」
「私はどうすればいいのですか?」
「誰かに取られる前にアリスのものにするしかありません!
そのためには自分を知ってもらうことです」
「知ってもらう……?」
「そうです! 私はあなたに好意がありますよという素振りを見せましょう。そうしていくうちに、アリスのことが気になり始め、もっと知りたいと思わせることができます!
そしたらもう勝ったも同然です!」
「なるほど……?」
「それに男性は、可愛い子に言い寄られたら弱いですからねー。私の元彼はそうやって顔が良いだけの女に寝取られましたので、効果は保証しますよ」
さらっと爆弾発言をするリアに、同情しつつも、リアの言うことを試す価値は大いにあると思った。
「アリスならベットに押し倒すだけでもイケると思いますけどね」
「おしっ……!? す、するわけないじゃないですか……!
それに、レン様はそんな軽い男じゃありませんからっ!」
アリスが怒るとリアは「冗談ですよー」と悪びれた様子もなく言う。
「もー……でも、リアのおかげで少し気が楽になりました。ありがとうございます……!」
「いえいえ。私もアリスとのおしゃべり、とても楽しかったです!
これからも時間がある時にお話し聞かせてくださいね? レン様との恋の進捗も聞きたいですし!」
「――またお話し聞いてもらってもいいんですか……?」
「もちろん。もう私たち恋バナをする仲じゃないですか!」
「それって、友人ってことですか……?」
アリスは恐る恐る聞いてみる。
「――もちろんそうですけど……あれ? 友達と思ってたのってもしかして私だけ……?」
リアがショックを受けた表情をする。
「――あ、いえ! 違うんです! 私もリアとはそういう関係になりたいと思ってました!
ですが、こんなすぐに友人になれると思ってなかったので……」
「アリスって純粋と言うか、なんというか。あー、もう! 可愛い! 抱きしめて良いですか!」
リアは両手を広げてアリスに迫ってくる。
「それは……もう少し仲良くなったら考えてみます」
「意外とガードが固いですね。これなら悪い男に引っかからないでしょう!」
「レン様は悪い男ではありませんよ」
「誰もレン様のこととは言ってませんよ?」
「――もー! 意地悪する人は嫌いです……!」
意地悪してくるリアに頬を膨らませアリスは抗議するが、リアはそれを見て大笑いするのであった。
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