第26話 宣戦布告(2)


 どうにも、エレノア嬢は自分が「弱い」と思われることが嫌なようだ。

 普通に考えれば『煉獄れんごく魔法』を使える彼女を誰も「弱い」とは思わないだろう。


 地方貴族である俺に負けたことで「他者よりもおとっている」と思われる事がしゃくさわると考えた方が正しいのかもしれない。


 魔法には相性もあるので、気にむ必要はないのだが――


(勝者である俺がそれを言っても、嫌みにしか聞こえないか……)


 かりに俺が「この場の全員」に勝てば、少なくとも「お前たちも他人ひとのことは言えないではないか!」となる。

 負けた――という事実は変わらないが、彼女の面子メンツも少しはたもてるだろう。


 エレノア嬢がやや強引な手を使ってしまったのは『貴族の誇りプライドから』というよりも、実力主義がモットーの魔人族にはよくある「強くあらねばならない」という『思い込み』からきているモノのようだ。


 勿論もちろん、魔人族全員が「強さがすべて」とは思っていない。

 しかし、戦乱の世が長く続いた。


 弱ければなにも守ることは出来ない。

 弱さは悪である――そんな考え方が、戦争が終わった今も根強ねづよく残っている。


 上位貴族ともなれば責任もともなうため、その感情はより強いモノなのだろう。

 理解はする。だが、だからといって「俺に全員倒せ」とは――


(無茶なことを言ってくれる……)


 相手は上位貴族だ。現状では後2人程、倒すことが出来ればいい方だろう。

 それに目的は「刻印を集める」ことにある。


 魔法陣の仕組みに対し、大体の見当は付いるので、こちらとしては「カードに刻印が5つ集まればいい」という算段だった。


 必ずしも「相手を倒せばいい」そんなワケでもない。

 刻印が描かれるまで、魔方陣の内側にとどまっていればいいのだ。


 『カレー魔法』で防御にてっする――というのも手だろう。

 後は他の参加者の様子を見て、可能であれば刻印を増やせばいい。


 如何いかに魔法陣の内側で相手に魔法を使用させるかが重要になってくる。少なくとも今回は――エレノア嬢やアルチュール先輩とは――魔法の相性が良かった。


(この調子で油断せず、勝てそうな相手とだけ戦おう!)


 そう思っていた矢先にエレノア嬢からの圧力である。

 こうなってしまっては頑張るしかない。


 最初は能力を隠し「あまり目立たない方向で学園生活を送ろう」と考えていたのだが、このような状況になってしまっては、もう手遅れだろう。


 俺が取れる手段は一つ――


(スパイスから、カレーを作るしかない!)


 勿論もちろんむずかしいことは分かっている。失敗する可能性もあるが、魔王十氏族を相手にするのであれば、俺の『カレー魔法』を進化させる必要があった。


 本来なら魔王学園の在学中に――


(ゆっくりと研究するつもりだったのだが……)


 表情には一切出さず、俺は勝つための手段カレーを考える。

 定番の『チキンカレー』で練習しよう。


 スパイスを調合するのであれば、それにえうる具材の強化も必要かもしれない。

 まずはタマネギだ。


 一緒にニンニクとショウガを加えるとして、それを飴色あめいろになるまでいためる。

 また、味の調和とコクを考えなければならない。


 やはり、トマトを加えるのが良さそうだ。しかし――


(トマトの持つ水分には注意が必要だな……)


 一方で、俺と直接戦ったエレノア嬢とアルチュール先輩以外は『カレー魔法』に対し、まるで興味はないようだ。


 むしろ「『即死魔法』ではなくて良かった」と安堵あんどしているふしさえある。

 エレノア嬢はそんな彼らの様子を見て「負ければいい」と思っているのだろう。


 魔王十氏族が負ける――という状況は上位貴族にとって、よろしくない。

 現状、次期魔王に一番近いのが彼らだろう。


 本来ならば、エレノア嬢は油断している彼らに「甘く見るな」と忠告する立場だ。

 しかし、俺の『カレー魔法』について、詳しく説明はしていないらしい。


 その所為せいもあって、彼らはやや楽観的な雰囲気である。

 俺としては、挑発を本気にされなかった事に対し、ホッと胸をで下ろしていた。


 ただ1人、アルチュール先輩だけが、気の毒そうな視線を残りの魔王十氏族たちへと向けている。


「明日が楽しみだ♪」


 とエレノア嬢。そう言って、年相応の笑顔を浮かべた。

 本来なら、素直に「可愛い」と思うところなのだろう。


 だが、本気で「俺が全員を倒す」と思っているのであれば、その笑みは邪悪以外の何者なにものでもない。


(困った人だな……)


 俺は頭を下げ、上位貴族である彼らが去るのを黙って待つ。

 あらしが過ぎ去るのを待つ――とはこの事を言うのだろうか?


 なんとかごすことが出来たと思う一方で、オロールの従者である女騎士と侍女のエマは顔色がえない。


 彼らの持つ魔力に当てられたのだろうか?

 逆にオロールとラッシー、パールはケロリとしている。


 その顔には余裕すらあった。どうやら「俺が勝つ」と本気で思っているらしい。

 エレノア嬢といい――


(やれやれだ……)


 俺は階段を下りる際、オロールの手を取ってエスコートする。

 そして、最後の一段を降りる時、彼女は洋扇センスを広げ、俺の耳元でささやく。


貴方あなたが魔王となることを信じています」


 たった一言だが、俺にとってはエレノア嬢の言葉よりも強烈だ。

 その意味は「絶対に負けないで」だろうか?


(まったくって、お姫様は容赦ようしゃがない……)

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