第20話 スパイス能力(2)


 学園に戻ると寮の部屋へと案内される。

 寮といっても、はなやかにたたずむ貴族の屋敷だ。


 一般の生徒が下宿する街に建てられた寮とは、見た目からして異なる。

 男子寮と女子寮があり、それぞれ学園の敷地内に存在した。


 学園をはさむ形で東西に位置し、庭園のある大きな屋敷となっている。

 俺がてがわれたのは、奥にある角の部屋で――


(やはり、俺がスタティム家の者だからだろうか?)


 文字通り「すみに追いられた」といえなくもない。

 血統魔法が『死の系統』であるため、警戒されているようだ。


 オロールやエレノア嬢が特別なだけで、他の生徒からすると「死神のように思われている」のだろう。殺人事件でも起これば、間違いなく「俺が犯人」というワケだ。


 部屋自体に問題はない――といっても貴族用の部屋なので、一般の学生が下宿している寮の相部屋よりも、ずっと広い。


 勿論もちろん、実際に学生寮を見たワケではないが――


(それくらいは想像がつく……)


 また、従者であるパールとラッシーも一緒だ。

 扉を開けると、更に複数の部屋が存在した。


 本来ではあれば、学園という場所は『学びの場』であり、公平をすべきだろう。

 しかし、血統魔法をあつかえる貴族は、それだけで特別な存在だ。


 一般の魔人族と比べて、最初から大きな差がある。


(差別ではなく、区別といった所だろうな……)


 魔人族は全員が『魔法使い』と言ってもいい。

 下手をすると老人や子供でさえ、簡単に魔法で人を殺すことが出来る。


 エレノア嬢やアルチュール先輩なら、個人の能力だけで街を壊滅させることも可能だ。そんな人物と関わった場合――


(余計なトラブルが発生するのは目に見えている……)


 貴族と平民――お互いのためにも上下関係をハッキリさせ、距離を置いた方が「後々のちのち、問題は起こりにくい」という事だろう。


 魔人族の社会が実力主義な点もまえ、当然の配慮はいりょともいえた。

 そして、その頂点が魔王なワケだが――


(どう考えても、俺の器じゃないよな……)


 一瞬いっしゅんでも「よし、ねらってみよう!」と考えた自分がバカに思えてくる。

 部屋の中を見渡すと、オロールの従者にあずけていた荷物が届けられていた。


 預かってくれるだけで良かったのだが、気を利かせ――レクリエーションへの参加中に――運んでくれたようだ。


「ご主人は休んでいるのです! わん♪」


 とラッシー。部屋にあった椅子イスを俺の前に用意すると、座るようにうながす。

 それから腕をまくり、窓を開けると部屋の掃除を始めた。


 こう見えて働き者である。

 一方でパールは「部屋に異常はないか?」と点検を行っていた。


 変な仕掛けや魔法が付与されていないか、調べているようだ。

 そういう所は用心深いらしい。


 現状、問題があるとすれば――


(俺の居場所だろうか?)


 手伝うよ――と申し出るのは簡単だが、それでは彼らの仕事を奪ってしまう事になる。


 かといって、護衛を兼ねている彼らから離れて、勝手に行動するワケにもいかない。


 こういった時は、黙って見ているしかないようだ。やがて、安全確認が終わったのか、パールの許可が下りたので、部屋の中を確認して歩く。


 せまいが、トイレや風呂もついているらしい。


(特に不自由することはなさそうだな……)


 寝室の方へ行くとラッシーがベッドメイキングを終えていた。


「あっ、ご主人です! わん♪」


 とラッシー。パタパタと尻尾しっぽを振って無邪気に近づいてくる。

 そして、俺に抱き付くと、


「今日はご主人と一緒に寝てもいいですか? わん♪」


 と聞いてきた。夏場は暑いので勘弁かんべんだが、今の季節なら問題ないだろう。

 俺が許可すると、


「わーい! やったです! わん♪ 嬉しいです! わん♪」


 その場で万歳ばんざいをしながら、クルクルと回る。

 初めての場所で眠ることに不安を覚えたのだろう。


 また、ラッシーの場合「野生の勘」が働くようだ。

 この寮に「強い魔力を持った存在いる」その事を感じ取ったのかもしれない。


(俺では頼りにならないと思うのだが……)


 ラッシーとしては「ご主人のそばが一番安全なのです! わん♪」という事のようだ。安心して眠ることが出来るらしい。


 昔から一緒に暮らしているので、り込みのようなモノだろう。パールの方へ視線を向けると「仕方ないですね」といった感じで肩をすくめられた。


(言いたい事があるのなら、言ってくれればいいのに……)


 そんな事を思いつつ、俺はラッシーに「掃除の方は終わったのか?」と聞く。すると、


「待ってください! わん! もう少し掛かるのです! わん!」


 という返答をもらった。

 全部の部屋の掃除は無理なので、寝室の方の掃除を優先させたようだ。


 見たところ、多少ホコリはあるが――


(特別、汚れているワケではないようだな……)


 俺は『カレー魔法』でスパイスの香りを生成すると――トイレやバスルームなど――部屋中ににおいを充満させる。これで部屋の空気を支配下に置いた。


 後は空気を操作し、ホコリを集めるだけだ。


黄金の掃除体験ゴールド・エクスキューショナー!」


 そして――ズキュウウウン――と集めたホコリをゴミ袋へと捨てる。ラッシーひとりに掃除をさせるのは可哀想かわいそうなので、これくらいは手伝ってもいいだろう。


「ご主人、流石さすがです! わん! アタシたちに出来ないことを平然やってのけるです! わん」

「そこにしびれる! カレールウ!」


 ラッシーとパール。

 俺は『カレー魔法』を解除し、スパイスの香りを消去すると、


「さあ、食事に行こう」


 と声を掛ける。


「ありがとなのです! わん! お腹空いたのです! わん!」


 とラッシー。この技の欠点はスパイスの香りでお腹が減ることにある。

 俺たちはラッシーが換気のために開けていた窓を閉めると、部屋を出て食堂へと向かうのだった。

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