第18話 悪魔崇拝者とコレクター06/10。

終わりのない洗脳。

だが、終わりのないものなんてない。

サンスリーは生贄がなくなって、魔法が戻った瞬間に一気に反撃に出る事にしていた。

恐らく1日に3人は生贄を必要とする。


生贄には悪いが我慢比べだと思っている。

生贄の調達なんて、そう永続的にできるものではない。


だがまあ随分と古典的な手を使う。

薬物で酩酊状態を作り出して、意思を奪い、与えたい情報で上書きしていく。

この音と暗闇は効果的だ。


だが、残念な事にサンスリーはその全てを父の命令で喰らわされてきた。

不眠不休での戦闘や勉強、料理、なんでもやらされた。


今になって活きたとしても笑えなかった。


3日後、進捗を見にきたシューカシュウに、老人が言い訳をしているのが聞こえてくる。


「あの男、この洗脳方法の知識があるのか、今も抗い、打ち破ろうとしています」

「流石だなぁ。それなら薬の量を増やしなよ」


「これ以上は意思を奪うどころか、自我まで…」

「構わないよ。命令して動いてくれればそれでいいよ」


冗談ではない。

サンスリーは辟易としたが、まだなんとかなる。

そう思った次の瞬間、シューカシュウの言葉には反応してしまった。


「君の父上は酷い男だ。君を放り出した。さぞ心細いだろう?だが、だからこそここが君の為の楽園だよ。私が君の為に仕事をあげよう。存在の意味をあげよう」


サンスリーは洗脳の打破よりもシューカシュウの言葉に引きずられてしまう。


この数年、本当に何をしていいかわからなかった。

目の前に現れるトラブルに、ただ反射的に対応していた。

できる事なら指示を待ちたかった。

拙い指示に不満を持ちながら完遂したかった。


ここからはあっという間の事だった。

昼夜を問わず行われる洗脳により、サンスリーは打破のために口ずさんでいた自分の名前すら言えなくなっていた。



念入りに洗脳をされたサンスリーは7日後、ようやく解放された。


目に光はなく、言われるままに風呂に入り、抱いて壊せと言われた女が何度気絶してもお構いなしに突き上げて壊してしまう。

その仕上がりに満足したシューカシュウは、新調しておいた装備をサンスリーに与え、出来上がった姿を見ると「んふぅぅぅっ」と声を上げて、「サイコーだ!」と喜ぶ。


「前もってお話ししましたが、自意識を奪い、サンスリーという名を消しましたので…名前を使用する収納魔法と、ファミリアの能力は失っております」

「んー…、仕方ないよね。そんなのなくても強いからいいよー」


ニコニコと笑顔のシューカシュウは「でも、魔法の威力も見てみたいなぁ。ファイヤーボールとかは打てるんだよね?」と聞くと、老人は「はい。ご当主様の命令に従います」と答える。


「ふむふむ。あー…ファイヤーボールだ」


この言葉に合わせてサンスリーが右手をかざしたが、手からはファイヤーボールが出てこない。


「ご当主様、まだ魔封じの効果が残っています」

「んー…?あとどのくらい?」


「もう間も無く夕刻なので、そろそろ消えます」

「じゃあ、いらないものを庭に集めて全部焼かせてみようかな。一撃でどれだけ破壊できるか見てみたいよね」


シューカシュウは、サンスリーが魔法を使えるようになるのを心待ちにしながら、不用品を庭に出していく。

中にはいらなくなった人間、先ほどサンスリーが気絶させた女もその場にいた。



「君たちはもういらないんだ。置き場所に困るしね。新しい物も欲しいしさ、だから処分するよ…捨てるんじゃなくて、キチンと処分するなんて私はコレクターの鑑だなぁ」

うすら笑いを浮かべたシューカシュウが、「ファイヤーボール、やっちゃってよ」と言うとサンスリーは右手をかざした。


次の瞬間、真っ赤な光がサンスリーの胸から飛び出して、シューカシュウと洗脳を担当した老人を殺していた。



サンスリーは夢を見ていた。

だが、自分の事も、状況も何も思い出せない。


ただただ何もない小屋で、のんびりと椅子に腰掛けて休んでいた。


そこに元気よく飛び込んできた少女は、サンスリーを見て「あれ?どうしたの?私の事を忘れちゃった?」と質問をしてくる。


見覚えはある。

それも無碍にしていい人間ではない。

それはわかるのに名前を思い出せない。


「知ってる。だが名前が思い出せない」

「そっか、他に覚えてる事は?」


「わからない。聞かれればわかる気がする」

「じゃあ、とりあえず2人きりだし、ベッドもあるから久し振りに抱いてよ」


「抱く?」

「嫌?私は抱きしめられても、キスをされても、抱いてもらっても気持ちいいから、して貰うのが好きなんだよ」


目の前の娘を抱けば、何か思い出すかもしれない気持ちでサンスリーは娘を抱いたが、何も思い出せない。


娘の方は不満気に「マシはマシだけど、前ほど気持ちよくない」とベッドの上で不満気に口を尖らせる。


「やっぱり名前を思い出さないとダメなのかな」

「…そうか?申し訳ないな」


「いいよ。とりあえず質問に答えてよ」

「ああ、そうすれば何かわかるかも知れないな」



少女が笑顔のまま、「ねえ?ラヴァって知ってる?」と聞いた瞬間、サンスリーは身体を震わせてしまう。


忘れてはならない存在。

それなのに顔も何も思い出せない。


気持ち悪さと強烈な頭痛にうずくまって唸るサンスリーを、娘は見おろしながら「サシュは?ソシオは?スゥは?セウソイは?エムソーは?レンズは?」と立て続けに聞く。


苦しみながら「思い出せない…忘れてはならないはずなのに…何故だ!?」と言うサンスリーに、「今は名前を奪われたからだよ」と少女は言った。


「名前…だと?」

「そうだよ。アイツらはあなたから名前と意思を奪ったの。だから何も思い出せない。だから私は抱いて貰っても気持ちよくなかった」


少女はサンスリーを抱きしめて、「私が出てこられているのは、本当の名前じゃない名前で繋がったからだよ」と耳元で囁く。


「何?」

「今、この場所は長いけど、外は一瞬の出来事だよ」


少女はそう言うと、「聞いて、外にいる私の声を、そして思い出して、私の名を、私の名を呼んで、あなたの名前を取り戻して」と続ける。


サンスリーは耳を傾けると声が聞こえてくる。


『よくもゲイザーを!』

『ゲイザーをやらせない!』

『女の人をよくも穴にしたな!ゲイザーに穴にさせたな!』

『殺してやる!』

『ちっ!敵が増えた!ゲイザー!目を覚まして!一緒に戦って!ゲイザー!」


ゲイザー…、見る者。

父がくれた偽名。


サンスリーは、改めて目の前の少女を見ると、見覚えがあった。今は名前もわかる。


「ドルテ…」


ドルテはニコリと笑うと「遅いよゲイザー!でも助けられて良かったよ。ずっと一緒だからね」と言ってサンスリーに飛びつく。

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