青瞬2in1ガール

奈平京和

第1話 待ち伏せ

 空気はほぼ窒素と酸素、そしてその他、微量なもの30種類くらいで出来ているそうです。でも最近思うんです。本当にそれだけでしょうか?


 まだ若い走であっても夜更かしが過ぎほとんど寝ていない状態では、仕事への意欲より休みたい気持ちの方が圧倒的に強かった。だが上司から新入社員を教育、指導するよう指示されていたため休むわけにいかないと気を引き締め、何とか会社に向かっていた。四月なかばの街路樹に朝の日差しが当たっていた。眠気との戦いの最中であっても、その街路樹のきれいな新緑に惹かれて思わず立ち止まり、枝先を見ると若葉で覆われていた。あらためて全体を見直すと命の躍動感が感じられ「きれいだなー、紅葉よりきれいかもな」と、強い眠気に襲われているにもかかわらず、小さな感動さえ覚える走だった。新緑から目を離さないまま走が歩き始めたとたん何かを踏んづけた。グニュという感覚だった。「何踏んだんだろう。吐き捨てガムだったらやだなー」と思いながら足を上げて靴底を見たが、何も付いていなかった。「あれ?」と思いそのまま視線を下げると、歩道の上に萌黄色をしたゴムのような小さな固まりが見えた。「これか、踏んだのは。ゴムみたいだな。これなら問題無し」とほっとした時、その固まりが一瞬、青い光を発すると、変形しながら膨らみ出し、十センチ位の高さの女の子の人形になった。アニメのメインキャラのような見た目で目やくちびる、肌などの色は人間ぽかったが髪と服の色は萌黄色だった。「なんだこれ面白い!」そういう最新のオモチャだと思った走が拾おうとしてかがみ右手をのばすと、その女の子の人形が急に顔を上げて走の目をじっと見ながら「イッテー、骨が全部折れた」と言った。小さい上に、顔が可愛く、声まで可愛いので怖さを感じることは全くなかったが、まだ若い走の知識や経験ではどうにも理解できず、いや相当な物知りでも理解できることではなく、それでも何か結論を出そうと斜め上を見ながら考えていると、オモチャだと思って拾おうとして出していた右手に、重さを感じない何かが掴まってくるのを感じた。反射的に振り払おうとしたが、手は走の意思に反し動かなかった。「なんだ、どうしてだ?」と右手を見ると、走が拾おうとした女の子の人形が、自分の右手の小指を掴みよじ登ろうとしているのが見えた。が、見えるのはそれだけで他に手が動かせないように拘束していると思われるものは、何も見当たらなかった。「と言うことは手を動かせないのはこの人形のせい…だよな。他に何もないもんな。妖怪かなんかで僕の右手をコントロールしてるのかな?でも妖怪が活動するのって普通夜だよな。今、朝なんだけどな…」走の冷静に考えてから行動する性格から、焦って何とかしようと頑張るようなことはせず原因を推測しているうちに、女の子の人形が走の小指の付け根に達した。すると走の手が勝手に動き出し、手のひらを上に向けた。その上にあぐらをかいて座った女の子の人形が腕組みをして「骨が全部折れた。責任取ってよね」と言った。「これは間違いない。この人形にコントロールされてる。でもこんなことあるはず無い。夢なのか?確かにろくに寝てないから、いつの間にかまた眠っていて夢の中で出勤してるのかも?夢の中ならこんな非現実的なこと普通にあるからな。しかし夢にしちゃリアルすぎるんだよな。でもこれが現実だとしても、全然怖くない。いや可愛い!漫画みたいに頭でっかちだけど、可愛い」と走が思っていると女の子の人形が「責任、取ってよね」と繰り返した。骨がなさそうな体なのに骨が折れたという主張に最初から疑問を感じていた走が「ゴムで出来てるみたいなその体、骨折しようがないんじゃないかな?それに骨折してたら僕の手をよじ登るなんて出来ないと思うけど」と言うと、女の子の人形が「なぜゴムで出来てると思うの、他のものの可能性は考えないの?」と聞いてきた。走が真面目に答えようと考えていると、女の子の人形が「かけるって名前、走るの走だけとってかけるだよね。全てとは言わないけど、だいたい知ってるよ走のこと。だから私からは逃げられない。だからあきらめて私を走の家に連れて行きなさい」と言った。驚いた走が「何で?何で有名人でもない僕みたいな普通の、普通の小市民のこと知ってるの?」と聞くと、女の子の人形がちょっと恥ずかしそうに何かぼそっと呟いた。その声が小さすぎて聞き取れなかった走が「ひょっとして未来から来たターミネーター2の液体金属みたいなロボット?そして電気信号で僕の右手を操ってる?」と聞くと女の子の人形が「映画の世界に染まりすぎだよ、私はロボットじゃない。確かに骨がないから骨折はしてないけど、踏まれて痛いのは本当なんだから家に連れてって介抱しなさい」と、命令口調で言った。命令されたことにカチンときた走が「ロボットじゃないんなら何?介抱しろってどう介抱するんだよ?」と聞くと女の子の人形が急に優しい口調になって「柔らかい布団がいいな。それと何か美味しいもの食べたいな」と答えた。「普通の人間の女の子みたいなこと言ってるな」と思いながら顔を上げた走は、遠巻きに自分をけげんな目で見ている数人の人達がいることに気付いた。「男のくせに少女みたいに人形と話してる」そう思われていると直感した走が女の子の人形を周りの視線から隠そうと、女の子が座っている右手を無意識に胸元に引くと、動かないはずの右手が動いた。「動くようにしてくれた」そう思った走は、そのまま女の子の人形が座っている右手を、スーツの上着の右ポケットにゆっくり移動させ、女の子の人形を中に優しく入れると、会社ではなく自宅のアパートに向かって歩き出した。「会社に休むって電話しないとな。なんて言おう」と思いながら同時に「この先、僕はどうなるんだろう?」という不安にかられだした走の様子をポケットからこっそり顔を出して見ていた女の子の人形が、走に聞こえるように大きな声で「私といるといいことしかない、大丈夫だよ」と言った。そして次に、走に聞こえない小さな声で「待ち伏せ、大成功!しかしこの鍵、ジャマだな」と呟いた。

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