第59話 我らが運命に抗うために
「うん。いいね」
リリーナは彼方で爆散した物体を認めて、大きく頷く。
そして、耳に着けたインカムに向かって指示を出した。
「第二、第三魔法障壁解除。どんな影響があるかわからないから第一魔法障壁は以後、四十八時間は維持しておいて」
言い終えると、別の通信が入る。
『我らの出番はなし、ということですか』
「せっかく出てもらったのにごめんね、ベルナデット」
『いえ、このような事態に備えて私たちがいるのです』
ベルナデットとアルベルクには超長距離狙撃用の装備をさせてドールで出撃させていた。
だが、グレンたちが魔導震動弾頭の破壊に成功したため、無駄骨を折らせてしまう形になったのだ。
「アルベルクも、たまには帰らないとお嫁さんが怒るんじゃない?」
『母上、王都の危機と聞いたあとに、悠々とくつろげる器は自分にはありませぬ……。さすがに肝が冷えました』
「まー、でも結果オーライでしょ? どう? あの子たちは」
『どう、とは?』
どんな答えが返ってくるのか楽しみでアバウトに聞いてみたが、聞き返されてしまう。
武人に育てるとそういうところが面白みにかける、と思いつつ、リリーナは重ねて聞いた。
「二人のお眼鏡にかなったかなって聞いてるの! 察してよねっ!」
ぷんすこ! と怒ってみせると、インカムの向こうでため息をつくような雰囲気が伝わってくる。
『……認めましょう。我らという備えがあったとて、王都を守り切ったことは事実です』
『自分もベルナデット姉上と同じく、彼らを迎え入れるべきと判断します』
それを聞いて、リリーナはインカムに手を添えながら笑った。
「んふふ……。あっはっはっは! 面白くなってきたね! 我らが【セプテントリオン】に【凶兆の紅い瞳】! そして平民出身のグレンくんとルクレツィアちゃん! エリィの祝福も馬鹿にできないね? こんな逸材を見つけてくれるんだから! さぁ、今日からまた改めて世界を救おう! 破壊を求める人たちに破滅を呼ぼう! 争いを起こす人たちに平穏を押し付けよう! そうして人類の時計をまた一歩ずつ進めていこう! あっはっはっはっは!」
『……はぁ、それが我ら――』
『――【セプテントリオン】なれば』
笑いが止まらない。
今後のこの世界がどうなっていくのか、果たして人類はどこまで繁栄できるのか、これから楽しみで仕方がない。
子供たちがインカムの奥で唸るのを聞きつつも、リリーナは一人で笑い続けるのだった。
◇ ◇ ◇
「今回はマジで死ぬかと思った。ていうか死んだ。脳汁吹き出た。これボケるの早くなったりしないよね?」
三日後、俺は王都の病室で独り言のように言う。
隣ではセレスが椅子に座ってリンゴを剥いて――ってなんで護身用の短剣使ってるの???
「ねぇ、それ人刺したやつじゃないよね? ちゃんと消毒した? 血とかついてない?」
「ちゃんと綺麗に拭きましたわ」
人刺したとかの方を否定してほしかったな!?
俺は相変わらずなセレスにため息をついて、いったん窓の外を見た。
空は快晴で、今日も変わらず人が生活している。
あの女王のことだ。俺たちが失敗したあとの備えはあったんだろうが、この王都を守ったのは間違いなく俺たちだ。
そして、なにより――。
「――親父とお袋は無事に星に還ったよ」
「……それはなによりですわ」
あの瞬間、最後に手を引いてくれたのは二人だと俺は確信している。
人生二回目の両親とはいえ、今の俺を育ててくれたのは親父とお袋だ。
二人の魂をあのドールから解放できたのは、俺にとって本望だった。
「ありがとうな。セレス」
「貴方様の伴侶として、当然のことをしたまでですわ」
「それでも、だよ」
一緒にドールに乗っていたのがセレスでなければ、あの二騎には勝てなかっただろう。
俺一人では二人と戦う決心はつかなかっただろう。
そんな考えが、俺に感謝の言葉を言わせた。
「出来ましたわ。はい、あーん」
「あーん……って短剣で刺して食べさせないで!? あと持ち方! 逆手で持ってると怖いんですけど!?」
「まぁまぁ、そんな些末なことはお気にせずに。あーん」
「もぐっ!?」
そんなことをしていると、トントンとノックの音が聞こえて扉が開く。
入ったきたのはルーシーとエリィだ。
「グレンさーん……ってまたイチャついてる」
「どう見ても短剣で刺される瞬間だろ! どう見えてんだお前には!?」
やれやれ、と偉そうに首を振るルーシーに俺は怒鳴る。
エリィはといえばそんな俺たちに笑いを漏らしながら、見舞いの品と思しきものをサイドテーブルに置いた。
「いやぁ、大変でしたね! でも、最後にはキチっと締めてくれると思ってましたよ!」
「お前なぁ。……まぁいいや。お前の方の【五人衆】はどうだったんだよ」
「え? グレンさんの言う通りゴーレムの頭部を全部カチ割ったら逃げていきましたけど」
「頭部!? そういう意味じゃねーよ!」
「えぇ!? でも頭壊したら動かなくなったから、やっぱり弱点でしたよ?」
やっぱりちゃんと伝わってなかった! と俺は顔を覆う。
前から思っていたがこの主人公、かなり抜けたとこがあるのだ。
とはいえ、十五騎のゴーレムを一斉に相手にして、その頭部を破壊するという器用なことをしている辺り、ルーシーも強くなったとは思う。
「まぁいいじゃないですか! アタシたちでこの王都を守ったんだから、退院したらパーっとやりましょうよ! パーっと!」
「最近、お前のそのポジティブさが逆に怖くなってきた」
「前向きなのがアタシのいいところですからね!」
「今度は絶対、お前が脳汁噴き出す番な! 二度とあんなことやらねーぞ!」
「またまた~」
言いながら、ルーシーはひらひらと手を振ってきた。
こいつ、マジで主人公として自覚を持ってほしい。あんな大事な場面でモブに丸投げしてくる主人公なんて前代未聞だ。
そう怪訝な目でお気楽な主人公を見ていたら、エリィな何かルーシーに耳打ちする。
それを聞いて、「あ!」とルーシーは学生服の胸元をまさぐった。
「女王様から書状が届いてたんでした!」
「俺宛てにか?」
「アタシたち宛てでもあるみたいです」
俺はルーシーから書状を受け取ると、俺は蝋で封されたそれを開ける。
そして、その文面を読んで――。
「はあぁぁぁ!?」
――俺は叫んだのだった。
◇ ◇ ◇
「ルクレツィア・バラデュール。そして、グレン・ハワード。此度は聖母救出と王都の危機に際して、その多大なる功績を称え、千輝星長の位を授けます」
王宮の玉座の前で、俺とルーシーは膝をついている。
その目の前には、ベールで顔を隠したリリーナが立っていた。
俺は帝国式の騎士の衣装を身に纏い、ルーシーは王国式の騎士の衣装を着ている。
玉座の間の窓からは同じようにマントを身に纏った【ペルラネラ】と【オリフラム】が見えていて、今は静かに儀式を見守っていた。
千輝星長……つまりは軍人としての位だ。その名の通り千人の兵をまとめる役割を担う、もしくはその力があると認められたということだ。
帝国の騎士でありながら、王国の軍人としても認められることは異例だろう。
だが、あえて俺にこの位を授けたということは、【セプテントリオン】としてある程度の権限を与えておきたいというリリーナの意向からだった。
「ルクレツィア・バラデュール、前へ」
「は、はっ!」
ガチガチに緊張しているルーシーは名前を呼ばれて前へと出る。
「汝、ここに騎士としての誓いを立て、ベレンガルド王国の騎士として戦うことを願いますか?」
「ね、願います」
「汝、己が欲を捨て、大いなる平和のために、剣となり盾となることを願いますか?」
「願います!」
そして、ルーシーが跪いたまま剣を抜き、柄の方をリリーナへと捧げた。
それを受け取ったリリーナが、剣を掲げて祈る。
「この世を照らす太陽に、火の神イグニスに、水の神アクアに、風の神アエルに、土の神テルラに、そして、我らを見守る全ての星々に。あなたを取り巻くすべての神々の加護がありますよう、祈ります」
リリーナは剣をルーシーの首筋に当て、言葉を続ける。
「知恵、愛、勇気、力……それらを持ってこの世の真理を守ることをあなたに願うと共に、私、リリーナ・ノヴァ・ベレンガルドはルクレツィア・バラデュールを騎士として認めます」
そうして首当ての終わった剣を、ルーシーは恭しく受け取った。
剣を収め、立ち上がったルーシーの胸に、リリーナが勲章をつける。
これで、ルーシーは晴れて王国の騎士となった。
ここでややこしいのはゴーレムやドールを操る意味の騎士ではなく、爵位としての騎士だ。
しかも女王直轄の騎士として平民出身のルーシーが取り立てられるのだから、驚きだろう。
ルーシーが振り向くと、万雷の拍手が送られる。
次は俺の番だ。
俺はすでにセレスの騎士なので、騎士叙勲は行わない。
「騎士、グレン・ハワードよ。国家を超え、未来のためにその身を賭して戦うことを願いますか?」
問われて、自分は本当にそれを願っているのかな、などと俺は思った。
だが、セレスが戦いを望むのなら、それをより良い未来のための戦いにしたい。
隠しボスという運命が先にあるのならば、それを捻じ曲げる力を手にしたい。
だから俺は願うのかもしれない。異国の地で、どうにも信用ならない女王に向けて。
「恐れ多くも、我らが運命に抗うために……。願います」
「良いでしょう。汝らのゆく道に、幸多き波乱のあらんことを」
ベールの奥のリリーナの顔がにやりと笑った。
俺は勲章を授けられ、振り返る。
すると、俺たちのやりとりが異様に見えたのか、拍手はまばらだった。
俺が帝国出身で、しかも【凶兆の紅い瞳】の騎士というのもあるだろう。
だが、そこにひときわ大きな音で手を叩く二人がいた。
ベルナデットとアルベルクだった。
それを見て、貴族たちは渋々といった感じで手を叩く。
まぁいい。万人に祝福されることなど、俺たちは求めていない。
「ごめんね。キミたちは歓迎されてないみたいで」
「別にいい。そろそろ慣れてきた」
耳打ちしてくるリリーナに、そんな風に応じながら、俺は前だけを見るのだった。
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