第47話 あたしはただ生きたいんだ
「さて、あとは帰るだけ、ですわね」
「ああ」
俺たちは【ペルラネラ】のブースターを起動して森を疾駆する。
目的地は王国の王都だ。細かい方向はともかくとして、南に進めばいい。
俺が速度を調整して操作をオートに切り替えようとした、そのとき。
『⚠
警報が鳴って、俺たちは即座にフットペダルを踏んでレバーを引いた。
【ペルラネラ】が横にステップし、それまでの進行方向だった場所に幾重もの閃光が奔る。
「やっぱり来たか。リース!」
「リースさん!?」
拡声器をオンにして言うと、後ろのクラリスが反応した。
【ペルラネラ】の向いた方向に、スカートを広げた白いドールが着地する。
『その声……。やっぱり目的はその子だったのね』
「そりゃあな」
「さっきの大きな爆発で気がつかれてしまったみたいですわね」
セレスが言う中、俺は【ペルラネラ】を戦闘状態に移行させる。
アンスウェラーを肩から抜いて構えると、【ベネフィゼーザ】も細剣をこちらに向けてきた。
『アレスとリドニアはどうしたの?』
「あら、私たちがこうしているというのだからお察ししているのではありませんの?」
『……殺したのね!?』
「命のやり取りをしてればそうなるだろ」
言うと、【ベネフィゼーザ】が斬りかかってくる。
同時にスカートからエイプが切り離されて、全方位から警告が鳴った。
『あんたたちはいつもそうだ! あたしから何もかも奪っていく! あたしを慕ってくれてた人を!』
「利用されていた、の間違いじゃありませんの?」
細剣をアンスウェラーで受け流し、【ペルラネラ】はジグザグに走ってエイプの射撃を避ける。
いくら【ペルラネラ】とはいえ、エイプの射撃を一極集中で受ければただでは済まない。
『黙れ! 全部、あんたたちのせいだ! あたしが手に入れたものを片端から壊して、奪って――!』
「それで、今度はそのドールに命まで奪われるっていう話か?」
『なに……!?』
【ベネフィゼーザ】が繰り出してきた突きを避け、その細剣を掴みながら言うと、リースに明らかな動揺が見えた。
「お前、そいつに乗ってるといずれ死ぬぞ。自分でもわかってるんだろ?」
『う、うるさい! 【ベネフィゼーザ】はあたしだけのドールだ! あたしは大丈夫なんだ!』
「嘘つけってんだ!」
俺は細剣を手放しながら、蹴りを見舞う。
同時に後ろへと跳躍したが、エイプの一射が肩に当たって騎乗席が揺れた。
今のは狙われて当たったわけじゃない。俺は先ほどからエイプの射撃が精細を欠いているのを悟っていた。
以前は騎乗席を集中して狙っていたはずだ。
射撃後、即座に移動していたエイプも、今はゆらゆらと不安定な浮遊を見せている。
空中で止まっているエイプをアンスウェラーで斬り落としながら、俺は【ベネフィゼーザ】に突進した。
「それで満足か!?」
『なにが!?』
「自分のドールを手に入れて、利用されて死んで、それで満足かって聞いてんだ!」
【ベネフィゼーザ】の細剣を持つ手を握りながら、【ペルラネラ】は相手を押しやる。
二騎は揉み合うようにして背後あった湖畔へと倒れ込んだ。
大きな水しぶきが上がる中、リースの声が響く。
『嘘をつくな! あたしは平気だ! あたしこそが聖母なんだ!』
「じゃあこの戦争で戦ってなんになる!? そのまま死ぬ気か! 聖母として死んで、それで満足か!? ――ぐぅ!?」
『⚠警告:損傷拡大⚠』
背後を狙ってきたエイプの攻撃を受けるが、それは【ベネフィゼーザ】も一緒だった。
【ペルラネラ】を狙った射撃が、【ベネフィゼーザ】自身にも当たっている。
しかし、リースは攻撃の手を止めない。
『あたしは死なない! あたしは生きるために聖母になったのよ!? それの何が悪いの!?』
「ならなぜ
人は一人じゃ生きられない。そんなこと、誰だって心の中ではわかっている。
俺だってマリンがいなければ生きる意味を無くしていたかもしれない。
セレスだってそうだ。俺と出会わなければ一生屋敷の中で暮らしていたかもしれない。
それをリースはわかっていない、と思った。
【ペルラネラ】と【ベネフィゼーザ】は手を組んだまま押し合いになる。
『黙れ! あたしは一度死んだ! だからもう一度死ぬくらいなんだ! 死んでもいいんだ! あたしらしく生きたいから戦ってるんだ! 幸せになりたいから戦ってるんだ!』
「死んでもいいなんて言わないでください!」
そこで、後ろにいたクラリスが叫んだ。
はっとして振り向くと、彼女は前に乗り出して涙を流している。
「残された人はどんな気持ちになるか知っていますか!? 貴女を思っていた人がどれだけ悲しむか知っていますか!?」
『うるさいうるさいうるさいッ!』
【ベネフィゼーザ】がブースターを吹かし、【ペルラネラ】が押し返された。
俺はその反動を利用して後ろを向き、背後に浮遊するエイプを袖のマシンガンで叩き落す。
そして、再び細剣を振り上げた【ベネフィゼーザ】の手を受け止めた。
「幸せは貴方の傍にあったはず! 愛してくれる人はいたはず! なぜそれを見落とすのですか!? 知らないふりをするのですか!?」
『あんたになにがわかる!? あたしのなにがわかる!?』
ブースターを吹かして押し込んでくる【ベネフィゼーザ】に、こちらも全推力で対抗する。
その間、クラリスはあらん限りの声で叫んでいた。
「分からない! だから人は触れ合うのです! 共にいるのです! 分かり合うために!」
『あたしは一人でいい! 一人がいい! あたしはただ――生きたいんだあああああ!』
魂からの叫び。
俺はリースの声に、そのようなものを感じる。
リースは、リースなりに生きている。
利用されているとわかっていても、そういう生き方しかできないのかもしれない。
死ぬとわかっていても、戦うことしかできないのかもしれない。
ただ、それを救えるのは、俺じゃない。
クラリスがシートベルトすら外して、騎乗席の前に出てきた。
「それでも! わたしはあなたに手を差し伸べる! あなたが寂しくないように!」
『あ、あたしはっ……!』
「さぁ手を……!」
そのとき、不思議な光が【ペルラネラ】に宿る。
優しく、暖かい光。
気がつけば、押し合いをしていた【ベネフィゼーザ】はだんだんとその力を無くしていた。
騎乗席の前で、手を差し伸べたクラリスに同調するように、【ペルラネラ】が手を差し伸べる。
「あっ……ああっ……ああああああああぁぁぁぁ! うあああぁぁぁぁぁ!」
リースの叫びと共に【ベネフィゼーザ】の手がわずかに伸ばされた。
それを【ペルラネラ】が取る。
すると、二騎は柔らかな光に包まれた。
俺は先ほどまであったはずの、戦う気力が奪われているのがわかる。
これが――聖母の力。
人の意志に干渉し、魔力により伝播する思いの力。
気がつけば、【ベネフィゼーザ】は【ペルラネラ】の腕の中で眠るように身を預けてきていた。
俺は黙って、【ベネフィゼーザ】を静かに抱き下ろす。
見れば、【ベネフィゼーザ】の騎乗席がひとりでに開き、中のリースがぐったりと気を失っているのが見えた。
青白い顔で、鼻から血を流しながらも、どこか安心した表情で安らかに眠っている。
その頬に、一筋の涙を流しながら。
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