第38話 血に染まる手に
「ペル!」
『そちらへ向かう。マスター😬』
俺が叫ぶと、ペルは素早く反応した。
だが、ゴーレムはすでに眼前に迫っている。
『シスターシスターシスターっと……ん? おめぇか……!』
ゴーレムの騎士が呟きながら、その巨人の指先で人々を選び分けるように指示した後、その指はクラリスに向けて止まった。
狙いはクラリス――聖母か!
ゴーレムの腕が伸ばされると同時に、俺はクラリスに飛びついていた。
俺の背中をごうっと風が横切る。
『邪魔すんな! 殺されてぇか……?』
俺は地面を転がりつつ、体勢を立て直すと、クラリスを立たせて背中に庇った。
「ルーシー! エリィ! クラリスを連れて教会に行け!」
村の人々の悲鳴の中、俺は後ろに叫ぶと、「はい!」と元気のいい返事が返ってくる。
そして、腰の剣を抜いて構えた。
ゴーレムを生身で相手するなんて自殺行為だ。それはわかっている。
だが、【ペルラネラ】が来るまではクラリスの逃げる時間を稼がねばならない。
こんな剣一本で何ができるのか。
俺はふっと笑って、ゴーレムに突っ込む。
『馬鹿なんだなぁ。おめぇ』
「お前も頭良さそうな話し方じゃないけどな! よっと!」
ゴーレムの左からの拳を跳躍して避けると、俺は肘関節の内側に剣を突き刺した。
途端に肘から発光する粒子が飛び出てきて、がくんとゴーレムの腕から力が抜ける。
俺の【
関節の内側……装甲に覆われていない可動部だ。
そこにある人間でいう腱の役割をしている部分を壊せば、その部分は動かなくなる。
『お、おめぇ……!』
俺が腕から飛びのいて着地すると、ゴーレムの騎士が呻いた。
そして、その背中から巨大な剣を抜く。
どうやら本気にさせてしまったらしい。
「貴方様!」
「ああ!」
隣に同じく剣を抜いたセレスが立った。
構えを同じくして、眼前のゴーレムを睨む。
そして、同時に飛び出した。
横薙ぎに振るわれる剣を俺はかがんで避け、セレスはそれを飛び越す。
俺は常人を超える速度で走ると、ゴーレムのまたぐらをスライディングしてくぐった。
ゴーレムの意識はセレスに向いている。
なら――。
「とおりゃッ!」
――俺はゴーレムの膝裏に剣を突き刺す。
すると、先ほどと同じように魔力が噴出したが、腱を斬った感触がしない。
ならばと剣を捻り入れて、横に振るいながら一気に引き抜いた。
『うおぉ……!?』
膝をやられて体勢を崩したゴーレムの下から、俺は転がって距離を取る。
だが、肘から先が使えなくなった左腕がこちらに振られるのを見て、俺は再び跳躍した。
【
すれ違いざまに足の付け根の可動部を斬りつけ、着地した。
そこに殺気を感じて、横にステップする。
今まで俺がいた場所に巨大な剣が落ちてきた。
あぶねぇ、と思ったが、不思議と恐怖はない。
セレスはといえば、どうやって登ったのか、ゴーレムの目に剣を突き立ててめちゃくちゃにしている。
「あはははははッ! これで何も見えませんわね!?」
『ば、化け物かこいつらぁ……!』
頭部に取りつくセレスを追い払おうとゴーレムは剣を離して顔にやるが、そのときにはすでに彼女は俺の隣に降り立っていた。
「埒が開きませんわね」
「やるとすれば騎乗席の装甲の上の隙間だ。行けるか?」
「あら、楽しそう……」
俺は剣を鞘にしまって、両手を合わせて膝をつく。
言わずともやろうとしていることを理解してくれたのか、セレスは助走をつけて俺に向けて走ってきた。
セレスの足が手の上に乗る瞬間、俺は渾身の力で後方に投げ飛ばす。
「おらぁッ!」
【天武】の祝福を持った二人の筋力を合わせた跳躍により天高く舞い、セレスは月明かりの下で美しく空中でバランスを取った。
そして、真下にいるゴーレムの騎乗席――そのハッチの隙間に勢いよく落下した。
「はぁッ!」
『ぐぶっ!?』
着地の勢いを殺さずに突き立てた剣が深々と隙間に刺さる。
同時に、ゴーレムから苦悶の声が上がった。
そうして、セレスが剣を引き抜く。
その切っ先には赤いものが付着していて、セレスはそれを振るって払った。
ゴーレムはそのままゆっくりと傾いで、村の真ん中に横たわるのだった。
◇ ◇ ◇
「姐さんたちヤバッ……」
グレンたちがゴーレムを相手にしている最中、ルーシーとエリィはクラリスを連れて教会へと向かっていた。
教会からはすでに【ペルラネラ】がグレンたちの方向に向かおうとしているが、避難する住民たちで足止めを食らっている。
――はやくアタシも【オリフラム】で向かわないと……!
ルーシーが焦燥感に駆られながらも走っていると、木々の間からわずかな気配を感じた。
反射的にルーシーは左手で剣を抜く。
すると、夜の道に火花が散った。
「くっ!?」
「ほう」
受け止めたのは剣だった。黒い外套を被った剣士が、ルーシーに襲い掛かってきたのだ。
男の声だ。受け止められたのが予想外だったのか、男は短い声を発して後ろに下がる。
「王国にも骨のある者がいるらしい」
「そりゃ……どーも!」
ルーシーはクラリスの手を離して、右手でも剣を抜いた。
そうして両腕に力を込めると、魔力が行き渡り、ルーシーの身体能力を強化する。
敵はゴーレムだけではないらしい。
「ルクレツィア様! くっ!」
背後でエリィの声と、金属を打ち合う音がした。
どうやらエリィの方にも追っ手がいたようだ。
なぜクラリスを狙うのかわからないが、ここを退くわけにはいかない。
意を決して、ルーシーは敵に斬りかかる。
我流の二刀流――だが、決闘のあとも腕を磨いていたルーシーには、他の騎士にも通じるという自負があった。
「はぁぁっ!」
まずは右の剣での突き、これは捌かれる。それを予想しての左の剣での横薙ぎを、男は素早く剣を回して受け止めた。ならばとルーシーはくるりと回転し、両の剣を相手にぶつける。
「ぐっ……!」
だがこれも受け止められた。そのまま押し返されて、ルーシーは後ずさりする。
そこに男の連撃が来て、ルーシーはなんとか捌くが――。
「あぁっ!?」
――五合目にして右の剣を弾き飛ばされた。
その衝撃にルーシーは尻もちをついてしまう。
「ふん、
――殺される。
男が剣を振り上げたその瞬間。
「ルクレツィア様ッ!」
飛んできた何かを男は剣で弾く。だが、ルーシーはそれが何かを理解しないまま、弾かれたように飛び起き、左の剣を突き出していた。
「うわあああああっ!」
ザシュッという水っぽい音が聞こえて、ルーシーは体を密着させる形で男の胸に剣をねじ込む。
途端に、ルーシーは剣を持った両手に何か暖かい液体が垂れてくるのを感じた。
「お、おのれ……!」
男は血を吐きながら呻く。
そして、ずるりと力を無くした体が倒れ、ルーシーの剣が抜けた。
「ルクレツィア様! ご無事ですか!?」
声と共にエリィが駆け寄ってくる。
その剣には、自分の剣と同じく血がついていて、ルーシーは震える手元を押さえた。
「あ、アタシ……人、殺しちゃった……」
内側から来る吐き気を我慢しつつそう言うと、一瞬だけエリィの顔が悲痛そうな顔になる。
だが、すぐに眉間に皺を寄せて、叱咤するように叫んできた。
「今はクラリスを守らねばなりません! 早く【オリフラム】に!」
「あっ……うん」
エリィはルーシーの手を強く引いてくる。
引きずられるように歩きながらも、ルーシーは赤く染まった自分の手を見つめるのだった。
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