第27話 ゆっくりでも手が届く

「姐さん、グレンさん、本当に、本当にありがとうございました!」


 闘技場の控室で、ルーシーが深々と俺たちにお辞儀する。

 後ろに控えるエリィも同様にお辞儀をしていて、俺は慌てて頭を上げさせた。


「気にすんな! 俺もあの筋肉野郎をボコりたかっただけだし、セレスは……まぁ趣味みたいなもんだから!」

「それでも! ……それでも勝てたのはお二人のおかげです。アタシだけだったら、今頃負けて……ううっ」


 ルーシーが今日何度目かの泣き声を上げる。


 下唇を出して泣き出すコイツの顔も見慣れたもんだな……。


「私からもお礼を言わせて頂きます。私の力不足でルクレツィア様の足を引っ張ってしまいました」

「そんなことないよエリィ! エリィがいたからあそこまでいけたんだ!」

「そうだ。一太刀浴びせただけでも上等だ。フェルディナンがあんなパーツを持ってたのがそもそもおかしいんだよ」


 俺は頭を掻きつつフォローをすると、エリィは胸に手を当てて再びお辞儀した。


「その点については確かに私も不審に思います。単独飛行を可能にする装備は数えるほどしか発見されていない、稀有なもの……。それをなぜ、そしてどのように発見していたのか。恐らくフェルディナン様だけのお力ではございません」

「そこなんだよな。まぁ、だいたい怪しいやつは予想できるけど」

「リース様でございますか」

 

 ああ、と俺は腕を組んで答える。

 

 ドールの高機能なパーツは主に遺跡で発見されるものだが、そもそも新しい遺跡を発見すること自体が難しい。

 フェルディナンの実家、ナヴァーレ家の領地に元々存在していたのなら別だが、そうだとすれば入学した時点で装備していただろう。

 それを前回、ルーシーが負けた決闘と今日の間で見つけ、装備していたのだからタイミング的にもよすぎる。


 ついでにいえば――。


「ルーシー、お前のブースターはどこで手に入れたんだ?」

「え? あれはリースが冒険に行こうって誘ってくれて……。そこにたまたま小さな遺跡があって、その中から見つけたんです」

「たまたま、ねぇ……」


 なにもパーツは発掘されるものばかりじゃない。遺跡からガラクタを見つけて、それを売りさばいて金に換え、ゴーレム用の装備をくっつけるという手もある。

 というか、序盤は主にそういったパーツを集めていって、徐々にドールを強化していくのが基本のはずだ。

 あとは仲間になったキャラから融通してもらうということもできる。


 今のルーシーだって、ジェスティーヌ辺りに言えば要らないパーツをくれたりするんじゃないだろうか。


 それを冒険で一発で引き当てたのだから、リースには何かしらの裏があると見ていい。


「エリィ、お前の祝福で遺跡の発見とかできたりするのか?」

「いいえ、【導きウィラー】はそういった類のものではございません」

「じゃあ別の……そういう祝福をあいつが持ってるとか?」


 俺が頭を捻って言ってみると、エリィは首を横に振った。

 そしてルーシーの方を見てエリィは言う。

 

「それでしたら、ルクレツィア様が共にドールに乗った際、何かを感じられているはずです」

「んー、エリィと乗るときみたいには何も感じなかったけど……」

「じゃあその線はないか」


 うーん、と俺が唸っていると、奥のソファで座ってお茶を飲んでいるセレスが顔をこちらに向けた。

 

「ところであの方々は生きてらっしゃるのですか? もはやボロ雑巾のような状態で落っこちていましたけれど」

「ああ、まぁ、一応、命に別状はないらしい」


 あんな状態からパイロットを守るなんてホントに凄いよな。ドールのバイタルパート――つまり騎乗席の頑丈さを改めて俺は実感する。

 ゲームでキャラが撃破されても死ななかったのはそういうことなのかもしれない。


 ただ、それでも相当な衝撃があると中身が潰れるだろうが。


「けど【イルグリジオ】はもう駄目だろうな。手足の一つも残ってないんじゃ修復のしようがない」

「あらあら、可哀想に。戦場ならいざ知らず、校内の決闘でドールを失っては勘当ものですわね」


 ……まぁ、それをやったのは俺たちなんだけどな!


 だが、セレスの言う通りフェルディナンもどうなるかわからない。

 ドールは確かに乗るものを選ぶ兵器だが、同時にその家の――そして国家の財産でもある。

 それを完全破壊したとなれば相応の罰が下るのは間違いない。


 一方でリースのことだ。

 そういえば今回の決闘はフェルディナンとリースの同乗の差し止めがルクレツィアの要求だったはずだ。

【イルグリジオ】が破壊されたのでもはや自動的にそうなってしまったわけだが、ルーシーは再びリースと組む気があるのだろうか。


「しっかし、疲れたよ~……。もう決闘なんて自分からするもんじゃないね」

「お茶をお淹れしましょうか? ルクレツィア様」

「淹れ方教えてよ。アタシ、あんまり詳しくないんだよね」

「えへへ、ではご一緒にやってみましょう?」

 

 今のところ、この二人は相性が合っている気がする。

 ここでルーシーに今後のことを問うのも無粋か。


 仲睦まじくお茶を用意するルーシーとエリィを見て、俺は疑問を引っ込めておくのだった。



 ◇   ◇   ◇



 決闘の翌日。

 ルーシーはエリィを連れて医務室に来ていた。


 ベッドにはリースが座っており、頭には痛々しい包帯が巻かれている。


「怪我の具合はどう? リース」

「だ、大丈夫……」

「そう……。それならよかった」


 リースとの間に苦しい沈黙が流れた。

 

 ――それもそうだ。アタシは嫌がるリースを無理矢理フェルディナンから引き剥がそうとしたんだもん。


 また勢いだけで行動してしまった自分に非があると、ルーシーは思う。

 けれど、後悔はしていない。

 ここまでルーシーの背中を押していたのはリースのことだけではないからだ。


 フェルディナンへの再戦と、それによって弱い自分へ打ち勝つための戦い。

 勝たなければ自分はこれ以上強くなれない、前へと進めないという気持ちがあったからだ。


「ね、ねぇ、ルーシー?」

「あ……、なに?」


 考えに耽っていたルーシーは、リースの声に引き戻される。

 見れば、なぜかリースはルーシーの手を取って懇願するような目でこちらを見ていた。


「今回の決闘で決まったからには……また、その……一緒に【オリフラム】に乗せてくれるのよね? そうよね? そんなぽっと出の子と組むなんて、言わないわよね……?」


 ルーシーは戸惑う。

 リースはこんな子だっただろうか。いいや、もっと明るくて、自分を導いてくれる明るい子だったはずだ。


 ルーシーは答えにきゅうして、思わず後ろに立つエリィを見た。

 するとエリィはこちらの視線を受け止めた後、ゆっくりと目を閉じる。


 ――そうだ。これはアタシが決めなくちゃいけないことなんだ。誰と歩むか、どう歩むか、導かれてばっかりじゃ駄目なんだ。


 ルーシーはエリィに向き直って、ゆっくりとその手を離した。


「ごめん、リース。アタシ、わかったんだ。リースに手を引かれてばっかりじゃ駄目だって。今回の決闘はリースにすがりつく、アタシ自身に勝つための決闘だったんだ。……フェルディナンがムカつくやつだからっていうのもあるけど」

「そ、そんなっ……! じゃああたしはどうなるのよ!? 今更ゴーレム乗りに戻れっていうの!?」

「リースならきっと、新しい騎士に従者として選んでもらえるよ。それだけの才能があるのはアタシも知ってる」

「むっ、無責任! 無責任よ! あたしから従者としての地位を奪って! そんなにあたしのことが憎いわけ!? あたしのことを守るって言ってたのは嘘なわけ!?」


 堰を切ったように怒号を上げたリースに、ルーシーは何も言い返せない。

 リースの言うことはもっともだと思ったからだ。


 けれど、ルーシーの心は決まっていた。


 控えていたエリィの手をとって、リースに言う。


「アタシはエリィと一緒に行く。守るとか守られるとかじゃなくて、一緒に……ゆっくり歩いていこうと思う。それがアタシの進み方だって――ゆっくりでも手が届くものがあるって、わかったから」


 ルーシーは席を立って、いつかリースと共に買い物に出かけた際、一緒に買った髪留めをベッドの隅に置いた。

 もうそれをリースはつけていないけれど、それはルーシーにとって大事な宝物だ。今でもそう思っている。


「今まで一緒にいてくれてありがとう。アタシに声をかけてくれてありがとう。最初の友達になってくれて……ありがとう。――さようなら、リース」


 そう言って、ルーシーは医務室をあとにした。

 背中にはリースからの罵詈雑言が投げかけられたが、振り向きはしない。


「くそおおおおっ! なんでこうなるのよおぉぉぉ!」

 

 医務室の扉を閉めた後、リースの叫び声が聞こえた。

 ルーシーはそんな声を聞いて、上を向く。


 楽しかったリースとの日々が、初めて一緒にドールに乗った日が思い出されて、目に涙が浮かんできた。


「ううっ……。うえぇぇ……!」


 ――アタシは馬鹿だ。せっかく出来た最初の友達にこんなことするなんて、酷いやつだ。きっとバチが当たる。それでも……。


 と、頬に柔らかいものが当てられた。

 見れば、エリィは優しくルーシーの流す涙をハンカチを当てて拭ってくれていた。


 ――それでも、アタシは前に進む。そうじゃないと、立ち止まったままになってしまうって思うから。


 ルーシーがしばらく泣いている間、エリィはずっとハンカチを当て続けてくれていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る