第25話 アタシだって選ばれたんだ
決戦の開始時間。
俺たちは【ペルラネラ】に乗って闘技場に立っていた。
闘技場は体長十五メートル超の巨体が争えるほどの広さがある、円形の場だ。
周囲は高い壁に囲まれていて、さらにその上に大規模な魔法障壁を発生させる魔導具が設置されている。
観客が流れ弾に巻き込まれないための設備だ。
あの魔導具も本来なら城壁や砦などの
それを考えればこの学校にどれほど金がかかっているか想像に難くない。
俺は後部座席でコンソールに指を走らせて状態を確認した。
「結局、推進剤は五パーセント程度しか入らなかったな」
「ええ、けれど元はなかったものですもの。使えないのは残念ですけれど、戦い方に変わりはないですわ」
「問題はルーシーたちだな」
隣に立つ【オリフラム】の中では、今か今かとルーシーとエリィが時を待っていることだろう。
若干、【オリフラム】の挙動に焦燥感が滲み出ている辺り、かなり緊張しているらしい。
逆に落ち着いていると言えば対面に立っている二騎のドールだ。
フェルディナンをマスターとする【イルグリジオ】。
銀髪に黒い瞳を持つ、金色の衣装が派手なドールだ。
両手には銃身に剣のついた一体型のライフルを持ち、背中には大きなバックパックを背負っている。
そして、エドガーをマスターとする【レオネッサ】。
短めの茶の髪に緑色の瞳、紺色を基調とする衣装を身に纏っている。
こちらは知識通り、身の丈を上回るほど巨大な槍斧をかついでいた。
両者ともこの学校では名の通った実力者だ。
観衆が騒めきながらも四騎のドールが揃う場を見守る中、さらに一騎のドールが重い足音を立てて闘技場へ入ってくる。
ジェスティーヌの【オルゴリオ】だ。
武装はしていないものの、その赤い衣装が目を引く。
『これより決闘を執り行う。立会人はこのジェスティーヌ・ヴィル・ロンデクスが務める』
【オルゴリオ】が両手を上げると、四騎のドールが中心に集まった。
『決闘方法は二対二の集団戦。武装の使用は無制限。勝敗は戦闘続行が不可能と判断されるか、己で敗北を認めた場合のみとする。両者とも騎士道精神に
そうして、俺たちは後ろへと下がり、壁際の決められた位置に立つ。
「ルーシー、エリィ。冷静に、絶対に焦るな。【オリフラム】の機動力を生かせ。これまでの特訓を思い出せ。いいな」
『は、はい!』
通信機を介して声をかけると、若干震え気味のルーシーの声が響いた。
似た形状のブースターを背部につけた二騎が揃って構える。
『では決闘、開始!』
合図と共に、一気に隣の【オリフラム】が駆け出した。
向こう側では同様に【レオネッサ】がこちらに向かって疾走してくる。
互いの距離が縮まり、中心で衝突すると思われたが――。
「よし。あちらさんも同じ考えでよかったな」
「ええ」
――二騎は高速ですれ違った。
手筈通り、【イルグリジオ】は【オリフラム】が、【レオネッサ】は【ペルラネラ】が相手をする。
『行くぜぇぇぇぇ!』
威勢の良い声と共に突進してくる【レオネッサ】に、俺はにやりと笑った。
「じゃあ、やるか」
「はい。
【ペルラネラ】は武装であるアンスウェラーを大きく、弓を引くように構え――。
「おらぁ!」
――投槍のようにブン投げた。
『な、なにッ!?』
咄嗟に構えた槍斧にアンスウェラーが弾かれる。
だがそのときには、俺たちは【ペルラネラ】のブースターを推進剤の切れる勢いで噴射させていた。
急激な速さで突進した【ペルラネラ】は、【レオネッサ】の槍斧の間合いの内側に入り込む。
そして【レオネッサ】の槍斧を掴むと、前蹴りをかましてそれを奪った。
『て、てめぇ、得物を投げるとか正気か!?』
「正気? 正気でこんなもんに乗れるかってんだ!」
俺は叫んで奪った槍斧をどこかへ放り捨てる。
「さぁ、この間の続きをやろうぜ!」
『く、くそっ……! 上等だゴルァ!』
騎士道精神なんてあったものじゃない。
体長十五メートル超の少女たちによる、ド突き合いが始まったのだった。
◇ ◇ ◇
「くそ! 中々近づけない!」
【オリフラム】の騎乗席内で、ルーシーは迫りくる銃撃を回避しつつ、それでも止まらずに【イルグリジオ】へ接近しようとしていた。
『相変わらず正面から私に挑むとは、愚かにもほどがあるな! ルクレツィア!』
「言ってろ! ぐっ!」
【オリフラム】の足元に銃弾が刺さり、バランスを崩しそうになる。
「ルクレツィア様! 止まらないでください!」
「わかってる!」
【イルグリジオ】は中距離戦用の砲撃に特化した騎体だ。
足を止めれば一気に火力を集中砲火されて終わることになる。
だからこそ、足だけは止めない。
――たとえ推進器が使えなくとも、【オリフラム】は足だけでも十分な機動力がある!
そう自分に言い聞かせ、ルーシーはレバーを操作する。
巧みにステップを踏みつつ、【オリフラム】は手に持ったマシンガンを連射した。
【イルグリジオ】への対抗策の一つとして、武装はライフルから連射の効くマシンガンへと換装している。
これは【イルグリジオ】自体の装甲が決して厚くないことと、移動中であっても数を撃てば当たるという点を踏まえての対抗策だ。
『ちっ……!』
思った通り、適当にバラ撒いた銃弾をフェルディナンは嫌がった。
そのまま牽制しつつ、接近戦を仕掛ける!
だが、【オリフラム】がさらに前へと踏み込もうとしたとき、警報が鳴る。
「砲撃、来ます!」
咄嗟にルーシーがフットペダルを踏み込んでその場から飛びのくと、それまで【オリフラム】のいた場所で爆発が起きた。
【イルグリジオ】の武装は両手の銃剣だけではない。背部に格納されていた大口径の砲――それが厄介だった。
銃撃程度であれば腕についた小型のシールドでも弾けるが、あの大砲の直撃は【オリフラム】でもただでは済まない。
「くっ!」
回避した【オリフラム】の着地のタイミングに隙が出来てしまう。身を起こして走り出すまでの間に、銃撃が撃ち込まれ、騎乗席内が揺れる。
「きゃあっ!」
「エリィ!? 大丈夫!?」
「私のことは気にしないで! 走ってください! ルクレツィア様! 前へ!」
――そうだ! とにかく前に出なきゃいけない!
だが一定の距離に近づくとあの砲撃が来る。
本来ならばブースターで回避しつつ、徐々に距離を詰める戦法を想定していたが、それはできない。
ならば賭けに出るしかない。
――できるのは一回限り、あとのことは考えるな!
再び警報が鳴り、砲撃が来る。
それに反応したルーシーは瞬時に、深くフットペダルを踏み込み、体を前へと押しやった。
「とりゃああああッ!」
瞬間的な加速。ブースターを噴射して、高く、そして前に【オリフラム】は飛び込む。
マシンガンを空中で捨て、両腰の剣を抜いて【イルグリジオ】へと斬りかかった。
『貴様ッ……!』
【オリフラム】の体重を乗せた剣戟を【イルグリジオ】は銃剣で受け止める。
刃の接する場所で激しい火花が散り、眩さにルーシーは目を細めるが、ここで退くわけにはいかない。
「てあぁぁぁッ!」
裂帛の気合と共に【オリフラム】は【イルグリジオ】の銃剣を押し切った。
このままでは不利と感じたフェルディナンが退いたのだ。
だが、間合いは詰まった。
【オリフラム】は肉薄し、二刀流による連撃を見舞う。
『ぐっ! 平民上がりの雑兵めがッ!』
「平民でもッ! アタシだって選ばれたんだ!」
思いをぶつけるように、ルーシーは両の剣を振るった。
「選んでくれたんだ! 【オリフラム】がッ! エリィがッ!」
騎士になることを祝福してくれて、送り出してくれた村の皆の顔が浮かぶ。
そして今も、【オリフラム】の急激な動きに華奢な体で耐えるエリィの心が流れ込んでくる。
――勝って! ルクレツィア様!
「おおぉぉぉぉッ!」
『ナメるなぁぁぁッ!』
近距離で発射された大砲を【オリフラム】は屈んで回避し、低い位置から左の剣を突き出した。
それは【イルグリジオ】の右腰の辺りに直撃し、派手に火花を散らす。
だが、同時に振り下ろされた銃剣が【オリフラム】の右肩に深々と沈み込んだ。
「まだまだぁぁぁッ!」
肩を切り裂かれても、【オリフラム】は剣を手放さない。
ルーシーはレバーを思いっきり押し込み、最後の一撃を放った。
首を狙った渾身の突き。
その剣先が今、刺さろうとしたその瞬間――。
「うああッ!?」
「きゃああ!?」
――激しい衝撃がルーシーたちを襲った。
何が起きたのか。ルーシーは数秒もの間、理解できなかった。
今まさに首元を貫こうとしていた剣を回避され、逆に吹き飛ばされたのは確かだ。
しかし、【イルグリジオ】はどこにいる?
目の前にいたはずの敵が眼前にいない。
そのとき、ルーシーは頭上にかかる影に気づいた。そして聞こえる推進器と思われる噴射音。
ルーシーは恐る恐る上を見る。
そこには空中に浮遊する【イルグリジオ】の姿があった。
「そ、そんなっ……! あんな装備をどこで……!?」
後ろから上がるエリィの声も、ルーシーの耳には入らない。
唖然と見上げた【イルグリジオ】は単独での飛行を行っていた。
【オリフラム】の剣が刺さる直前、【イルグリジオ】はその巨大なバックパックを展開し、空へと逃げていたのだ。
吹き飛ばされたのはその踏み台にされた衝撃だろう。
捨てたマシンガン以外に【オリフラム】の射撃装備はない。推進剤も使い切った。
空中へと退避されてしまった【イルグリジオ】へ対抗するすべが、通ずるものがないとルーシーは悟る。
「も、もう……」
――ここまでなの……?
絶望がルーシーの頭を支配しつつあった。
ここまで足掻いた末に、もたらされた結果がこれなのか。
視界が涙で霞む。
ルーシーの頬を一筋の涙が伝い、落ちたその瞬間。
『ぐあああぁぁっ!?』
真横から紺色の騎体――【レオネッサ】が吹っ飛んできた。
はっとしてルーシーはその方向を見る。
『よっしゃあ! 終わったらマリンに土下座してもらうぜ!』
『うふふ、たまにはこうやって転げまわるのもいいのかもしれませんわね』
そこには土に汚れてはいるものの、敵を倒して腕を掲げる漆黒のドールの姿があった。
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