第24話 足掻け、主人公

「さて、奇しくも前回の茶会に参加した顔ぶれが決闘を行うことになったわけだが……立合人として私から言っておくことがある」


 決闘まで幾日かの夜、俺たちとルーシー、そしてエリィがジェスティーヌのお茶会にお呼ばれしていた。

 

「当然だが、私はどちらにも加担する気はない。あくまで平等に決闘を見守るつもりだ」


 こくん、と全員が頷く。

 それを見て、「うむ」とジェスティーヌは話を続けた。


「決闘は自己で負けを認めるか、戦闘不能と判断された場合のみ、審判が下る。つまり下手をすれば相手を殺せる。そして殺されるということだ。その決意はあるか? 特にエレオノールという娘よ」


 今更だ、と全員が思っただろう。

 だが勝負を預かる限り、言っておかなければならないことなのかもしれない。


「はい。私の決意に揺らぎはございません」

「よし」


 次に、と前置きして、ジェスティーヌの顔はこちらに向いた。


「決闘はその日よりも前に……。既に始まっていると思え」

「大丈夫。フェルディナンの【イルグリジオ】とは前に戦ったもん。武装とかは追加されてるかもしんないけど、それでもあいつの戦い方はわかってる」


 ルーシーが横から声を上げ、自信ありげに拳を握りしめる。


「そういう意味では……。まぁいい。ではエドガーの【レオネッサ】はどうなのだ?」

「まぁ、そっちの方は俺たちがなんとかする」

「大した自信だ。さすがはセレスの騎士といったところか」


 実を言うと、【レオネッサ】のことは調べなくてもゲームの知識で知っていた。

 相手はデカい槍斧を使って戦う近接戦用の騎体だ。体格の良いエドガーらしい騎体といえばらしい。

 

「では次だ。決闘の時間は絶対。どんな訳があろうとも理由にはならない。必ず指定した時間に開始する。遅れた場合には棄権とみなし、即敗北となる」


 言い切って、ジェスティーヌは紅茶を一口飲むと、カップを置いて少しだけ姿勢を崩した。


「最後に、諸君らの健闘を祈っている」

「あれ? 加担しないんじゃなかったの?」


 目を丸くして言うルーシーに、ふっとジェスティーヌは笑う。


「祈るだけならば良いだろう。三下といえど、何度も茶会に乱入されれば情もわく。死ぬなよ。ルクレツィア」

「え? あ……。うん、ありがと」


 ルーシーは真っ直ぐなジェスティーヌの言葉に気恥ずかしくなったのか、体を縮めて紅茶を啜った。

 そんなルーシーの傍にリナが近づいてカップを指し示す。

 

「紅茶のおかわりはいかがですか? ルーシー様」

「泥水じゃなくて?」

「だって……私の紅茶を飲むのがこれで最後かもしれないじゃありませんか」

「縁起が悪い!」


 リナのブラックジョークに皆の笑い声が上がった。


「さて、堅苦しい茶会はこれまでだ。……三下、何か話せ」

「えー? じゃあこの間、リナが男子生徒に言い寄られてた話でもする?」


 お返しとばかりにそんなこと言うルーシーに、リナがぎょっとする。

 その日は夜遅くまで、俺たちは茶会を楽しむのだった。



 ◇   ◇   ◇

 


 そして、決闘の日がついに来た。

 俺たちはこの日のためにルーシーとエリィの特訓に付き合ってきた。


 当初はすっ転んだり武器を取り落としたりと散々な状態だった二人も、今では一応形になっている。


 俺は戦闘衣装に着替えて開始までの時間を持て余していた。

 ちなみにこの世界にパイロットスーツというものはない。


 着ているのは弾力性のある革製の鎧だ。


 残念ながらピチピチの体のラインが出るパイロットスーツを着たセレスを拝めない。

 だが、フットペダルに引っかからないよう、短く切り揃えられたスカートから覗く生足を見られるだけでも十分だ。


 そんな美脚を横目にくつろいでいると、やかましい音が突然鳴り響く。


「どわぁ!?」

『⚠マスター、非常事態発生⚠』

「なんだよ?」

『ブースターの推進剤が抜かれている。現在、残量ゼロ😇』

「はぁ!?」


 俺が椅子を蹴って立ち上がると、セレスが何事かと不思議そうな顔をした。


『恐らく昨夜の間に何者かに抜かれたもよう😮‍💨』

「なんで今まで黙ってた!? つーか抜かれてるときにわからなかったのかよ!?」

『……寝ていた😴』

「お前、寝るのかよ!?」


 ペルという機械が睡眠を必要とするという謎の事実は置いておいて。

 

 恐らく、というか十中八九、フェルディナン側の仕業だろう。

 フェルディナン自身が指示しなくとも、周囲の人間がやった可能性もある。


「何かありまして?」

「推進剤がゼロらしい!」

「あらあら、せっかく取り付けたのに使えませんの? 残念ですわ」


 セレスはのほほんとした調子で言うが、俺としては吞気に構えている場合じゃなかった。

 この調子じゃルーシーとエリィの乗る【オリフラム】の推進剤も抜かれているはずだ。


 俺は控室のドアを勢いよく開けて、格納庫へ走った。


 すぐさま【ペルラネラ】と【オリフラム】の立つ場所に来ると、手近な整備員に声をかける。


「おい! すぐに推進剤を充填してくれ!」

「はい? 昨日、満タンにしたじゃないですか」

「それが抜かれてるから焦ってるんだよ! 今すぐやってくれ! 【オリフラム】にもだ!」


 そのとき、視界の端で見覚えのある金髪が見えた。リースだ。こちらを見て、にやりと笑う。


 あいつの仕業か……!


 しかし、それを追求している時間もなく、言い訳にもならない。

 

 決闘の開始時間は絶対だ。


 今になって、ジェスティーヌの言っていた意味を俺は悟った。

 決闘は始まる前から始まっている――それはどんな妨害も関知しないということか。

 俺は自分の認識の甘さに歯噛みするが、仕方がない。


「今からやってどのくらい入る?」

「十分の一も入りませんね。可能な限り急ぎますが、期待しないでください」

「頼む!」


 騒ぎを聞きつけた整備員たちが一斉に二騎のドールに取りついた。

 やられたからには充填作業も見届けなくてはならない。推進剤を抜くには整備員を買収でもしない限りは無理な話だ。今、作業している整備員の中にもリースに買収された人間が混じっている可能性がある。

 

「ペル! 他におかしな箇所はないか!? 【オリフラム】にもだ!」

『スキャンした結果、その他には異常なし。【オリフラム】も外部スキャンで同様』


 幸い、未知の技術で作られたドールには高度な妨害はできなかったようだ。

 内部システムにはマスター認証を受けたものでないと干渉できない点も大きい。


「グレンさん! 推進器が使えないってどういうことですか!?」


 そこに血相を変えたルーシーとエリィが駆けつけた。

 推進剤がゼロだということを告げると、二人とも青い顔になる。


「そんな……! アタシたちは推進器ありきでの戦いを想定してたのに……」

「今からでも別の戦い方を組み立てろ! それしかない!」

「けど、けど……!」

「しっかりしろ! 勝つんだろ!? なら足掻け! なんとかしてみせろ!」


 俺は頭を抱えるルーシーの肩を掴んで鼓舞した。

 そこにエリィが加わって、ルーシーの手を取る。


「ルクレツィア様、なんとかいたしましょう! 信じましょう! 私たち自身を、私たちの【オリフラム】を!」


 俺たち二人に言われ、ルーシーは固く目を瞑った後、両の手で自分の顔を叩いてみせた。


「わかった! なんとかする! フェルディナンをぐちゃぐちゃのみじん切りにして、学校の庭園に撒いてお花畑を作る! そうすればいいんでしょ!?」


 いや、だからそこまでは言ってない!


「【オリフラム】の最終チェックをしておけ! 俺は充填作業を見張ってる! ……やられたからには勝つぞ!」

「はい!」


 勢いよく応えたルーシーは、エリィと共にタラップを駆け上がるのだった。

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