第16話 夢

「おい!! 鈴奈!!!」


 鈴奈が暗闇の中、俺のもとから去っていこうとする。

 心なしかその背中は寂しそうに見えた。俺は鈴奈をこのままいかせてはいけないと、心の底から思った。


「おい! 鈴奈、俺はここにいるぞ」


 その思いで鈴奈に手を伸ばす。

 だが、鈴奈は俺の手をつかむところか、さらに向こうに歩いていく。


「おい! 鈴奈! おい鈴奈!」


 俺は走って走って、全速力で鈴奈の方へと向かう。だが、彼女には全く追いつかない、追いつく気配すらない。


「はあはあ、待ってくれ」


 そして鈴奈が消えた。すると、康介が現れた。弟だ。康介はただ一目散に机に向かってペンを走らせている。だが、その顔には光がともっていない。今の現状から逃げ出したい、その思いがその背中から伝わってくる。


「おい、康介」


 彼は、涙を流しながら勉強を続ける。どうやら俺の姿は彼には見えていないようだ。


「俺はここにいるぞ!!」


 だが、康介は「もういいよ」その一言しか発さないで、そのまま暗闇へと消えていった。

 そして俺は暗闇の中、ただ一人突っ立っている。ただ、その場に突っ立って、呆然と立つしかなかった。


「はあはあ」


 何だったんだ。今の夢は、まるで俺に何かを伝えたいかのような夢だ。

 鈴奈も今苦しんでいる。死の恐怖で。康介も、勉強によって苦しんでいる。

 それを伝えたかったのか? 、

 はあ、分からない。俺には。少しも何もかも。

 ベッドに再び寝転がる。今の時間は一時半。まだ、深夜の時間帯に当たる。

 俺は、彼女にとって何か力になれてるんだろうか、康介に関しては俺は力になれていないのは自明であった。俺は一人暮らしをしているが、康介は家から離れられていない。今もあの母親に勉強させられている。


 康介には俺と違い、才能があった。勉強する才能が。小学校のテストでも毎回物覚えがよく九〇点台を当たり前に取っていたし、塾でも、一番上のクラスにはいれた。

 だが、それがいけなかったのだろう。母親の康介に対する期待が大きくなった。その結果、康介は俺に助けを求めるようになった。

 俺は俺で康生の息抜きになればいいなと思い、必死に話を聞いてあげた。だが、康介が笑う事はなかった。

 それから家を出たのが俺が高一の時、つまり、康介が小六の時だった。もう、康介に集中したいから生活費だけ渡されて外に追い出されたのだ。その際にしてくれたことは家とか学校の手続きだけだった。

 だが、俺はそれをよしとした。それが康生を見捨てる行為であるという事を知りながら。


 そして鈴奈だ。夢の中の鈴奈は悲しい目をしていた。もしかしたら、鈴奈は余命前に俺から離れるかもしれないという事を示唆する夢だったのかもしれないし、鈴奈が寂しがっているという事を示唆するものなのかもしれない。どちらにしろ、俺には放っておけない感じだ。

 本当は今すぐ走って鈴奈に会いたい。

 康生に合う勇気はないが、鈴奈になら会える。

 だが、今は夜中三時、今行ったところで迷惑なだけだ。

 あした、鈴奈に会いたい。その思いでそのまま眠りに落ちた。

 今度は悪夢を見ることなく、眠ることが出来た。

 そして翌日、俺は朝起きてすぐに鈴奈の家へと走って行った。


「鈴奈」

「なんか今日は朝からだね。どうしたの?」

「いや、なんかな夢を見たんだ。悪夢を」

「それで怖くなったの? 子供だねー浩二君」

「ああ、子どもだな」

「え? 否定しないの?」


 驚いた様子の鈴奈。お前は一体俺のことをどう思っているんだ。


「否定しないさ。それで鈴奈に愛くなったんだ」

「えー、うれしいこと言っちゃって。冗談でもうれしいよ」

「冗談じゃないんだがな」

「……じゃあ、どこか行く?」

「ああ」

「どこ行く?」

「そうだな。鈴奈の好きなところでいいよ」


 まあ、また遊園地とか言われたら全力で止めるが。


「えー、落ち込んでる浩二君を慰めたいだけなのに、もしかして私に気を使わせてる? 寿命のことで」

「いや、そうではないが」

「じゃあ、浩二君の行きたいところに行ってよ」

「……ああ」


 行きたいところ。少しだけ考えた。その結果ゲームセンターに行くことにした。理由としては、ゲームセンターは、華ばなしい場所だから、現実を忘れられるのではないかという事だ。

 鈴奈の寿命がどんどんと迫っているという恐怖や、康生のことなどの現実を。


 ゲームセンターに入ると、色々なゲームがあった。


「ねえ、浩二君。これしようよ」


 鈴奈が指さしたのは太鼓の名人という、太鼓ゲームだった。リズムを合わせて、太鼓をたたく、所謂リズムゲームだ。


「鈴奈、それ得意なの?」

「得意だよ。浩二君には勝てる自信があるね」

「ならやってみるか」



 ゲームを開始する。すると、曲選びをしなければならない感じだった。鈴奈が一つの曲にカーソルを置き、「これでいい?」と言った。それは、有名な曲だった。よく店内BGMや、動画のバックミュージックに使われている。



 そして互いに太鼓をたたく。俺もなかなかうまいという自負があった。だが、鈴奈は俺よりもはるかにうまい。実際、ミスはあれど、五十回に一回程度のミスだ。しかも百コンボを何回もやっている。

 しかも俺は普通の難易度だが、鈴奈は一番難しい鬼難で、やっているというのに。


 なんていうやつと、太鼓の名人で勝負したのか。

 そして、それからも鈴奈の勢いは止まらない。

 太鼓の名人に続き、クレーンゲームでもその才を遺憾なく発揮している。乱獲状態だ。

 ホワイティプロジェクトは中々下手だったのにな。


 鈴奈曰、実はゲームセンターには小学生の時から入り浸っていたそうだ。

 そりゃあ上手いわけだ。


 そしてその後、俺たちは併設されているカラオケに行った。カラオケも外界から分離された場所。現実を忘れられる楽しい場所だ。

 一応この前にも言っているのだが、その時は三人だった。


 歌を入れる。デュエット曲だ。今回はこれを一人で歌う。鈴奈が「私その曲知らないんだけど」と言ったので、「一人で歌うから」と返しておいた。

 本来デュエットなので一人で歌うには忙しい。だが、きちんと生きているという感じがして楽しかった。


 そして俺が歌い終わったタイミングで、鈴奈も曲を入れる。


「それでさ」


 歌の途中に彼女がふと言った。


「悪夢って何だったの?」

「……」


 やっぱりツッコまれるか。恥ずかしいからあまり言いたくはないのだが。


「……どうしても言わなきゃだめか?」

「言わなくてもいいけど。言ったら私が喜ぶかな。……まあ、私のところに走ってくることだし内容は大体察せるけど」

「そんなの、俺に友達がいないからお前のところに行ったんだろ」


 図星だが、認めない。


「……ふーん。そうなんだ、でも顔でもうばればれだよ。だって、赤いもん」

「赤くねえよ!」


 だが、もう隠し通せないな。


「今日、お前と康介が遠くに行ってしまう夢を見たんだ」

「康介?」

「ああ、俺の弟だ。まあ腹違いだがな。あいつがいつも親にしたくもない勉強を押し付けられてるんだよ。俺は、あいつを置いて家を出てしまった」

「……そのことを気に病んでるってことは、私を見たというのは、もしかして私が病気になったことを自分のせいにしてるってこと?」


 とぼけた様子で鈴奈が訊く。


「いや、違う。違うくはないか……確かに俺はそれについて罪悪感を持っている。確かに病気は仕方ない部分がある。でも、俺にも何か出来たんじゃないかって」

「いやいや、私のために電話かけてきてくれたでしょ。あれで十分よ」

「でも、俺は本当にお前を楽しませられてるのかわからなくなってきて」

「分からなくって。私は楽しいよ!! 死んでも後悔しないくらいには」


 そう言って笑う彼女の顔を見ると、考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 そして俺たちはその後気兼ねなく歌いまくった。


「はあ、楽しかった」


 そう清々しい顔で鈴奈がつぶやいた。それに合わせて俺も「すごい楽しかった」と言った。


「良かった。お互い楽しくて」

「そうだな」

「じゃあ、今度は夏休みの計画立てないとね」

「おう」

「それで、その康介君の話だけど」

「……」

「会いに行かない? 一人じゃ怖いなら私と二人で」

「い、いやでも、迷惑をかけるわけにもいかないし」

「そんなことないよ。それに私は何も残せないしね」


 そうか、これは鈴奈のやさしさか。自分が死んだ後にも俺に何かを残せるように。


「分かった。行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る