第26話 プール1

「おはよう」


 理恵子は俺にそう言った。

 その時の声がやけに色っぽく聞こえたのは気のせいだろうか。


「ねえ、やっぱり流れでこのままプールに行かない?」


 来週行くという予定だったが、今日行っても問題はないだろう。


「ええ、いいわ。でもその前に家によってもいいかしら」


 メイクとかを落とすためだ。

 後水着を回収したりだな。


「いいよ」

「分かったわ」

「でも、もう少し浴衣朱里ちゃんを堪能していたい」


 そう言って理恵子はまた俺に抱き着いた。


 そうして家に戻り、洗面台の前に行く。

 しかし、やっぱり自分で言うのもなんだが、朱里は顔が整っている。

 本音を言えばだ、俺は朱里としてプールに行きたい。

 勿論それが無理なことは分かっている。

 そう思い、俺は軽いため息をついた。


 ただ、理恵子に念のため女装道具を持ってきてほしいと言われた。

 もしかして理恵子はプールでも俺の女装姿を見たいのだろうか。



 さて、メイクを落としでメイクを落とし、水着を持ってくる。

 正直あまり水着を着ていないから、着れるかどうか怪しいが、何とか着れた。

 まあ、二年前からあまり身長も伸びていないし、体重も増えてないから着れるのが当たり前なのは当たり前だが、


 さて、理恵子を待たせるのもいけない。さっさと待ち合わせあしょまで行くか。


「お待たせ、理恵子」


 俺はそう言ってバス停の前にいる理恵子にそう話しかける。


「ええ、奏君。……一日で奏君と、朱里ちゃんを両方見れるなんて幸せね」

「そうだな。って、前にもあったじゃねえか」


 理恵子が俺をはっきりと好きになった日。あの日は朱里としても行ったはずだ。

 それに、理恵子の彼氏となった日からも、幾度か行ったことがあるはずだ。


「奏君と朱里ちゃんが同一人物になってからは初めてじゃない?」

「そうかな」


 あった気がするが。まあいい。


「それで、理恵子は今日はどんなタイプの水着を着るんだ?」

「それは着てのお楽しみと言いたいけど……ビキニ系かな?」

「そうか……羨ましいな」

「え?」

「いや、何でもない」


 何を言っているんだよ、俺は。


「それよりバスはあとどれくらいだ?」

「あと5分くらい見たいよ。プール楽しみだね。……しかも、多分貸し切り状態になってるよ」

「そうだな」


 わざわざ九月にプールに行くような馬鹿は俺達しかいないだろう。


「そうだったら、八月にプールに行くことを忘れていたことに感謝だな」

「うん」


 そして俺たちは来たバスに乗った。


「そう言えば奏君って泳げるの?」

「そうだな、そこそこだな。俺は元々運動は得意なわけでは無いから」

「体育の授業では凄かったよ」

「それは女の見た目でそこそこやってるからうまく見えただけだろ」

「奏君は思ってるよりも柔じゃないと思うよ」

「そうか」


 まあ、理恵子は俺の事を過剰に持ち上げすぎるという点がある。きっと、俺の泳ぎを見せたら幻滅するであろう。

 バタバタ泳ぎだからな。


 そしてバスに揺られること十五分。プールについた。


「理恵子大丈夫か?」

「うん。……少し酔ったみたい」

「バスだからな、仕方ない」


 俺も軽く気持ち悪くなっている。

 おおまか山道だったからが原因だろう、


「とりあえず少し休んでから入るか?」

「ううん、それはたぶん大丈夫」

「そうか」


 俺は理恵子を支えながら中へと向かって行く。


 しかし更衣室前で一旦分かれる。


「奏君が本当に女だったら、こっちに連れてこれるのに。あ、そうだ、奏君今からでも女装しない? そしたらこっちに入れるから」

「変なこと言うな。ただの、変態じゃねえか」


 流石に犯罪行為だ。


「冗談だよ」


 そう、理恵子は言うが、本当に冗談だったのだろうか。


「まあ、じゃあ後で」

「うん!」


 そして俺たちは互いの皇室に入る。

 しかし、誰もいない。

 いや、いないことは無い。数人だけいる。これだと完全なる貸し切りにはならなさそうだな。


 そして急いで着替える。

 これに着替えるの久しぶりだな。

 水着なんて本当に久しぶりだ。


 そして着替えてプールに行く。


 そこにはすでに理恵子がいた。


「どう? 奏君」


 おう、ちゃんと水着だ。胸元が見える、


「いいな」

「え?」


 理恵子の顔が赤くなる。

 今更、水着を着れるなんていいなと思って、言ったとはいえない。


「じゃあ、泳ぐか」

「……うん」


 そうして俺たちはプールに入った。


「はあ、気持ちがいい」


 プールの水が気持ちいい。


「えい!」


 理恵子が水をかけてきた。


「なんだよ」

「水かけ遊び。……カップルって言えばこれでしょ?」

「まあ、そうだが」

「今度は朱里ちゃん口調でやって」

「それ、この前奏モードでやるの気持ち悪いって――」

「いいじゃん。やってよ」


 はあ、仕方ねえ。


「分かったわ」

「うん、じゃあ」


 そう言って理恵子は俺に水をかけてくる。


「何をするのよ。もう!」


 そう言って俺も水をかける。


「……やっぱり違うよね」

「ええ」



 やっぱり奏で理恵子を出すのはきついところがあるからな。

 その後、俺たちはウォータースライダーに並んだ。とはいえ、九月の特権、あまり人が並んでいない。

 ラッキーだ。

 俺たちは並ぶ。とはいえ一瞬で順番が来た。


「じゃあ、先に行くね」

「おう」


 理恵子が一目散に滑る。


 理恵子の姿はあっという間に消えた。


 ふう、次は俺だな。

 俺もえいっと滑る。


 豪快だ。すべるスピードが速い。

 スリリングだ。


「ふう、気持ちいい」


 俺は滑り終わりそう呟いた。


「ね、気持ちいいよね」

「ああ。ジェットコースターに似た楽しさがあるわ」

「うん。まあ、じゃッとコースターの方がスリルはあるけどね」

「それはな。でも、また違ったいいところもあるからな」

「うん。じゃあ、次」


 そして、次はまた広いプールに戻った。



「今度は競争しようよ。私たちで」

「いいぞ」


 とはいう物の、俺は別に泳ぎには自信がない。

 理恵子とまともに競争できればいいのだが。


「せーの」


 俺たちはスタート位置に着いた。


「スタート!!」


 理恵子のその言葉で競争が始まる。

 俺は二十五メートル泳ぐのがやっとだ。

 だけど、負けられない。


 足を必死にバタバタさせて、ゴールを目指す。


 そうしてようやくゴールに着いた。


「ぶはっ」


 息がぎりぎりだ。理恵子は?


 まだいない。後ろを振り返る。すると、理恵子はまだ到着していないようだった。

 とは言ってももうゴールまで五メートルの距離まで来ているのだが。


「奏君。早いよ」

「そりゃ、男だから」

「朱里ちゃんだったら勝てたのに」


 朱里ちゃんも男だぞ。

 夢壊すから言わないが。


「いやあ、奏君が男なのがずるいよ。早いもん」

「俺は遅い方だが、まあ男と女は筋肉構造が違うからな」


 胸があるというのが女の魅力としたら男の魅力は筋力があるというところか。

 確か、柔道の日本チャンピオンが、男には全然敵わなかったり、女子サッカー日本代表が男子高校生のチームにも負けたりするという話を聞いたことがある。

 そりゃそうだ。


「奏君が朱里ちゃんとして、大会に出たら活躍間違いなしだね」

「おい、それ詐欺じゃねえか」


 男という事を隠しているわけなんだから。


「冗談だよ」


 そう、理恵子は舌をペロッと出した。本当に冗談か?


 その後、俺たちは昼ご飯としてラーメンを食べ、その後は、


 二人で浮き輪に乗った。


「これよこれ、カップル浮き輪」

「なんだかむずかゆいな。不思議な感覚だ」

「そうだよねー」


 理恵子。楽しそうだ。


「そう言えば、理恵子って最近カップルらしさを強調するよな」

「そりゃ勿論よ。だって、奏君に私を恋愛的な意味で好きになってもらわないと困るし、何よりカップルに憧れてたんだもん」

「モテてなかったのか?」

「モテてたよ。でも、基本クズモテだったしね。前もネカマに騙されたのもそう言うことがあったのかもね」

「じゃあ、俺もクズってことか?」

「そんなわけないじゃない。奏君は素晴らしい人間よ。勿論朱里ちゃんもね」

「……知ってる」

「あ……、自画自賛」

「悪かったな、俺は自己肯定感が高いんだ」


 何しろ、自己肯定感が高くないと、こんなとは出来ない。

 朱里がかわいいと自分で言う事なんてな。

 まあ、可愛いのは事実だが。


 そうして暫く泳ぎ、俺たちはプールを満喫した。

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