第25話 浴衣デート

 その後、俺は急いで浴衣に着替え、理恵子の家に向かう。


「お待たせ、理恵子」


 そう、俺は浴衣を着ながら理恵子の家に行く。


「朱里ちゃん……可愛い」


 理恵子が手で口を押えながらそのような事を言う。

 早速いきなり満足なようだ。


「そう言ってもらえて私も嬉しいわ」

「ちゃんと朱里ちゃんだ……」


 ちゃんとっておい。さっきの歌唱のことをさしてるのか?


「朱里ちゃんは本当にかわいいんだから」

「ねえ、理恵子。テンションおかしくなってない?」

「私は朱里ちゃんの良さを広める会会長だからね」

「いや、なんなのよそれ……」


 理恵子が俺の写真を撮っている。しかも沢山。

 理恵子の俺に対する熱情は明らか、俺が女装ばれした日からどんどん上がっているのだ。


「私としては、ファンクラブみたいになったらいけない気がするのだけど……」


 それくらい朱里の浴衣姿が魅力的だという事だとは思うけども。


「それよりも、理恵子もきれいよ」

「そ、そう」


 照れている。


「理恵子も浴衣似合うわね」

「ありがとう」


 言われると思っていなかったからか、結構顔が赤い。


「何なら私よりも似合ってるかも」

「いや、それはないから。朱里ちゃんに勝てる浴衣なんてないし」


 それは俺を上げ過ぎなんじゃと思うが、恐らく事実だ。

 いや、こんなことを言ったら自梶さんになってしまうが。


 その後、ツーショット写真を撮った。

 理恵子は早速待ち受け画像としていた。

 そして俺は取り合えず、友達と浴衣デートと書いて、理恵子の顔を絵文字で隠しながらインスタにあげる。

 言い値が最初の10秒で4個来た。

 相変わらず早いな。






「それで、肝心の花火はどこかしら」

「ここにあるけど、流石に家じゃあダメみたいだから、花火の許可が下りてる河川敷でやります」

「分かったわ」


 そして俺たちは河川敷へと向かった。


 そこでは、様々な人がすでに花火を打ち上げているなんてことは無く、俺たち二人だけだ。

 そもそももう、花火の時期は終わっている。俺たちがこの時期に花火をするためにここに居ること自体おかしな話なのだから。


「じゃあ、理恵子。しましょうか」

「だね」


 そして花火がスタートする。


 俺たちはまず打ち上げ花火を使い、花火を開始する。

 そして、ぱんぱんぱんぱんと、花火が打ち上っていく。


「楽しいわね」

「うん、花火ってきれいだしね」

「ええ、こうしていると、不思議な世界に迷い込んだみたいね」

「……時々朱里ちゃんってロマンチック的な事を言うよね」

「私はただ、綺麗な思っただけよ」

「そう。まあいいけど」

「私はね、多分花火をした事はあまりないんだ。だって、私、花火怖かったもの」

「そうなの?」

「ええ、」


 俺は基本的に花火を好ましく思ってなかった。

 小さいころ、花火の音がうるさすぎて、嫌になった記憶があるのだ。

 だが、それは今は違う。今は好ましく思えるのだ。


「でも、今は違う。花火って楽しいわ。音もいい感じに聞こえるし」

「……もしかして、花火が苦手だったのって」

「うるさいわね、別にいいでしょ」


 そう言って俺はそっぽを向いた。


「ねえ、理恵子。次は私にやらせて」

「いいよ」


 そして俺は打ち上げ花火に火をつける。そして、手を離した瞬間空高く舞い上がっていった。


「やっぱり自分でやった方が良いわね」

「朱里ちゃんもそう思う? だよね!!」

「ええ、だから次からは私が全部やるわ」

「ええ! 朱里ちゃん、私の楽しみを奪わないでよ」


 そう言って泣く理恵子。そんな彼女の笑顔尾が普通にいとおしいなと思う。


 そして、締めの線香花火。


 これはさきに花火を落としてしまった方の負けだ。


「行きます」

「行くわよ」


 そして二人で花火に火をつける。


 花火がじりじりとついていく。これもまた神秘的だ。


「ねえ、朱里ちゃん」

「何?」

「賭けをしない? 私と一緒にかけをして、勝った方が、相手のお願いを聞くの」

「急にどうしたの?」

「賭けに乗る? 乗らない?」

「……乗るわ」


 そう言われたら乗るしかない。

 別に俺は理恵子に頼みたいことがあるわけでは無い。だが、これはプライドの問題なのだ。



 そして賭けをしてしまったことには仕方がない。

 真剣に、花火を見つめる。

 勝たなければ。

 理恵子に勝たなければ。


「あ、」


 俺のやつが先に落ちてしまった。


「ああ」


 俺の負けが確定した。


「やったー!!! 朱里ちゃんに勝った!!」


 喜ぶ理恵子。

 何をお願いされるのだろうか。



「それじゃね、してほしいことを言うね。……じゃじゃん!! 一緒に寝て」

「え?」


 それだけ……

 なんだか拍子抜けした。


「それだったら、賭けなんてしなくてもやってあげるのに」


 すでに何回も泊まってるのに。


「違うよ。浴衣のまま寝てほしいってこと」

「そう言う事ね」


 浴衣の魅力をもう少し味わっておきたいという訳か。


「まあ、別に構わないわ」

「そう、じゃあ、遠慮なくやるね」

「遠慮なくって何を?」


 まあ、文脈的に抱き着くとかだと思うが。


「じゃ、早速夜ごはん食べよう」

「もしかして理恵子の両親も」

「知ってるよ」


 前々から計画してたんかい。

 今日決めたことなのに準備が早すぎる。


「でもね、私たちの夜ごはんは皆とは別なんだ」

「別?」


 そして俺はバーベキュー台を見つけた。


「今は、私も浴衣でしょ? だから、女二人でバーベキューデート!!」

「私は一応男よ」

「あ、夢壊さないでよ。とにかく、バーべキューをするの」

「服に匂い染みつかないかしら」

「大丈夫でしょ。じゃあ、焼くよ」


 そう言って理恵子はバーベキュー台の上にどんどんと肉を載せていく。

 それと同時に野菜も。


「いつの間にこんなに買ってきたの?」

「えっとね、朱里ちゃんと別れた後にね」

「なるほど……」


 ほんの二時間の間に親との交渉も終え、全部の準備を完了していたのか。


 理恵子の準備が凄いな。


「じゃあ、食べ始めよう」

「ええ」


 そうして俺たちはどんどん肉を焼いて食べていく。が、


「そろそろお腹いっぱいになって来たわね」

「朱里ちゃん早くない?」

「私、あまり食が太いわけじゃないのよね」


 俺はそこまでの量を食べるわけでは無い。

 精々人並みと言ったところだ。


「朱里ちゃん、成長期なんだからもう少し食べたらいいのに」

「それを言ったら理恵子もでしょ?」

「そうだけど……朱里ちゃんは男なんだから」

「さっき、夢壊さないでって言ったのはどこの誰だったかしら」


 まったく、この子は。


「じゃあ、最後に」


 理恵子は、マシュマロを取り出してきた。


「これを焼きたい」

「なるほどね」


 マシュマロか。

 確かに、バーベキューの締めにはいいな。という訳で網を外し、マシュマロをちょくび焼する。


「火傷が怖いわね」

「だね」


 そう、理恵子は俺の言葉にうなずく。


 そうしてあっという間にマシュマロが焼けた。

 出来上がった、マシュマロは見るもおいしそうな見た目だった。やけどしないように軽く口でふうふうしてから口にくわえる。

 美味しい。

 これはいける。


「幸せそうな顔だね、朱里ちゃん」

「そうね……幸せね」


 そうだ。俺は今幸せだ。


「楽しいわあ」

「うん」


 そう言って理恵子は俺に抱き着いてきた。


「もう、朱里ちゃんは離さない」

「もうっ、って言いたいところだけど、私も」


 そして部屋に戻る。とはいえ、もういい時間だ。

 お風呂は使わせてもらうが、今日は浴衣をそのまま睡眠にも使う。

 さっさとお風呂に入ったあと、


「じゃあ、寝よっか」


 俺たちは布団に転がる。一つの布団で。

 というのもだ、理恵子のリクエストの一つとして朱里と抱き合って寝たいというのがあったのだ。


「ねえ、本当にこのまま寝るの?」

「うん」


 意思は変わらないみたいだ。

 正直これで寝るのはやっぱり暑苦しいんじゃないかという疑問が生じる。

 当の本人はそんなこと考えていないみたいだが。


「朱里ちゃんの浴衣姿大好き。ねえ、もう一生私の望む朱里ちゃんでいてくれる?」

「奏はいらないの?」

「奏君もいるけど。……でも朱里ちゃんも欲しい」

「ふふ、我儘ね」

「そうだよ。私は我がままなの。でも、それを承知でいるの」

「そ」

「私一生奏君とも、朱里ちゃんとも痛いな」

「私もそう思うわ」


 朱里として入れるのは後長くても二二年。短くて一二年程度だと考えているがな。

 朱里は年を取ったら、不通にふけるのだろうか。気持ち悪くなるのだろうか。

 だが、そんな現実を今の理恵子に伝えるわけにはいかない。


「理恵子、頼みがあるの」

「何?」

「私はいつか、消えるわ。だって、大人になって、年老いてきたらこんなことできないんだもの。でも、願い、そうなっても私を嫌わないでね」

「朱里ちゃん、いつの話してるの。でもね、私はその時になっても朱里ちゃんのそばにいる。約束」

「そう……ありがとう」

「その代わりに私からもお願いがあるの」

「どうしたの?」


 理恵子はその瞬間、俺の唇に唇を重ねた。

 正直びっくりだ。まさか急にこんなことをされるとは思っていなかったのだから。


「ぶはっ、なんだか思ったよりも気持ちよくないね」

「まあ、単に唇を重ね合わせただけだからな」

「口調」

「あ」


 動揺しすぎて、奏口調になっていた。


「きっと、今はまだ早いってことなんだよね」

「多分ね」

「それとごめんね、急に」

「いや、それは構わないのだけど、どうして?」

「浴衣の朱里ちゃん見てるとどうしてもしたくなっちゃって」

「そう……まあ私は嫌とは言わないわ。急だからびっくりしただけで:

「大丈夫もうしないから。……するときは、ちゃんと互いの気持ちが整ってからね」

「ええ」


 そして、理恵子と抱き合ったまま寝る。

 だが、中々ねられない。

 原因は分かっている。理恵子だ。

 理恵子も恐らくナイトブラとかいう物をしていると思うが、それでも浴衣という物で、いつもよりも感じられるのだ。それにさっきキスしてしまったのだし。

 エロい気持ちなど持っていない。ただ、うらやましくなるだけだ。

 俺にも胸があれば、俺の女装はもっと素晴らしいものになると確信しているのだから。


 いや、そんな気持ちはとうの昔に捨ててはいる。

 無い物ねだりも甚だしい。

 だが、今理恵子に胸を当てられているのでそれを感じてしまう。

 よし、こんな気持ちを持っていても仕方ないな。

 とりあえず、理恵子の頭を撫でる。

 その瞬間、理恵子の「ん」という可愛い寝声が聞こえた。

 俺は理恵子が恋愛対象に入らないわけでは無い。

 ただ、友達という側面の方が強いというだけだ。


「理恵子お休み」


 そう言って俺は理恵子の頭を撫でながら眠りについた。

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