第17話 告白

 二日後、再び奏として理恵子の家に呼ばれた。要件として話したいことがあるという事らしい。

 だが、俺は何を話すのかをもう知っている。

 理恵子は、俺が好きという事を吐露するつもりだ。


 全く、なんで告白される事を知りながら向かっているんだよ。

 しかも告白の言葉もだいぶ知っている。

 告白練習のせいでな。


 そして、歩くこと暫く。家についた。


 そこには理恵子と、武美ちゃんがいた。


「高橋さん、いや理恵子と、隣にいるのは誰?」


 あくまでも奏は武美ちゃんを知らない。


「妹の武美だよ」

「そうか」

「奏君の話をしたら見たいって」


 やっぱりそういうことだとは思ってたよ。

 この前は奏としては会わなかったわけだし。


 そして、武美ちゃんは俺と少し話をした後、上へとあがって行った。

 これで俺と理恵子の二人きりとなった訳だ。

 となると、これから起きることはもう知っている。


「それで、今日ここに呼んだのはね」


 理由は元から知っている。

「奏君、わざわざ家に呼んだのは、私の決意を奏君に伝えたかったからなんだ」


 たどたどしくも理恵子が言う。練習通りだ。


「実はね、この前……奏君が私の家に来た日。私の悩みに気付いてくれたよね」

「ああ、そうだな」

「……それがすごくうれしくて。私が朱里ちゃんと笹原君がしゃべってて寂しく思っていることに気付いてくれたことに。だからね、あの日の奏君は朱里の代わりになったの。本当に楽しかったしね。それで奏君の魅力に気付いた。だから、単刀直入に言います! 奏君、好きです。付き合ってください、お願いします!!」


 そう言って理恵子は頭を下げる。

 練習よりもしっかり言えていると、思った。


 さて、問題はこれを受けるか受けないか。

 まだ答えが出ていない。

 別に俺としては受けてもいい。だが、そこで問題となるのは朱里の存在だ。


 俺と朱里は同一人物なのだ。

 そんな中での告白を受諾、付き合うという事はリスクを伴う行為なのだ。


 はあ、どうしようか。結論をまだ出せていない。この前から告白されるという事は分かっていたのに。


 普通に考えれば断った方がいい。その方が俺と朱里の関係には気づかれにくい。

 だが、それでいいのか?

 俺は理恵子の悲しい顔を見るのが嫌だ。それに、理恵子の努力が無駄になる。あの、告白練習が。


「分かった」


 いつの間にかそう言い放っていた。


 全く俺らしくない。

 こんなのどう考えても断った方が得なのに。



「ありがとう」


 理恵子はそう言って俺に抱き着きに来る。

 全くもう。


 そして、俺はこうなった。

 え? どうなったって?


 俺は今理恵子の抱き枕となっている。もっとわかりやすく言うと、ベッドで理恵子に抱き着かれているのだ。


 はあ、そうだった。理恵子はこういうのが下手だった。


「本当に奏君が告白を受諾してくれて本当にうれしい。だって、私本当に怖かったんだもん。もし、受け入れられなかったらどうしようって」


 なるほど。その嬉しさが込みあがってのこの状況か。

 もしかしたら奏が、朱里かというより、俺だからなついているのだろうな。


 とはいえ、理恵子は朱里の正体を知らあいんだよなあ。


 うーむ。


「そういえば朱里ちゃんに知らせた方がいいかな? 私たちが付き合ったこと」

「なんで?」

「告白練習してたの。朱里ちゃんと一緒に」

「なるほど……」


 まあ勿論俺はその事実を同然のように知っているのだがな。


 そして、送られたメールは賢いことに、修平の方に行くようにしている。

 こうすることで、アリバイを作ることが出来る。

 勿論文章も設定済みだ。


 修平には苦労を掛けるよ。本当に。


(理恵子おめでとう。頑張った甲斐があったね)


 そう、用意されてたメールが送られる。

 その後暫く修平(アドリブ)と、理恵子が会話した後。

 俺たちはデートに出かける。


「ここが」

「うん、私が行きたかったところ」


 そこは、美術館だった。正直理恵子がここに行きたいというとは予想外だった。

 本当に、理恵子は美術館なんて興味がないと思ってた。

 何しろ朱里と一緒に行くこともなかったのだし。


「釣っても俺、あまり美術なんてよくわからないんだが」

「それは私もよ」


 自信満々に言うなよ。


「だったら俺たち二人とも知らないことにならないか?」

「いざとなったら朱里ちゃんに聞くから大丈夫」

「おい!」


 ここにいないんだが。


「というかそもそも、武村さんは知ってるのか?」

「知ってるでしょ、あの子博識だし」


 俺そこまで博識じゃねえぞ。

 音楽は少しわかるけど。美術はからきしだ。


「じゃあ、入るか」

「私が言いたかったのに」



 そして、俺たちは手をつなぎながら歩く。


 これを俯瞰的に見たらいいカップルなのだなと、思うだろう。

 ただ、俺が彼女に秘密を隠しているという事を除けばだが。


 こうなると、理恵子に隠してる秘密があることがもやもやしてしまう。

 こうなったら告白を拒否していた方がよかったのだろうか。

 ただ、それは言うべきではない。理恵子を悲しませることになるから。


「ね、見て奏君。この絵すごくない?」


 そこにあったのは、モネの絵だ。近くで見るとそのすごさがよくわかる。本当に、絵として完成形という感じがする。

 語彙力のない俺にはそうとしか言えないのがまた残念なところだ。


 そして進んでいく。

 理恵子は意外にしっかりと絵を見ている。

 実は絵にも興味があったのか。

 誇れ理恵子。朱里に勝ったぞ。


 そして、手をつなぎながら見ること一時間半。残すところ最終エリアの絵だけとなった。


「あと少し、見るの惜しいなあ……」


 理恵子はそう呟く。


「だって、入場料で1200円払ってるんだもん」

「お金の問題なのか?」

「うん。お金ぶんちゃんとみなきゃでしょ?」


 まさか真剣に見ているのは、お金払ってるからなのか?



「朱里ちゃんにも見せたいね。この絵」

「……俺がいるのに別の女の話か?」

「えへへ、確かにそうだよね。ごめん」


 案外素直だ。


「まあ、確かにあの人もつれてきたいという気持ちもわかるがな」

「ねえ、今からでもこれないかな?」

「はあ、デートだろ?」


 朱里を呼んだらデートじゃなくなる。

 それ以前の問題であることは置いといても。

 そして、理恵子はそんな俺の反応に「冗談だよー、本気にしないで」と、笑ってた。


 そして、最終エリアに足を踏み入れて、


「さて、見るか」

「うん!」


 そして無邪気についてくる理恵子。

 やっぱり理恵子は面白い娘だ。



「見終わったね」

「だな」

「これから行きたいところがあるの」


 理恵子がクレープ屋さんを指さした。


「ああ、なるほど」


 そして俺たちはクレープ屋さんに向かった。理恵子はチョコバナナクレープ、俺はカスタードクリームクレープを頼む。


「えへへ、二人でクレープ。デートみたいだあ」

「デートみたいんじゃなくて、デートだろ」


 俺的に言えばデートと言うよりも女子同士でするイメージがあるけどな。

 朱里と理恵子が一緒に食べてそう。


「美味しいね。一口交換する?」

「ああ、しようか」


 そして俺たちはクレープを好感してかじる。

 ん? これ間接キスじゃねえか。

 理恵子がおいしそうにむさぼってるから何も言わねえけど。


「ん?」


 ん、どした。


「これ間接キスじゃない?」


 あ、気づいちゃった。


「恥ずかし」

「別にそんな気にするもんでもないだろ」

「え、あ、うん」


 てかそもそも朱里として理恵子との間接キスは何度も経験があるわけで。


「奏君って、彼女がいた経験ってある?」

「ないけど」

「なんか、女慣れしてる感じがするし」


 まあ、女経験(女装経験)ならあるけど。


「うーん。俺はなんというか異性を異性とは感じられないんだよな」

「そうなの……? てことは私の告白をOKしてくれたのって」

「……正直に言うと、女としての魅力を感じたからOKというか、俺にとっては友達の延長上が彼氏彼女というイメージなんだ」

「てことは、仕方なくってことはないんだね」

「ああ」


 そして、軽く気まずい空気になるが、


「俺は、少しずつ理恵子を女として見れるように頑張るから」

「うん、わかった!!」


 ああ、分かった。理恵子は純粋無垢だ。

 馬鹿とかじゃなく、経験が少ないんだ。


 そして、クレープを食べた段階で、今日のところは解散の流れとなった。


「じゃあ、またね! 奏君」


 そう、笑顔で手を振る理恵子。そんな彼女を見ていると少し罪悪感が沸いてきた。

 こんな純粋な子をだましているという罪悪感が。


 家に帰り、少しネットを見る。そこには、男性にこびていた女性のインフルエンサーが五〇台のおっさんとばれて大炎上していた。

 そこには、「女のふりをして男を釣って面白いんか?」だとか、「こういう人って現実世界では寂しい生活してるんだよなー」とか「こういう社会のくずは氏ね」

 様々な言葉が書かれそれら全部三桁や四桁、しまいには五桁のいいねがついていた。

 それを見た瞬間、俺も同じなんじゃという不安感に襲われる。


 俺は、朱里と偽ることによって理恵子に近づくことが出来、それを使って理恵子に奏を好きにさせただけじゃないのか。


「俺はくずじゃねえ。ネカマじゃねえ」


 そう、ぶつぶつと呟いた。

 俺はそう、悪くないはずなんだ。

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