クラスの孤高の狼がなついているのは女装した俺

有原優

第1話 出会い

 俺は山崎奏やまざきかなで、普通の高校生だ。


 今日は、家に帰るとすぐに化粧用具とウィッグを取り出した。理由は簡単。


 そう、女装するのだ。


 俺には一つだけ趣味がある。女装して外に出かけるというものだ。

 別に性自認が女だとかそんなたいそうなあれではない。ただの女装が好きなだけだ。


 そしてワンピースを着て鏡を見る。うん! いい感じだ。俺から見て惚れるな。……自分の女装姿に惚れるとはなんて悲しいことだろう。

 だが、自分で見てかわいいと思うという事は周りの男子から見てもかわいいという事で間違いなしだ。

 そして外に出る。


 別に女装しているから堂々としないわけではない。むしろ男子とばれた時のリスクが高いからこそ、演じ切らなければならない。


 まずは近所のスーパーに行く。夕飯の具材を買うためだ。ちらちらとおじさんに見られる。本音を言えば俺と同年代の男子に見られたいところだが、そんなことを言っても仕方ない。


 そして食料を買う。並ぶレジはイケメン男子のいるレジだ。

 可愛い恰好をしているからこそかわいいと言われたい。それは男女共通だ。


 そして会計をする。その際にちらっと店員さんの顔を見る。ポーカーフェイスだが、その顔は少し緊張している感じがした。気持ちわかるよ、俺だってその状況だとそりゃあ緊張するし。

 そしてそのまま買い物が終わって、店から出る。


 もう、外でやることは全部やったのだが、このまま帰るのも偲びないという事で、外に出て、服屋さんに行く。


 別に今日買う予定はないのだが、女装癖のある俺にとっては服屋さんは最も楽しい場所だ。自分の女姿をどう着飾るのかという楽しみがあるのだ。


 俺は自分の女装姿が好きだ。

 勿論自分がしてるからというのもあるが、全くおしゃれをしていない女性よりも美人だという自信がある。


 そして店に入っていくとまず目についたのは男性用の服だ。だが、それはさほど俺の人生にとって大事なものではない。


 男性用の服を着るなんて友達と遊ぶ時くらいしかないからだ。それに俺の顔はイケメンじゃないから男性用の服を着たとしてもさほど輝かない。

 それよりは俺をもっと輝かせるような女性用の服が欲しい。


 そして女性用の服のコーナーに行き、色々な服を見る。すると、そこに一人の女性がいた。


(まずいな)


 彼女は高橋理恵子たかはしりえこ、俺のクラスメイトだ。流石にこの格好を見て俺だとばれるとは思わない。

 あまり接点もないし。

 だが、声を聞かれたら非常にまずい。

 何しろ流石に声は変えることが出来ないのだから。

 ……もともと俺の声は高い方だから大丈夫だとは思うけど。



 そしてそれを避けるようにして服を探す。うん、やっぱりここは宝の宝庫だ。


 全ていい服に見える。だが、もし買うとしても予算上一つくらいしか買えないし、買う予定もない。ただ、試着はしたい。


 そう思い一つ一つ吟味しながら服を探す。すると一つの服に目が留まった。見ただけでいい服だ。これはぜひ来てみたいと思った。

 そしてすぐにその服を手に取り、試着室に向かう。



「ねえ」


 試着室の前で話しかけられる。

 俺はすぐさま後ろを振り向く。そこを見ると、いたのは高橋理恵子だった。

 まずいばれたか? そう思って振り返ると、


「ねえ、あなたも一人?」


 と言われた。思わない言葉に一瞬固まる。

 俺、いや私は彼女とは初対面なはずだ。


「私一人で来ちゃってさ。だから服がいいかなんて自分でわからなくて……あなたさえよければ私と服を見せ合いっこしませんか?」


 これはどう返したらいいのだろうか。俺は高橋理恵子のクラスメイトだが、私は赤の他人だ。

 まさか、赤の他人にこんなことを頼むなんて思わなかった。

 俺は出来るだけ彼女とは関わりたくはない。けど、私として断るにはどうしたらいいのだろう。

 人見知りの振りをして断ればいいのだろうか、それとも「君は誰!?」という感じで不審者から逃げればいいのだろうか。


「だめですか?」

「いや駄目じゃないよ」


 くそ、俺は馬鹿だ。提案を受け入れてしまった。この提案を受け入れて俺に得はない一方損はあるのに。

 受け入れた理由は単純に可愛らしく言われたからという理由だし。


「ありがとうございます!」


 そう高橋さんは頭を下げる。それを見て、


「いえいえ、とりあえず入りましょうか」

「はい!」


 そして俺たちは試着室へと入って行った。



「はあ」



 ため息を思わずつく。本当何やってんだ俺。もし仮にばれたとしたら俺の学校生活が終わる可能性だってあるのに。


 だが、そんなことを考えて着替えるのに時間がかかったらそれこそ不自然だ。急いで着替えようとする。


 服を抜き、上の服を着替える。


 その間少しだけ自分の体を見る。やはり男の体だ。いや別に女になりたいという訳ではないが、先ほどの高橋さんの姿を見ると、自分の体が所詮男という事に軽くショックを受ける。いくら頑張っても所詮俺は男、かわいい女子には勝てないという事に。


 俺から見ても正直高橋さんはかわいい。異性としてではなく、シンプルな女装好きからのことだ。

 そしていい加減に着替える。そして鏡を見る。正直かわいい。自分で言う訳ではない。男の俺がかわいいと言ったのだ。

 そして着替え終わって外へと出る。するとすでに高橋さんがいた。


「え? 嘘? かわいい」


 まずそう言われた。正直かなり嬉しい。何しろ本場の女子にかわいいと言われたのだ。認められたと言っても過言ではない。

 よし! と、心の中でガッツポーズをしながら、


「た……あなたもかわいいですよ」


 そう伝えた。危ない高橋さんと言いかけた。

 しかし、かわいいというのは事実だ。だが、これは少し違う。


「でも、ちょっと待って」


 俺のおしゃれ好きな一面がその違和感を許さなかった。

 更に似合う服を探すために俺は高橋さんの腕を引っ張った。


「な、なに?」

「私がもっといい服を見つけてあげる」


 若干無理矢理だが、今の彼女を放っておくことが出来ない。


「は、はい」


 そして彼女は俺についてくる。そのさなか俺は自分の行動を軽く後悔する。だが、もうどうとでもなれだ。ばれたら口止めに何でもする。だから今は俺の欲のために。

 そして急いで合いそうな服を探す。合った、これだ。



「これなんかどうですか? これも試してみたらいいと思いますけど」

「……試してみる!」


 そして再び高橋さんは試着室に入って行った。気に入ってくれたらいいのだが、そして俺はそれを待つ間、首を下に向け、服を見た。

 買うかどうかは吟味しなければならないが、お金をはたいても買う価値があると思っている。これじゃあ……家にある服が増えるなあと、少し憂鬱だ。

 そんなことを考えていると、高橋さんが試着室から出てきた。


「……かわいい……」


 思わずそう呟いた。先確実にこちらの方がいい。

 この服は高橋さんのもとの可愛さの邪魔をせずに、さらにかわいさを引き立たせている。

 うん。俺のファッションセンスは間違ってはいなかった。


「かわいいんですか?」

「うん。私的にはさっきの服よりもこっちの方がだいぶ似合ってると思うな」

「……ありがとうございます」


 照れているようだった。うーん、今の俺は女なのだがな。

 だが、褒められ慣れていないのだろう。


「じゃあ、これを買います」

「うん。それがいいと思うよ」

「色々ありがとうございます! ところで、メッセージアプリの交換とかっていいですか?」


 そうか、それを考えていなかった。だが、俺はこういう事態を想定してスマホを二つ持っている。もし俺の普段使っているスマホを出すと、学校でスマホを見られた時にばれてしまう。

 そこで「分かった」と言って、女装時用のスマホを取り出す。


 そしてQRコードを読みこませ、高橋理恵子という名前が友達欄に追加された。


「本当にありがとうございます……えっと、武村朱里たけむらあかりさん」

「はい、どういたしまして高橋理恵子さん」


 そう、その俺の知っている名前を声に出す。

 そしてその後軽く会話をして、今日は解散の運びとなった。

 その後、家に帰った後、


「俺、何やってんだ」


 メッセージアプリに来た。「これからよろしくお願いします」というメールを見て、今日の出来事を軽く後悔するのだった。


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