戦慄の公共交通機関

廻路ねず

系統1 遅れてきたバス

系統1‐1 車内の私以外の人物…運転手だった

 ぴんぽーん


 つぎ とまります


 ご乗車ありがとうございます


 ―これじゃなかった…!!


 恐怖で無意識に止めていた呼吸を思い出し、大きく息を吐き出した。

 電気が消えた薄暗いバス車内に、停車ボタンの赤い光が一斉にともる。

 乗客は私、一人だけ。

 僅かな静寂せいじゃくの後、車内の《とまります》の赤い光は…ふっと消えた。


「…残念。それではありませんでしたね。」


 そう声を発したのは、車内の私以外の人物…運転手だった。


「さあ、ご遠慮えんりょなさらず。次のボタンをお押しになってください。」

「な、なんで…!? こんな事…しなきゃいけないんですか…!?」

「はは…お客様は運が悪かったとしか。」


 やたら丁寧ていねいな口調でしっかりと透る声は、口元のマイクを通し、アナウンスとして車内に響く。それは一見、感じの良さそうな若い男性の声だ。

 だけどその言葉はしには、うっすらと…相手をもてあそぶような…尋常じんじょうではない感情がふくまれていた。

 何故なぜなら、私は… 今、このバスは…


 突如とつじょ始まった 運転手の狂気に 巻き込まれている


 *


 高梨たかなし眞緒まお御北みきた高校2年生。

 それは何の変哲へんてつも無い、いたって普通の日だった。

 部活を終えて、学校を出て、最寄もよりのバス停にやって来た。

 そして御北みきた駅行きのバスに…いつも通り乗った。ただ、それだけ。


 御北みきた市の2月は凍えるように寒く、陽が沈むのもとても早い。日本の北に位置するこの街は、今や深い雪におおわれていた。

 部活で遅くなったため時刻はもう18時を過ぎていて、すっかり陽は沈んでいる。歩道のわきに点々と立つ街灯の光が、雪に反射して闇の中でぼんやりと明るい。


 ―今思えばこのバスは、時刻表に無い時間に到着していた。


 だけどそんなの、予定時刻より遅れて来たのかとしか思わなかった。雪が積もると、バスは遅延ちえんするのが当たり前だったから。だから私は、不審になんて思わなかった。

 車内に足を踏み入れると、誰も乗っていない事に気付く。

 そこで少し不安になったけれど、運転手がいつも通りに「御北みきた駅前行きです」と言うから、些細ささいな不安はき消された。


 ―これは予定時刻よりも遅れて来た、車内が貸切状態の、御北みきた駅前行きの、いつも通りのバス。


 私はそう納得して、躊躇ためらいなく座席に座った。冷えた体に足元の暖房がじんわり温かく、ブーツ越しにじりじりと熱を感じる。

 そしていつも通りにコートのポケットからスマートフォンを取り出し、駅に着くまでの間、しょうもない情報が表示される画面を時間潰しにぼんやりと眺めていた。


 高校生になってから始まったバス通学にもすっかり慣れ、顔を上げなくても時間経過と感覚で、今どの辺りをバスが走っているのか、大体分かる。

 だから少しの後、いつもと異なる何かを覚え…私は顔を上げ、流れる窓の外を見た。


 ―……違う。いつもの見慣れた景色と違う…! やっぱりこのバス、御北みきた駅前行きじゃない!?


 私はどっと変な汗が出て、一気にあわてた。

 このまま私の知らない場所に連れて行かれてしまう前に、一刻いっこくも早く降りようと、座席から少し腰を浮かせた。

 それと同時に、この疑問を解決しようと情報を脳内でフル回転させる。


 運転手は確かに「御北みきた駅前行き」と言っていた。

 私の知らない間に運行ルートが変わった?

 確かに、私はバス路線とかあまり詳しくないから…こういう遠回りみたいなルートを走って、最終的に御北みきた駅前に着くルートが存在する…? ここで慌てて降りたら、早とちり…?


 私の中で《このまま乗る》と《今すぐ降りる》がぐるぐるとせめぎ合う。

 引っ込み思案じあんな性格もあって《どちらにしても運転手に訊く》をすぐ行動に移せず…一旦いったんすとんと座席に腰を落とした。


 そして私は、手元でしょうもない情報を表示していたスマートフォンの画面を検索画面に切り替えた。

 このバス会社は、確か…


【 蓮華れんげ中央バス 御北みきた駅 運行ルート 】


 そう手早く入力して、検索を押す。しかし私の意に反して、スマートフォンの画面は検索中となったまま欲しい情報を表示してくれない。

 蓮華れんげ中央バスのホームページから、御北みきた駅へ行く運行路線を見たいだけなのに。電波が悪いのか、インターネットに繋がらない。

 …その間にも、バスはどんどん知らない道を走り抜けてゆく。


 ―らちが明かない。駄目だ。

 私は座席から立ち上がり、運転手へ歩み寄りながら声を掛けた。


「すみません! これ、御北みきた駅行きですか!?」


 思っていたより大きな声が出た。

 しかし、運転手から反応は無い。


 私は混雑しているファミレスでいくら店員を呼んでも気付いてもらえない声量の持ち主であるから、当然と言えば当然の結果だ。手すりをつかみながら慎重しんちょうに、運転手の居る前方へ向かう。

 バスの走行中は危険だから移動してはいけない常識と、運転中の運転手に話しかけてはいけない常識を知っているので、二重にいけない事をしている後ろめたさがある。


 運転席の後ろまで近寄ると、運転手の姿があった。


「すみません!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る