第10話 月とスッポンだ。
開発した飛空船の、試験飛行。
予定通り、目的地まで二日で到着――
『豊穣と魔法の国』フリュードル王国の首都から、『渓谷と水の国』ヤト皇国の首都までやって来た。
二国間を定期便が繋ぐ海路は、南の島々を経由し迂回しているので、大回りする分だけ時間もかかる。
さらに船は帆船なので、運が悪ければ風待ちで何週間も動けなかったりする。
飛空船の移動速度は帆船とほぼ変わらないか、少し早いくらいだが、最短距離を移動できるので、船旅と比べればあっけなく目的地まで着いた。
ヤト皇国――
僕とシャリーシャの生まれ故郷。
空の上から、城のある渓谷を囲むように作られた町並みと、町を囲う城壁の外に広がる、緑あふれる自然を見渡す。
この国の首都は、切り立った渓谷の上部と下部にそれぞれ居住地がある。
渓谷の上部にはこの国で最も巨大な城があり、その城の周囲を貴族の邸宅が立ち並ぶ。渓谷の下部は平民が多く住み、雑然とした街並みに活気が溢れている。
水も豊富で、渓谷の上部から流れ落ちる滝が、幾筋も見える。
生活用水や水路が、町の中に張り巡らされていて清潔感がある。
その独特の地形と景色を見ると、懐かしさが込み上げてくる。
だが、懐かしんでいる暇はない。
この国には交易に来たんだ。
まずはこの飛空船を、デルドセフ商会の敷地に降ろさなくてはならない。
商会の敷地の上部に、船を移動させる。
僕はレバーを切り替えて、風の魔石へと供給していた魔力を切断する。
慣性で暫く移動させてから、ブレーキをかける。
高度を百メートルまで下げて、細かい位置調整をする。
敷地の真上に来た。
さて、後は着陸するだけだ。
僕は下降レバーをもう一段下げようとした。
そのタイミングで、甲板にいた冒険者から報告が入る。
渓谷の上部からこの船へと、数匹のワイバーンが向かってくるのが見えた。
ワイバーンの上には、人が騎乗している。
この国の空戦騎士だ。
彼らはまっすぐに、この船へと近づいてくる。
「まあ、そうだよな」
見慣れぬ空飛ぶ船が、突然現れたのだ。
首都の治安を守る彼らが、出張ってくるのは当然だ。
本来なら予め許可を取っておくべきなのだが、正規のルートで許可を貰おうとすれば、それだけで数年はかかるだろう。
人気のないエリアに着陸し、見つからなければ問題になら無いが、積み荷の輸送と商品の買取に、手間と時間がかかる。
できれば交通網と販路が確立されている、デルドセフ商会の敷地に降り立ちたい。
最低でも、町の近くが良い。
ワイバーンに乗った空戦騎士の接近。
この船の護衛の冒険者たちも甲板に集まっている。
冒険者は、五人パーティが二組で十人。
こちらの戦力にも、ワイバーン乗りが二人いる。
彼らは目立たない様に、臨戦態勢になる。
――だがまあ、戦うことにはならないだろう。
それは、彼らも解っている。
空戦騎士達がこの船に乗れるように、甲板にスペースを開けている。
戦う気が無かったとしても――
戦う準備を整えてから、話を始めるのが交渉の基本だ。
空戦騎士達もワイバーンから降りて、周囲を観察しながらこちらを誰何する。
「この船はなんだ! 責任者は前へ出ろ!!」
僕が前に出ようとすると、突然周囲が影に覆われる。
ばさっ、ばさっ、ばさっばさっ!!
この船を偵察に来た空戦騎士達の頭上に、太陽を背にした風竜のシャーリと、そのパートナーのシャリーシャが現れる。
風竜の巨体で光が遮られて、この辺りが陰ったのだ。
姿が見えないと思っていたら、シャーリに乗って空を飛んでいたようだ。
――恐らく、空戦騎士達の接近にいち早く気付き、姿を隠して様子を伺っていたのだろう。
シャーリを見た空戦騎士達は、驚きの声を上げる。
この国で風竜は、神様として崇められていることが多い。
初めて間近で風竜を見たらしく、感激していた。
その後――
僕の呼びかけで甲板に降りてきたシャリーシャに身分を明かして貰い、空戦騎士達の監視付きという条件で、地上への着陸許可を得た。
シャリーシャは公爵令嬢だし、風竜を連れている。
彼らの乗って来たワイバーンも、風竜の前では縮こまっていた。
魔物の顔色など判別できないが、ビビっていることは分かる。
そのぐらい怯えていた。
ワイバーンというのは、一応は竜種だ。
魔物の中での強さも、上位に入る。
だが風竜と比較すると、体格からして月とスッポンだ。
風竜はどっしりとしていて、見るからに『ドラゴン』という威容のなのに対して、ワイバーンは非常に細身だ。
限界まで肉を削ぎ落している。
魔法操作が風竜と比べて格段に拙く、自身の翼を頼りに空を飛ぶ関係上、体重は軽い。魔法を補助で使ってはいるが、体重が増えれば飛べなくなる。
ワイバーンに乗る人間は、高価な『反重力の魔石』で体重を軽減している。
もしくは浮遊の魔石で、『ワイバーンの上に浮ぶ』という騎乗スタイルを取る。
風竜は大きさも、ワイバーンの三倍以上はある。
戦力差は歴然だ。
友好的に事情を説明すれば、こちらの要求はすんなりと通った。
地上へと無事に着陸してからは、積み荷の売却と荷下ろしの作業をデルドセフ商会に委託して、乗組員の冒険者は交替で自由時間に入る。
この期間も荷物や船体の護衛はして貰うが、彼らにも休息は必要だ。
差し迫った脅威が無い内に、しっかりとリフレッシュして貰う。
フリュードル王国から運んだ商品は、麦と胴と魔物素材。
荷運び用のパレットとコンテナは、輸送料を貰い引き渡す。
ヤト皇国では、麦はあまり栽培されていない。
価格の安いフリュードルから持ってくれば、確実に仕入れ値よりも高値で売れる。
胴もこの国ではあまり取れない。
この二つは鉄板商品だ。
フリュードルの銀の価格は、国際基準よりも安い。
しかし、ヤト皇国も銀山が多く、価格もフリュードルとそう変わらない。
それよりも胴の方が、利益を見込めるので持ってきた。
この国は渓谷が多く、国土の高低差が激しい。
浮遊石を組み込んだパレットは、単純な荷運びだけではなく、エレベーターのような使い方もできるだろう。
将来的に、需要はかなり見込まれる。
渓谷の上の高さまで上がるには、下級貴族並みの魔力が必要になる。
この国の下級貴族の戦闘能力は、平民の『剣豪』に劣る。
魔力を持て余している者もいるので、働き手の確保は心配ないだろう。
ヤト皇国には金山が多く、金の価格が比較的安価なので、買えるだけ買い付けて大陸へと運ぶことにする。
農産品は、米や茶葉を買い付ける予定だ。
米で作った酒と、木を加工した工芸品――
風と水の魔石も、安価で手に入る。
僕たちは、白金貨六十枚分の商品をここまで運んできた。
必要経費を差し引いて、収益を大雑把に計算する。
――ライル商隊は今回の交易で、白金貨百枚分の利益を得た。
それを元手に信用取引で、デルドセフ商会から白金貨二百枚分の商品を買い付ける。商品は金と銀、農産品と工芸品、魔物素材と魔石。
日本円にして二億円分の商品。
滞在期間中に商品の買い付けを進め、買い付けた商品を船に積み込む。
二週間ほどで全ての作業を終える。
準備を整えた僕たちは、次の目的地へと出発する。
飛空船が、浮上を開始する。
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