第9話 傍から見ると様になっていたらしい。
僕は飛空船の、浮遊レバーを入れる。
補充済みの魔石から魔力が誘導線を伝い、飛空船に取り付けてある浮遊石まで魔力が流れる。
巨大な船の船体が僅かに浮かび上がり、初期浮遊状態になる。
「――よし!」
魔石に流れる魔力量は、途中に設置してある魔抵抗石で調整している。
魔抵抗石は魔力の流れを阻害する。
それを使い、魔石の出力を調整できる。
現在は魔抵抗石を五つ組み込んだ回路で魔力を流しているので、地上数センチの浮遊だが、魔抵抗石がゼロの回路で魔力を流せば、この船は地上三千メートルまで浮かび上がることが出来る。
ただ、そこまで上昇すると、乗り組員が高山病になるリスクがあるので、普段の運用は高度千メートルで移動させる予定だ。
魔力を流す回路の切り替えは、手動レバーで行う。
レバーの切り替えによって、零から五までの六段階で高度を調節できるようになっている。
今日の最終調整用の稼働テストでは、このまま地上すれすれの低空を移動して、船体をこの倉庫の外へと移動させる。そこから高度千メートルまで浮上し、地上へと降りる。
再び倉庫へと収納して、今日の試運転は終了だ。
本当はもう少し段階を踏んで、テストを繰り返してから実用試験へと移りたいが、僕にはのんびりしている時間は無い。
シャリーシャとの関係を周囲に認めて貰うには、実績と功績を早期に積む必要がある。
二週間後には、初めてこの飛空船で海を越える。
商品を積み込み、遠方への試験飛行を貿易を兼ね行う。
この船の動力は風属性の魔石で、発生させた風力を利用する。
船の腹に取り付けた筒状の装置に、風の魔石を設置して、魔力を流して風を起こす。風の風圧と、筒の後ろに取り付けてあるプロペラから得られる運動エネルギーで、船を移動させる。
推進装置は全部で四つ、船に取り付けてある。
二つは船体側部に、排出口を後ろに向け取り付けたメインエンジン。
残りの二つは、排出口を前方に向けて取り付けたブレーキ。
この船の動力は浮遊と空圧の二種類で、それぞれ手動レバーで段階的に出力を調節できる。
船を動かす操作だけなら、魔力を持たない平民でも出来る。
これだけの巨大な船体を動かす為には、本来であればグレードの高い魔石を複数用意する必要があった。
それだけの魔石を用意しようと思えば、国家予算並みの資金が必要になる。
その問題をクリアする為に、僕は魔石の能力を統合する魔力装置を開発した。
ヒントになったのは合同魔法だ。
合同魔法使用時の統合作用と同じ原理を持つ『統合魔法陣』を開発したことで、ランクの低い魔石でも複数合わせれば、高出力の魔石と遜色ない力を発揮できるようになった。
この『統合魔法陣』のことは、ビジネスパートナーのデルドセフ商会にも秘密にしている。
僕の持つ情報を、全て開示するのは危険だからだ。
手の内をすべて明してしまえば、用済みになって切り捨てられる恐れがある。
切り札は隠し持っておく。
メインの浮遊システムとは別に、緊急用の動力の魔石と浮遊石も用意して取り付けてある。地面の数センチ上に船体を浮かべるだけの出力の魔石と浮遊石で、緊急レバーを下ろすだけで稼働する。
何らかのアクシデントで、上空から墜落するような事態に使用する。
そんな状態で、緊急レバーを下ろせる位置に人がいるかは分からないが、何も無いよりはマシだ。
これから僕は、冒険商人になる。
命がけの仕事だ。
緊急時への備えは、思いつく限り用意しておきたい。
船を倉庫へと収納し、地面へと降り立った。
出発までの二週間の間に、商品の買い付けと積み荷作業を行う。
荷物はデルドセフ商会から、僕が信用買いで購入する商品だ。
購入予定商品は――
この辺りで獲れる魔物素材や魔石、麦や胴を白金貨約六十枚分で買えるだけ購入する。
この世界の白金貨一枚は、日本円で約百万円くらいの価値があるので、僕はこれから六千万円相当の荷物を運ぶことになる。
それとは別にデルドセフ商会からの依頼で、浮遊石を組み込んだパレットやコンテナも持って行く。
こっちは単純に荷運びの依頼だ。
便利な道具なので、他の国の支店でも使いたいらしい。
二週間後――
積み荷を積載した飛空船を倉庫から空地へと移動させ、そこから浮遊石への回路を段階的に切り替えて、上空千メートルの地点まで上昇する。
ここから東へと進み、ヤト皇国へと向かう。
障害物の無い上空だ。
ルートは、ほぼ直線で移動できる。
速度も海上を移動する船よりも出る。
海路だと大周りになるのに加えて、風待ちの期間もある。
定期便で一週間から一か月かかるところを、この飛空船なら直線で二日で移動できる。
あくまで理論上での話だが、チャレンジしてみなければ何も始まらない。
ライル商隊。
この試験飛行のために、結成した商隊だ。
乗組員は十八名――
この規模の船で移動するには少なすぎる数だが、船の操作は僕一人でほぼ出来るし、積み荷の受け降ろしは、現地のデルドセフ商会で人員を手配して貰える。
後は護衛の冒険者とシャリーシャが乗り込み、この数になった。
護衛は五人一組の冒険者が二チーム。
僕とシャリーシャで十二名。
残りの六人はデルドセフ商会から出向して貰った従業員で、船の操作や航行の補助、料理、現地の商会との交渉やアドバイスなどをして貰う為の人材だ。
僕とシャリーシャは、学校での勉強をもうすでに終了している。
僕は魔石と魔法陣の研究員になる資格を取得し、シャリーシャは魔法騎士と魔獣使い、それと空戦騎士の称号を獲得している。
学院には入学式も卒業式もない。
学ぶことが無くなったと感じれば、その時に卒業すればいい。
魔法学院は、そういう学校だ。
卒業式などもない。
しかし、定期的に開かれる舞踏会が、その代わりになるのかもしれない。
貴族階級の者が集まる学び舎なので、そういった煌びやかな催しもある。
僕たちはそういったパーティにはあまり参加してこなかったが、学校を卒業する直前の舞踏会だけは出席した。
僕とシャリーシャは着飾って、一緒にダンスを踊った。
僕のダンスは下手糞で、何とか踊れるレベルだ。
それでもシャリーシャが上手く合わせてくれた。
傍から見ると様になっていたらしい。
最初はそういう場に出るのは乗り気ではなかったが、学生時代の思い出が作れて良かった。
シャリーシャの相棒の風竜も、この飛空船に乗り込んでいる。
戦力としてはそれだけで十分すぎるくらいなのだが、敵が複数だったり想定外の事態に対処する為に、他の冒険者も護衛も必要だ。
彼らは同時期に学院を卒業したメンバーで、こっちがスカウトしたり、向こうから売り込んできたりだった。
冒険者メンバーには、僕と決闘騒ぎを起こした、あのマルスクもいる。
彼はあの事件の後、冒険者を志すようになり、取り巻きたちと離れて一人で冒険者ギルドに出入りするようになった。
僕とも仲良くなったので、今回の試験飛行に冒険者仲間と一緒に参加することになった。
彼には婚約者が出来たばかりだったはずだが、そっちは大丈夫なのだろうか?
まあ、本人の決めることだ。
彼らは新米冒険者だが、学院で実践訓練を積んだ手練れだ。
戦力としては、申し分ない。
実家を継げる見込みの薄い、貴族の三男以下が冒険者になるケースは多い。
騎士になるよりも商人の護衛の方が各地を渡り歩けるし、気楽に暮らせる。
それに魔物と戦闘する機会も多い――
そういった生活を好むものが冒険者を志す。
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