第3話 少しだけ、落胆した

 少し早く起きて、食堂で朝食を食べる。

 寝坊すると食堂は昼まで閉まってしまい、朝の食事にはありつけない。

 

 朝と夜の分の食費は、前払いで払ってある。

 食べ逃しは避けたい。


 元々時間にルーズな性格だったが、今のところ朝食の時間に遅れたことは無い。






 今日の午前中は、魔法陣の講義がある。

 朝食を食べ終えた僕は、授業が行われる教室へと向かった。


 ……移動中にシャリーシャの姿を見かけた。

 校舎の上だ。


 彼女の傍らには、シャリーシャのパートナーの翼竜もいる。



 彼女たちは校舎の上に立ち、微動せずにじっと一点を見つめ続けていた。


 ――何を見ているんだ?



 彼女の視線の先を目で追ったが、空には雲があるだけだ。


 翼竜も彼女と同じように、同じ場所を見続けている。


 ……?



 翼竜は『風竜』とも呼ばれ、高度な風系統の魔法を操ることでも知られている。

 シャリーシャの使い魔の竜は『シャーリ』という名前で、彼女が小さい時にいつの間にか懐いていて、一緒に暮らすようになったらしい。





 この学院の校舎の屋上は、生徒に解放されていない。

 そもそも、人が立ち入ることを想定した作りにはなっていない。



 彼女は風竜に乗って空を飛んでいて、今は休憩中なのだろう。

 そんな推測をしながら、僕は歩みを進める。





 彼女は自由だ。


 自分が好きな時に、好きな場所に居る。

 やりたいことをやりたい時に、やりたいようにやる。




 僕はシャリーシャがまた側にやって来て、教室まで付いて来るのではないかと、少し身構えていたが――


 彼女は屋上に立ったまま、微動だにせずにいる。

 僕は何故か少しだけ、落胆しながら教室に向かった。





 魔法陣に魔力を流し込むと、図形に応じた様々な現象を引き起こすことが出来る。


 機能としては魔石や魔法スキルと、似たようなものである。




 今日習っているのは、現象を分解して魔力へと変換する分解術式の魔法陣だ。


 火や水といった自然物を分解して、魔力というエネルギーを作り出す。

 魔法で作った現象も、この魔法陣で再び魔力へと変えることが出来る。



 魔法陣に魔力を流し、火や水を作り出す。

 それを流れを逆にして、火や水を魔力へと変える。



 僕は教壇の横に広げられた、大きな紙に描かれた見本の魔法陣を見て覚え、持参した紙に模写する。模写しながら図式の意味を理解し、図形をそのまま記憶する。

 

 手本として広げられている魔法陣は、火を魔力に変換するタイプの物だ。

 この魔法陣の火の部分を水に書き換えれば、水を分解して魔力に変換する魔法陣になる。



 見本の分解術式は、火を発生させる魔法陣を応用して作られているので、暗記することはさほど難しくはない。今までの授業で、火を発生させる図式も、魔力の流れを反転させたり、吸収する図式も習っている。


 魔法陣の火を『発生』させる部分を『分解』に置き換えて、魔力を流し込む『入力』部分を『吸収』に置き換える。


 これまで習ってきたことの応用だ。

 難しくはない。





 授業終わりの正午に食堂に寄り、軽食を買って部屋で食べる。


 食堂で前払いしているのは朝食と夕食の分だけなので、昼に何か食べたい生徒はお金を払って昼用のご飯を買う。


 

 昼に用意されているのは、サンドイッチだ。


 この料理は大陸の西側が発祥らしい。

 手軽に食べれて美味しいので、大陸の東側でも広まって、日常的に食されるようになった。


 この世界でも、ずぼらな奴が考案したんだろう。


 



 午後からは魔法実技の授業だ。


 この授業は参加生徒が実技訓練場に集まって、用意された的に向かって攻撃魔法を放つ――

 戦闘用の魔法を使い慣れるための授業で、やること自体は難しくない。




 けれど、僕は少し憂鬱になる。

 保有魔力も少ないし、使用できる魔法スキルも初級の風魔法くらいしかない。


 人と比べても仕方がないということは頭では分かっているのだが、周りと比べて劣っている自分を認識しなければいけない時間というものは辛いものがある。




 だが、この授業に出ない訳にもいかない。


 この実技訓練こそが、この魔法学院のメイン教科だ。

 出なくても問題ない座学の授業とは違い、出席確認が取られる。


 最低限の出席日数がなければ、在学資格が取り消される危険がある。

 そうならない為に初級の実技授業には、たまに出ることにしている。



 僕は実技用のマントを羽織って、訓練場へと向かった。


 





 この世界には魔法があるが、魔法文明は無い。

 魔石や魔法陣は利用されているが、それはあくまで魔法使いを補佐する補助的なものでしかない。

 

 魔石や魔法陣は魔法使いが利用するものあって、魔力を持たない人々の生活を支えるような、だれでも利用できるインフラとして利用されている訳ではない。



 僕のやりたいことが形になれば、それも変わるだろうが――


 上手く行ったとしても、それは未来の話だ。







 僕の使用できる魔法は、初級の風魔法だ。

 杖の先端の魔石もそれに合わせて風属性の石で、魔法の発動を補助してくれる。


 魔石を通して魔法を使うと、理想的な魔法の形に近づけてくれる。

 具現化イメージの苦手な者は、この杖無しでは魔法を使えない。




 訓練場では生徒が一列に並び、的に向かってそれぞれ魔法を放っていく――


 最初に演習している生徒たちは中級魔法の使い手なので、威力も相応の規模になる。多種多様な魔法が放たれる様は、迫力があって見応えがある。

 


 彼らが魔法を撃ち終わると、次は初級魔法の使い手の番だ。


 僕は杖の先端に魔力を集めて、風魔法のスキルを使う。

 この世界では魔力とスキルがあれば、誰でも魔法を使うことが出来る。



「ウィンド!!」


 僕のイメージに応じて杖の先端から空気の塊が飛んで、的に当たって弾ける。


「ふう……」


 僕の風魔法は、なんとか的まで届いてくれた。

 込める魔力が少なければ、あそこまでは届かず途中で消えてしまう。



 魔法の風の形状は、イメージで変えることが出来る。

 スキルで魔法を発動すると、狙った的に自動で照準を合わせてくれる。



 魔法実技訓練の参加生徒全員が、一通り魔法を撃った。


 ウォーミングアップは終わり、次は合同魔法の練習に入る。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 屋根の上で休憩していると、シャーリが雲の向こうに鳥の魔物を見つけた。


 私も気配を感じ、魔物に狙いを付ける。



 シャーリはお腹を空かせている。

 ――あれを獲って、ご飯にしよう。


 気配を消して、近付くのを待つ。

 飛び出すのが早すぎると、逃げられることもある。


 慎重に獲物が間合いに入るのを待つ。



 待っている間に、ライルが道を歩いているのを見つけた。

 私に構って欲しそうだった。


 私も構ってあげたかったが、シャーリはお腹を空かせている。

 ここは、狩りを優先した。


 シャーリのお世話は、私の役割だ。

 こればかりは、譲れない。



 私はシャーリのご飯の後で、ライルの所に行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る