第24話:後悔先に立たず
「せっかく未成年だからと屋敷からの退去と、横領した物の没収だけで済んでいたのに、まさか自分から堕ちて行ってくれるとはな」
アルベールが口の端を持ち上げる。その声音はどこか呆れた響きを含んでいる。
「学園は今まで通り……とはいきませんが、卒業まで通えますし、サロメの実家が養子にしてくれたので、平民ではなく貴族のままでしたのに」
結婚までですが、とフローラは最後に付け足す。
「彼女はどの程度の教育を受けていた?」
アルベールは、扉の前に控えているセバスティアンへと質問をする。
「さぁ? 私は何も手配しておりません。本邸には彼ら専門の執事がおりましたので」
サラッとしらを切るセバスティアンに、アルベールは苦笑する。
嘘では無いだろうが、彼が把握していない事は無いだろうに、と。
「サロメの伝手で教師の手配をした、と前にシルヴィが自慢していた事がありましたわ」
その時には既に当主教育が始まっていたフローラに、なぜか「あなたと私は違うのよ」とまるで見下すように言っていたので印象に残っていた。
「一応貴族としての教育は受けているのか。それならば、今回の件は実刑判決が出るな」
「え?」
フローラの想像と違う返答がアルベールから聞こえ、思わず問い返すと、無表情なアルベールと目が合った。
「親の怠慢で何も教育されていなければ、貴族籍剥奪程度済んだかもしれなかったが」
この顔は、ダヴィドとサロメを拘束しに来た時の顔……仕事の時の顔だ、とフローラは気付いた。
フローラは、シルヴィもモルガンも許すつもりは無かったが、極刑にしたいほど憎んでいたわけでも無かった。
だから、卒業までの一年間、針の筵の学園生活を送り、卒業後は二人が結婚してエマール伯爵領で平民として暮らせば良いと思っていた。
使用人達は違ったようだが……。
実はダヴィドとサロメは、使い込んだお金を返し終わったら処刑される。本人達は、自由になると思っているようだが、平民が貴族を名乗り、正当な当主を
当然の結果だろう。
モルガンとシルヴィは、二人の結婚自体が罰みたいなものだった。
伯爵家当主夫妻になるつもりだったのだ。平民になる事は充分な罰だと思えたし、まだ成人前だったのでダヴィド達よりも遥かに刑が軽かった。
エマール伯爵家は、直接関係無かったので、
それに今後、フローラが招かれるパーティーには招かれる事は無いと想像出来る。
社交の出来ない貴族家に、発展は無い。
ファビウス領の港のように特別な何かがあれば、それでも何とかなったかもしれないが、エマール伯爵領にはそれも無い。
「本当にあの婚約は、害しか残さなかったわね」
歴代の伯爵の絵が飾られた場所で、フローラが呟く。
視線の先には、倉庫に隠されていた先代伯爵。そう、フローラの本当の母である。
「その前に、ダヴィドとの結婚が駄目だったみたいですよ、お母様」
サロメと違い、母と呼ぶのに違和感が無いほどよく似ている。
「フローラ様が成人するまで、大切に育てるという約束でしたので、奥様はそれに縋るしか無かったのでしょう」
フローラの後ろには、いつの間にかセバスティアンが立っていた。
「それに当時のエマール伯爵夫妻は、もう少しまともな方々でした。確かに上の二人のお子様は優秀でしたし、まさかモルガン様をあのように育て上げるとは……」
そこでセバスティアンは言葉を濁した。
上の二人、と言われてフローラは顔を思い出そうとするが、上手くいかなかった。
エマール伯爵家の新年のパーティーに、フローラは参加していなかった。その時期は物心着いてからずっと、ファビウス伯爵領で過ごしていたからだ。
それにしても、弟の婚約者に会おうとしない兄は、頭は優秀かもしれないが、貴族として、いや人間としてはどうなのだろうか、とフローラは淋しい気持ちになった。
数日後。エマール伯爵家から、謝罪と直接会って詫びたい旨が書かれた手紙が届いた。
カイユテ男爵家からは、翌日には届いており、毎日しつこく送られて来ている。
爵位の違いも有るのかもしれないが、それでもエマール伯爵家からは、フローラがまだ幼くモルガンの元婚約者だから、という甘えが透けて見えた。
「こんなものは、裁判の席で会いましょう、と返事をして、それ以降は受け取り拒否で構わん」
両家からの手紙を読んだアルベールが、フローラに代わりセバスティアンに命令する。
「かしこまりました」
望む答えが貰えたのだろう。とても良い笑顔である。
教育は受けていても、実務経験が無いフローラを、アルベールは補佐してくれる。
領地経営など大きな事は、後見人である母親の従兄弟の補佐が入るが、領地と王都で離れているので、日々の細々した事までは助けてもらえない。
だから、今のアルベールの存在は、フローラにとって単なる婚約者以上だった。
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