邪魔者
第1話:婚約者との関係
ファビウス伯爵家の次女フローラは、名前は華やかだが真っ直ぐな白銀の髪に紫の瞳の、冷たい印象を与える見た目をしていた。
そのうえあまり表情が豊かではなく、感情の起伏の無い、どこか薄情な人間だと思われていた。
それは幼い頃に決められた婚約者にも、そう思われているようである。
「そんなに俺が嫌いなら、来なければ良いだろうが」
今日も婚約者としての交流の為のお茶会がエマール伯爵家で行われていたが、婚約者である伯爵家三男のモルガンは、殆ど話をしないフローラに対して一方的な怒りをぶつけて立ち去って行った。
立ち去る婚約者の背中を眺め、フローラは溜め息を吐き出す。
その後ろでフローラの専属侍女であるローズが同じように溜め息を吐き出した。
「あの先には、おそらくシルヴィ様がいらっしゃるのでしょうね」
ローズが睨み付けているのは、エマール伯爵邸の
「ねぇ、ローズ。なぜ私だけが話題を提供して、気を遣わなければいけないのかしら?」
フローラがそっと視線を落とす。
前にモルガンに何か楽しい話をしろと言われたので、当時興味があった隣国の貿易の話をしたら、当主教育が滞っている自分への嫌味か、と怒鳴られた。
モルガンが言っていた当主教育とは、ファビウス伯爵家の主な収入が貿易の為、フローラと婚姻した後に必要になる知識の勉強である。
一緒に行われるはずだった勉強会は、モルガンがファビウス伯爵邸に通うのを拒否した為に、個別に行われるようになった。
当然モルガンが一人で勉強するはずもなく、真面目なフローラとの差は開くばかりである。
「そもそもお嬢様が婚約者と交流するのに、シルヴィ様が一緒にいらっしゃる意味が解りません」
ローズはチラリと後ろへ視線を向けると、離れた場所に居た護衛騎士二人が近寄って来た。
「帰りましょうか、お嬢様」
ローズに言われ、フローラは席を立つ。
エマール伯爵家のメイドは、モルガンの後を追ったのでここには居ない。
「エマール家の方に帰る旨を声掛けして来て。シルヴィお姉様は残る事も忘れず伝えてね」
フローラが護衛騎士へ告げると、一人は残り一人は屋敷へと早足で向かう。
今居るのは中庭である。
これが室内なら部屋を出れば誰か使用人に
「いつもの事なので、言伝しなくても良い気はしますけどね」
フンッと鼻息荒く言い捨てたローズの台詞へ、護衛騎士も小さく頷いた。
月に一度の婚約者との交流にシルヴィが付いて来るようになったのは、モルガンが学園に入学して少し経った頃、フローラが12歳の時からである。
それまではモルガンの方が、母親と一緒にファビウス伯爵家へと来ていた。
その後、貴族の子女が親と離れて行動するようになる年齢、学園の入学と共にモルガンがファビウス伯爵家へと行くように両家の間で決まった。
しかしモルガンが交流会に行くと言って家を出たのに、実際は街で遊んでいた事が何回か続いた。
そこでファビウス伯爵夫人が「これからはシルヴィと一緒にフローラをエマール伯爵家へ行かせますわ」と勝手に決めてしまったのだ。
エマール伯爵家としては、モルガンに非があるので拒否する事は出来ない。
それから二年近く、フローラが学園に入学した後も、シルヴィは交流会へと付いて来ていた。
最初は三人でお茶会をしていたが、そのうちシルヴィが「私は邪魔よね」と途中から四阿へと行くようになった。
そうなると、モルガンが追い掛けるように途中離席するようになった。それからすぐにシルヴィは最初から四阿へ一人で行くようになり、無論、モルガンはフローラとの交流など殆どせずに、シルヴィの元へと向かった。
それでも始めの頃は、フローラもモルガンが戻って来るのを待っていた。
モルガンとシルヴィも多少は罪悪感があったのか、一時間程で二人揃って戻って来て、そのまま交流会はおひらきとなっていたからだ。
それが段々と時間が延びていき、夏から秋へ変わる頃。太陽が陰る時間になり、屋敷の中からモルガンが出て来て「まだ居たのか」と言い放たれ、待つのを止めた。
交流会自体を無くしても良いのでは? とフローラは何度も提案したのだが、その度に母のサロメに怒られた。
それならば、自分ももう学園に通う年齢なのだから一人でエマール伯爵家へ行く、とフローラが言えば、今度はシルヴィが「私の事が嫌いなのね!」と大騒ぎをして、父親まで巻き込んでそれを阻止した。
シルヴィ一人ではエマール伯爵家に行く事も、モルガンに会う事も出来なくなるので当然だろう。
それならば婚約者をシルヴィに替えれば良いのに、とフローラはずっと思っているのだが、どうやらエマール伯爵家側が承諾しないようだった。
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