先輩とただ思い出話をするだけの話
今日も非常階段の踊り場に行く。嫌なことが、今日は特に多くあった。例えば、先生に媚びへつらう学級委員だとか、それに鼻の下を伸ばすおじさんだとか。気持ち悪いを詰め込んだようなクラスの雰囲気は、不味い甘さが漂っていた。
「おやおや。頻度が増えていないかい。お姉さんは心配だよ」
戯けるようにそう言う先輩の顔は影になっていて、どんな表情をしているのかが分からない。少しだけ鼻声になった声と、後ろから差す光の反射で一瞬光った頬が、泣いていたのかもしれないと告げてきた。
「あの……、なんでもないです」
泣いていたか聞こうとして、辞めた。僕だって、その場面を見られたら放っておいて欲しいと思うから。そして別のことを聞くことにした。
「先輩には、尊敬した先輩とか居たんですか」
僕が先輩に抱いている感情は尊敬ではないけれど、ふと気になって聞いてみることにした。たぶん後悔する。そんな心の呟きを抑え込んで。
「尊敬かぁ。あの人はそういうんじゃないんだよね。すっごく優しくて、脆くて、愚かな人。私はたぶんあの人が好きで、それ以上に嫌いだった。自分が先輩って立場になると、また妙に懐かしいもんだねぇ」
先輩は柵から少し身を乗り出して、喉を鳴らして笑った。たぶん、俺のことなんか見えていなくて、そんなことに一々傷ついた。
「此処で一緒に煙草を吸ってたんだよ。今の私と君みたいに。いつも先輩は此処に居て、私が時偶来る関係だった。本当に、今の私と君みたいな感じだったんだよ」
その懐かしそうな表情に、微かに嫉妬心を覚えてしまうから子どもなのだろうか。だって、それなら先輩と僕が今まで過ごしてきた時間は、ただ過去を踏襲しているだけになるのだから。
「先輩はなんで此処で煙草を吸うんですか」
先輩は少しだけ首を傾けて、そして首を振った。今の私には分からない。そう口が動いた。君は、と聞かれて、意趣返しに僕も分かりませんと答えた。そう言えばやはり先輩は困った顔をした。
「煙草、一本ください」
「はいよ」
今日の煙草は、俺の好きなやつだった。其れがまた、心を逆なでしてくるようで、蟠りだけが燻っていた。
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