【落選原稿/掌編】「長谷川さん」

 長谷川さんは「まあまあおじいちゃん」な年齢の人で、「おじいちゃん」だから男で、頭にはだいたい白いタオルを巻いていて、時々麦わら帽子の時もある。黒くて、短い雨靴をいつも履いているから、たぶんそれが好きなんだと、私は思っている。

その長谷川さんは、山の近くに畑をいくつか持っていて、私にはそれがどこからどこまでなのかはよくわからないけれど、ナゴヤコーチンのいる鳥小屋は、少なくとも、長谷川さんのものらしい。

 ナゴヤコーチンは、いきものなのが不思議なくらい、本当に綺麗な鶏だ。見た目にもつやつやしている羽を、豊かに生やしている。彼らを少しでも近くで見ようと、鶏小屋に近付いたこともある。私の姿を見るなり、羽を大きく広げて、こっちへ来るなと怒りをあらわにしていた。あまりの迫力に、私はとっとと逃げ出した。それからは遠目に、彼らの姿を拝んでいる。

 彼らはよく、長谷川さんに鳥小屋を開けてもらって、自由に畑を散歩する。向こうの方からこちらにやってきて、私に気づくと羽を広げて逆立て、「クックッ」と鳴く。その広げた翼に生えそろっている羽も見事なものだ。ナゴヤコーチンは、気が済んだら勝手に鳥小屋に帰っていって、出入り口は長谷川さんが閉める。

散歩の最中に落としたのだろう、羽を拾ったことがある。羽の中心に通る管の中は空洞になっていて、少し土が入っていた。宝物だと思って大切にしていたけれど、その羽が今はどこにいったか、私は知らない。

 白い軽トラに乗って、長谷川さんは今日も畑にやってくる。私はいつも、長谷川さんを見かけるとそばに行く。遠目に見ていると、だいたい長谷川さんはこちらに気づいていて、パンやお菓子を分けてくれる。

 長谷川さんの左腕の、肘の関節部分には、大きな傷がある。皮膚はしっかりと張っていて、そこだけ肌の色が白いから、きっと傷痕なのだろう。私の左足にも、昔の傷痕がある。ケガをすると、はじめは凹んでいるけれど、やがて肉が盛り上がって、新しい皮で蓋ができる。そして元通りになるのだ。そうなると、もう痛くはない。だから、長谷川さんはもう大丈夫なのだ。私ももう、大丈夫だ。

 山は、畑に向かって広がっていこうとする。木々から実が落ちて、小さな芽がでる。私は長谷川さんの畑に山が飛び出していかないように、その実を拾っては、山の方へ投げ返す。それを長いこと、もう本当に長いこと続けていたのだけれど、ある頃を境に、私はあまり動けなくなってしまった。

 長谷川さんの軽トラの音がやってきて、鳥小屋を開ける音、麦わら帽子を触った時の「くしゃ」という音、いつもの音たちに混ざって、足音がだんだん近づいてきた。今までこんなに足音が近いことはなかったから、少し、どきまぎした。

「なんだ、お前、死ぬのか」

 私は長谷川さんを見た。こんなに近くで見たのも初めてだった。会えてよかった。


 長谷川友蔵は、農具入れから新品の白いタオルをとってきて、黒いカラスの亡骸を抱き上げ、そっとくるんだ。

 そして、イノシシに掘り返されないくらいの深い穴を掘って、横たえてやった。ふと、ナゴヤコーチンの鶏小屋に近付いては、威嚇されて離れるこのカラスの姿を思い出した。落ちていた羽を拾って、いそいそと山に消えていった、あの日の黒い尾羽をも思った。それで、とっておきにしまっておいた大きな羽を、一緒に埋めてやった。

 しまいに、頭に被っていた白いタオルでしっかり汗を拭いて、平らにならした土に向かって、しばらく手を合わせていた。

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