同時刻にて: 天原無二たる少女、尾崎大空なる少年、この二者の対話


 尾崎── こんな凄い所に呼んで、何なんだ。


 天原まがはら── 良い所だと思ったのよ。生徒会長さんにお願いして、貸し出していただいたわ。お茶を飲むなり、なんでも自由にやってよろしいって。大器ね。


 尾崎── 僕は飲まない。こんな所で、何を座談するつもりだ。


 天原── ね、貴男。私はまだ応えを貰っていないわ。


 尾崎── 告白のか、君の。ならば、すまない。


 天原── 断るの? そうなのね。


 尾崎── 後悔している。僕は、今。しかし駄目だ。


 尾崎── 天原さん。僕は貴女のような人をお相手する気にならない、……しようとは思わない。


 天原── 言い直さないで。面倒事を背負いこみたくないといわんばかりにするのね。理由が知りたいのよ、その訳をいいなさい。訳を、ね。


 尾崎── 俺の・・(かれは天原のまえでは初めてこう自称した)、その、この高校での有様を……どう思う──聞いてるんじゃあない。ただ考えてみて、だ。この高校じたいが、奇天烈だ。決裁、決闘裁判メンズーアなんてあるんだ、そもそもこの俺と貴女がいる、この学校がそう変梃なんだ。この平和な«島国»のいまどきに、決闘だぞ。これっきりで、面倒きわまりない。それに……


 天原── 長い。いい加減にして。はっきり、核心を。述べて。私のなにが悪いのかを。それとも私だから、悪いのかしら。


 尾崎── そうだ……だが! だが俺がこんな俺だから、もう、もう、どうしようもないんだ!! 君(彼は天原のことを、初めてこう呼んでみせた)がわるいのは、君は……


「なぜ僕を好きになった!?」 


 尾崎── 君は、……俺が、毎日毎日、『決裁委員会』の連中やら『糾問部』のヤロウどもに絡まれてるのを見るだろうが?! あれだけでさえも、もう誰かの相手はもう沢山だ! 俺は、おれがやりたいのは『芸術部』のことなんだ、そこで俺は俺だけのことを出来るかぎりやりたいんだ!! ……、……、俺は自分のことだけやりたいんだよ。だから君とは付き合いたくないんだ。君が悪いなんてあるものか。俺がそうでありたいから、君をフるんだよ、天原。


「……そう。もういいわ。わかったから」


「……。」


 尾崎── (黙って席を立つ。)


「待ちなさい。別の話があるの」


 尾崎── (生徒会棟の貴賓室にて、その応接用の机とソファにふたたび向き直り、嘆息しかけて、こらえる)

 

 尾崎── ……天原。あの、もしかして『決裁』の話か。だからこの部屋も使わせてもらえたのか、生徒会長どのに。(脱力ぎみの溜息をつく)


 天原── ええ。そうなのよ。なにか期待したのかしら? 「でも私、こうしたら何か──うまくいく気がしたのよ。貴方にはね」


 尾崎── そうか。たしかに。(もとの席につく)「上手くいったね、たしかにね」


「ええ、貴方らしくない──だからこそ本音を聞けたわ。嬉しくてよ。」


 天原── ただ相変わらずいけ好かないけれどね。まあ、さっきのグダグダな駄弁りもいちおう、認めてさしあげる。


「うっとおしい『糾問部』の方々や、四角四面の『決裁委員会』のお歴々ともうまく仲良しして、彼らの持ちこむ『決裁』をとりなして、──仕事の出来る男。なのに其れさえさっきみたいに言い放って、くだらないとする、権力欲のない自分が、その自分のやりたいことが第一だと放言する男。」


 天原── 嫌いじゃないわ。


「好きよ」


 尾崎── 俺が君だったら、そんな俺には全く関わりたくない。胡散臭いやつだ、そんな奴。


 天原── 面倒な男ね。


 尾崎── 君は大事おおごとだ、俺にとっては。君のような大難題を俺にもちこまれても、やりきれない。


「出来るわよ。やろうとさえすればね。」

 

 天原── (そういいながら、鞄から書類の入った赤いクリアファイルを出し、机の上に置く)


 尾崎── 人事ファイル……誰の。誰だ? 見たことない子だ。


「転入生ね。まだ皆さんご存知でないわ。私と貴方、あとは校長先生たちだけ。見ないふりしても良くってよ?」


 尾崎── もう見たからには、やる。この子がどういう訳なんだ。


 天原── そうね……。前の学校で上手くいかなくて、この『信学高校』に転入してきた成績優秀、けれど人格面での支障がある、そういう。高校一年の途中から休学して、それでこの春、私たちの学校の二年生に復学する。


「そういう事になっているわ。」


 尾崎── 『東尋望さうび』……東尋坊でないな。


 天原── すぐ縁起を担ぐ我が校にはお似合いの名前でしょう。


「尾崎。尾崎大空おざき まさたか。学園長、ならび学園理事長からの要望なの──この話はじつは秘密なのよ。」

 

 天原── この娘がもしも、我が校の『決裁』を使おうとしたなら──そうなりそうな娘なのよ──尾崎、貴方が工作して、この娘を卒業まで留めておかせなさい。あろうことなら、最悪、在籍しているだけででもいいわ。指や腕が落とされようが、植物人間だろうが、卒業までいたら、なんだって送り出す。それまでこの娘を保たせて頂戴。


 天原── 尾崎。この娘、お願いして宜しくって?


 尾崎── 了解した。


「頼むわね。」

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