57.船がくるのを待ちます


 

 大きく息を吸った。

 インクのような、紙のような独特のにおいがする。


 (本の香りって、何か癖になるよね)


 ここは大型船の発着所の上にある図書館だ。

 食事処にいた4人組のこともあり、エリアーナは人目を避ける作戦に出た。

 しかし、ずっと部屋にこもれる性分ではない。

 そこで目を付けたのが図書館だ。

 このところ連日通っていた。

 

 ジルコはニコたちと、海辺の洞窟にいる。

 ニコ曰く『ジルコに修行つけてもらってるんだ!』とのことで、毎日楽しそうだ。

 ニーナは、修行について行かない日は、エリアーナとともに図書館で本を読んでいる。

 図書館にはプレシアス王国を紹介する本が置いてある書棚もあった。

 それを読んで、これからの旅に備えるようだ。

 ニーナたちは、プレシアス王国や周辺国を巡る旅に出る。

 キリア村には魔法苔の取引のため、大陸から来る客も多く、彼らは共心語に加え大陸語もペラペラだった。

 

 キリア村の村長からの飛紙は、翌日に届いた。

 その早さに驚く。

 ミューグランド共和国は船でも数日はかかるのに、飛紙は前世の飛行機並みの速さで飛んでいるのかもしれない。

 

『子どもたちの命を救っていただきありがとうございます。

 のどかな田舎の村ですが、仲間が増えるのは大歓迎です。

 お越しになるのをお待ちしております。


 キリア村村長 ニルス』

 

 そう綴られた文章は、力強く豪快な字で書かれていた。

 ニーナたち曰く、人柄もこの字のような人で、いつも元気に村中を駆け回っているそうだ。

 

 こうして無事に目的地が決まる。

 乗船券も手配し、あとはミューグランド共和国行きの船を待つのみとなった。

 一番近い日程の船は、1週間後だ。

 それまでは目立つ行動を避ける必要がある。

 図書館はうってつけの場所だった。

 混みあうわけではないが、それなりに利用者もあり、時間を潰す物もたくさんある。


 今手元にあるのは魔物図鑑だ。

 黄金スマホがあるのでそれで済むのだが、実際の図鑑を見るのもいいかと思い持ってきた。

 はっきり言おう。

 重い!とにかく重い!

 分厚過ぎるし、デカすぎるのだ。

 前世の学校の図書室で見かけたことがある、広辞苑並みの分厚さではないだろうか。

 大きさは広辞苑の倍以上はある。

 机の上に持ってくるのに、身体強化を掛ける必要があった。

 

(さぁ、頑張って持ってきたぞ!お目当てのものを探そう)


 図鑑の作りは、前世のものと変わらなかった。

 そして、字の大きさも変わらない。

 こんなに図体が大きいのに、字は小さい。

 見づらいながらも、探し出した。


――――――――――――――――――――

 

 【魔神ガニ】危険度★★★★★

 俊敏系蟹型魔物

 体長:5メートル 鳴き声:なし

 水中地上関係なく大変素早く動ける。

 全身が非常に硬い殻で包まれており

 ハサミの一撃は凄まじい威力。

 威嚇する際はハサミをカチカチ鳴らす。

 痺れる効果のある泡を吹いてくる。

 泡に触れると動けなくなり、大変危険。

 自らの魔力を消費し小神こじんガニを生成し眷属とする。

 

――――――――――――――――――――

 

 茹でたら青くなるとは、どこにも書いていなかった。

 今まで魔神ガニを茹でた人はいないのか……。

 そんなことより、大きさだ。

 エリアーナが対峙した魔神ガニは、5メートルなんてものではなかった。

 やはり支配者級だから、あそこまで大きくなったのかもしれない。

 

(なんにせよ、あんなに高額で売れてくれてありがとう!)


 ギルドで買い取ってもらえた金額は、素材と魔石合わせて金貨1200枚だ。

 手数料取られたとしても、高額な収入であることに違いはない。

 新しい生活に向けて、資金はいくらあってもいい。

 でもこのお金は、ジルコの頑張りなしには手に入れることはできなかった。

 その労い兼祝杯をあげるため、今日はこのあとでかける予定だ。

 この前の食事会では、予想外の出来事もあり、お酒を飲む雰囲気ではなかった。

 そのため、今日改めて祝杯をあげる。

 ……ニーナが気を利かせてくれて、ジルコとでだ。

 『デート、楽しんできてください』と微笑まれた。


(普段から二人で過ごしてるのに、デートも何もない気がするけど……)


 現在、ニーナとともに一旦宿に戻り、身支度をしている。

 といっても、過度に着飾るつもりはない。

 たまたま戻る途中で見つけた、かわいらしいワンピースを着て、それに合わせた化粧瓶で化粧をしている。

 ただ、それだけだ。

 そう、他意はない。

 ちょっとおしゃれして、町を歩いた後、食事とお酒を楽しむだけ。


(んー……なぜ緊張しているの、私。ジルコと二人で買い物するのも、食事するのも初めてじゃないのに)


 待ち合わせの時間が近づくにつれ、心臓の音が大きくなる。

 手に汗もかいているかもしれない。

 何だか喉も渇いてきた。

 ニーナはその様子にニマニマしている。


 ―― コンコンッ


 扉をノックする音に、びくっとしてしまった。

 どうやら、ジルコがきたようだ。

 

「エリアーナさん、がんばって!」


 一体なにを頑張ればいいのかわからなかったが、とりあえず頷いた。

 ワンピースに合わせて買った、小さなバッグを持つ。

 念のため、姿見で最終確認をした。


(髪型、アップスタイルでかわいい。顔、薄化粧でかわいい。服装、清楚でかわいい。うん、問題なし!)


 大きく深呼吸したのち、扉を開ける。

 ハッと息をのんだ。

 そこには、美しい筋肉を持つ、麗しいイケメンエルフがいた。

 つまりはいつものジルコだ。

 ダンジョンから戻り、ニコたちの部屋で風呂を借りたのかもしれない。

 ほのかに石鹸の香りがした。


「え……」


「え?」


 ジルコが固まった。

 それを受け、エリアーナも固まった。

 何かまずかっただろうか?

 全体的にかわいい仕上がりになっていると思うのだが、合格点ではないのかもしれない。


「あの、何か変ですか?着替えた方がいいですか?」


 たしかに、靴のかかとが少し高いので、走れるかといえば否だ。

 いざという時、動きやすい服装の方がいいのかもしれない。


「いや、変じゃない。むしろ……似合ってる」


(……これは、褒めてる?)

 

 ジルコらしい褒め方に、微笑ましく思ってしまう。

 それでも、目を逸らさずきちんと言ってくれた。

 彼のそんな少しの変化がくすぐったくて、嬉しかった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る