56.目的地が決まりそうです



 ニーナがもらった地図を頼りにたどり着いた先は、海が近い庶民的な食事処だった。

 昼よりも少し早い時間にきたからか、店内の客はまだ2組しかいない。

 2階にはテラス席があった。

 ニコの希望でそこへ向かう。

 外は暑いかと思ったが、日よけの下は快適だった。

 時々涼しい海風が吹く。

 それが心地いい。


「エリアーナさん、お店の人が今日は市場もやってたから

 注文全部頼めるそうですよ!

 お魚、たくさん食べられますね」


 わざわざ確認してくれたようだ。

 隣に座るニーナをギュッとして頭をなでた。


「ニーナ、君は本当にいい子だね。

 今日は何でもごちそうしちゃう!みんなでおいしいもの食べよう!」


 魔神ガニの素材や魔石がいくらで売れるかわからないが、おそらく高額だろう。

 これくらいの贅沢はしても許されるはず。

 みんな目を輝かせてメニューを見ている。

 自分もそれに加わった。

 料理の名前と写し絵が載っている。

 どれもおいしそうだ。

 何を注文するか悩んでしまう。


(これジルコさん好きそう。こっちは二人でシェアしてみたい!……はやく来ないかな、ジルコさん)


 いつもいる人がいなくて、自分の食べたいものじゃなく、そんなことを考えてしまう。

 ニーナたちといるのは楽しい。

 でもジルコといるときの心地よさは、代えの利かないもののようだ。


 各々が食べたいものを好きなだけ注文した結果、テーブルの上は料理でいっぱいになった。

 それを頬張っていると、隣の席に客が来た。

 4人組の男女だ。

 冒険者の装いではないが、見覚えがある。

 たしかスタンピードに参加していた銅級冒険者だ。

 救護所へ来たのを覚えている。

 今日はお休みにしたのだろう。

 武器や装備は着けておらず軽装だ。

 背を向けていたから、エリアーナには気づいていないのかもしれない。

 

「なぁ、銀級のエイティーさんとルーフィアさんのこと聞いたか」


 聞き耳を立てていたわけではないが、知っている名前が聞こえたので手が止まった。

 ニーナたちはおしゃべりに夢中で気づいていない。

 聞いてはダメだと思ったが、真後ろにいるので一度気になったらもうだめだ。

 おっきな耳をそちらに向けていた。


「知ってる!同じ班の銅級を見捨てて逃げた方法が悪質すぎて、冒険者証剥奪されるんでしょ」


「出口の前に壁造っちゃったらしいよ。

 本部で水鏡魔法見た人に聞いたけど、完全にふさいじゃってたんだって。

 魔神ガニを足止めするためにしたとか言ってるみたいだけど

 中に人がいるのに、それやっちゃうとかおかしいでしょ」


「……おかしいといえばさ、水鏡魔法普通に使った人もじゃね?

 昨日知り合いの水魔法使いにできるか聞いたら

 『普通の魔法使い』には絶対無理らしいぞ。

 可能だとすれば『聖女』くらいだと。

 でさ、俺気づいちゃったかもなんだよね。

 その水鏡魔法使った人の名前、エリアーナなんだよ。

 でさ、たしか今年の春の月に王都の大神殿追い出された水の聖女いたろ」


「あー、いたね!たしか王子様の婚約者だったんでしょ。

 でもこのまえ筆頭聖女になった『光の聖女様』の誘拐を命じたとかで、追放された人だよね」


 まずい話をしている。

 これは、絶対によくない話だ。

 このまま続けてほしくない。

 でもそんなことを彼らに言うことはできず、話は続いた。

 

「そう、その人!その元聖女様の名前も『エリアーナ』なんだ」


「はっ?それってつまり……」


「水鏡魔法使った人が、元聖女様なんじゃないかってこと!

 行き場なくて冒険者にでもなったんじゃね?

 でさ、こっからが重要なんだよ。

 風の噂で聞いたんだけどよ

 帝国はその元聖女様を捜してるらしい」


「なんで?だって、実家も神殿も追い出された人でしょ?」


「だからだよ!取り入れるのに何の障害もないだろ。

 苦労なく『聖女』を手に入れられる。

 飼いならせば最高の回復役で最強の兵器だ。

 戦争好きな帝国からしたら、喉から手が出るほど欲しい存在だろうよ」


 帝国はプレシアス王国とはかなり離れた場所にある陸続きの国だ。

 戦争で領土を広げてきた国で、今でも周辺国と小競り合いが続いているらしい。

 そんな国に行くなんて、絶対に嫌だった。


「……つまりその人帝国に売れば、結構コレ手に入っちゃうってこと?」


「おまえ本当がめつい女だな!」


「えー、みんなだってお金稼ぎたいから冒険者なんてやってるんでしょ!」


「まーねー。そうじゃなきゃ、危ないこんな仕事しないわよ」

 

「……今回のスタピードもきつかったし、少し楽して稼ぎたいよな」


「おまえら最低だな!……まぁ、俺も同じ考えだけど。

 つっても、帝国に伝手なんかねーしなー。

 いっそ、本人をうまいことだまして連れてくか!

 救護所で回復してもらったけど、お人好しそうでほいほい付いてきそうだったよな」


 ゲラゲラと笑う声が心をえぐる。

 この世界で出会った人がいい人ばかりで忘れていた。

 彼らのような考えの人も当然にいる。

 そして、自分聖女の存在価値に目をつける国があってもおかしくない。

 もう守ってくれるものは何もない。

 庇ってくれる人もいないのだ。

 海風が髪を揺らした。


「一陣の風 吹きつけ ≪突風スベント≫」


 わずかに聞こえた声は、エリアーナには心地いいものだった。

 後ろの席に突風が吹き、テーブルの上にあった水が彼らにかかったようだ。

 ブーブー言いながら、店を去っていった。

 階段に近寄る。

 扉の裏には、大きな体を屈ませ、眉間にしわを寄せたジルコがいた。


「お店、ついてたんですね」


 ジルコの手を引いて立たせる。

 見上げた先の顔はまだ不機嫌そうだ。


「階段上ってる途中であいつらの話が聞こえて、思わずな……。

 騒ぎがでかくなるとまずいだろ。

 こんなやり方しか思いつかなかった」


 事を荒立てず、彼らにどこかへ行ってもらう方法として、むしろベストなのではないだろうか。

 心の中でジルコに拍手を送ろう。


「ありがとうございます。

 頭真っ白で、何もできずにいたんで助かりました。

 さっ、ゴハン食べましょう!

 ……今はただ、おいしいものを堪能したいです」


 ジルコとともに席に戻ると、ニーナたちは神妙な顔をしていた。

 どうやら、4人組の話を聞いてしまったようだ。


「せっかく楽しく食事してたのに、ごめんね。

 ……あの人たちが言ってたこと、合ってるんだ。

 怒らせちゃいけない人、怒らせちゃってね。

 できるだけ早く、この国を出ようとしてるの。

 さっきの話を聞くに、帝国と国交のない国がいいかも!

 アハハ、おすすめの国があったら教えてね」


 わざと明るい声を出した。

 彼らを自分のことで困らせるつもりなんてなかったのに、物事はうまくいかない。


「……さっきの奴ら、クズだよ。

 エリアーナ、がんばってたじゃん!

 救護所でも、昨日の魔神ガニとの戦いでもさ。

 ただがんばってただけじゃん!

 それなのに、感謝するどころか、帝国に売るってなんだよ……」


 ニコは拳を自らの腿に打ち付けた。

 あんなに強く叩いたら痛かろう。

 それほど怒ってくれたようだ。


「……そうだね、クズだ。

 エリアーナさんいなかったら

 怪我人、大変なことになってたし、スタンピードも解決しなかった」


 ゲオの目が座っている。

 鬼人族である彼が怒ると迫力が違った。


「エリアーナさん、私たちの村に来ませんか。

 ミューグランド共和国のキリア村っていう海辺にある村です。

 とーちゃん、いや、父が村長なので住む場所もすぐ用意できると思います。

 エリアーナさんのことを帝国に売ろうなんて考える人は、絶対いません!」


 ニーナが立ち上がって、潤む目でこちらを見つめている。

 彼女も4人組の言葉に、憤りを感じたのだろう。


「ありがとう、ニーナ。

 でもニーナたちのお父様の意見も聞かないと――」


 ニーナは飛紙を取り出すと、何やら書き込んですぐに飛ばした。

 飛紙を普段から使えるなんて、貴族またはとても裕福かだ。


「飛紙持っているってことは、ニーナたちはとてもお金持ちなのね」


 普通の庶民が飛紙を持っているとは考えられない。

 たしか、1通で金貨数十枚はしたはずだ。


「うちの村、スマホのデンチに使われている『魔法苔』の産地なんです。

 だからお金に困ったことはないかもしれません」


 黄金スマホを手に入れるとき、それに回復魔法をかけた記憶がある。

 スマホは庶民の間で広く普及しているようなので、魔法苔もかなりの需要があるのだろう。

 裕福な村なら、お金目当てでエリアーナを帝国に売る可能性は低いかもしれない。


「……あと、ミューグランド共和国は帝国と国交ないです。

 かなり遠いし、帝国は亜人嫌いで有名。

 ミューグランドは人間と亜人が共存する国。

 エルフが住む森もあります」


 ミューグランド共和国は海の向こうにある、共心語を使う国だ。

 言葉に困ることもなさそう。

 行く当てもないので、非常に魅力的な提案に思えてきた。


「……たぶん、俺の親父の出身国だ。

 行ったことはないが、自然豊かで穏やかな国だと聞いたぞ」


 それを聞き、決心がついた。

 彼の本来の居場所はそこかもしれない。

 ジルコの父親の親族たちが、彼を受け入れてくれれば『家』を持つことができる。

 いつまでもエリアーナに縛り付けたくはなかった。

 彼には幸せになって欲しい。

 エリアーナの奴隷でいたら、叶わないのは明白だ。

 『エルフが住む森』があるなら、隷属魔法を打ち消す方法が見つかるかもしれない。

 彼らは魔法への探求心が強すぎて元々の寿命を短くしてまで、高い魔力を手に入れようとした種族だ。

 ジルコを自由にできる可能性があるなら、行ってみる価値がある。


「ニーナたちのお父様が受け入れてくれるなら、ミューグランド共和国行ってみたいな」


 それを聞き、ニーナたちは嬉しそうにはしゃいでいる。

 その様子にこちらまで笑顔になった。


「私たち、15になるまでは村に帰れないんです。

 だけど必ず戻るので、また仲良くしてくださいね!

 エリアーナさんみたいなお姉さん、欲しかったんだ。

 うちの家族男ばっかなんだもん」


 彼女たちの父親からの返事がきていないので、気が早いと思ったが頷いておいた。

 こんなに喜んでいるのに、水を差すのは気が引ける。


「ってことは、ジルコも村に住むの?

 やった!また一緒にダンジョン行こうぜ!

 村に帰る頃には、もっともーっと強くなってるからよ。

 楽しみにしててくれ!」


 ジルコは笑って了承していた。

 ニコはすっかりジルコに懐いている。

 強い男に憧れるのは、どの世界の少年も同じのようだ。


「村長は、きっと受け入れてくれます。

 俺の一族もそうだったから……。

 行き場のなくなったはぐれの鬼人族を

 先代の村長が住まわせてくれたんです。

 だからエリアーナさんたちのことも、きっと大丈夫」


 ゲオの一族も苦労したようだ。

 キリア村は、行き場のない人を受け入れてくれる温かい村なのかもしれない。

 そんな場所なら、のんびりとスローライフを送るのも夢ではないだろう。

 

「じゃあ、村長の返事を待って問題なければ、ミューグランド共和国のキリア村へ向かおう」


 ジルコも賛成のようだ。

 行き先が無事決まりそうでホッとしてしまう。

 目の前の料理たちは少し冷めてしまったが、まだまだおいしそうだ。

 

「よし!では、おいしいゴハン堪能しましょう。

 足りなそうなら、どんどん追加頼んじゃいますよー!

 今日はどんだけ食べても大丈夫な日、ということにします」


「アンタは毎日それだろ。

 まぁ、俺も今日はたらふく食うがな」


 食卓はにぎやかになり、エリアーナは口いっぱいに料理を頬張った。

 さっきと同じものなのに、よりおいしく感じるのだった。






 

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