街に帰るまでが冒険

「すごいぞアキねーちゃ! とんでる!」


「こら、あんまり暴れないの。このグライダー本来一人用らしいから、下手したら落ちる」


 というのは本音で、もっとギューっとして欲しいのだけれども。


 そんな緊張感皆無なやりとりをしながら、グライダーでゆっくりと降下する。スケアード・ビジョンは追ってこない。なんだったんだ、あのアンヘルは。


「おい、上で何があったんだ!?」


 下まで無事に降りてきた私とフユに、車番をしていたボルトボルトが詰め寄ってくる。


「せつめーはフユにまかせろ」


 任せてみた。だがフユの説明は舌っ足らずすぎてわけが分からなかったので、代わりに私視点で見たことをボルボルくんに伝える。

 大天使のスケアード・ビジョンとかいうアンヘルが居たことと、プレイヤー二人分の遺品箱が転がってたこと。それから、大天使が何もしてこなかったので、そのままフユと二人で逃げてきたこと。


 それら全てを説明し終えると、ボルボルはツンツンヘアを弄りながら心配そうな顔で頭上を見上げた。


「天使がいるのか……? こんな場所に……?」


 ボルボルは半信半疑といった様子だ。まずその前に天使がなんなのか私たちにも説明して欲しいのだけれども。


「天使ってなんなの?」


「アンヘルだよ。だけどかなりレアで、目撃情報がほとんどない。サービス開始から一ヶ月経つけど、撃破したって報告が一件もないくらいの強敵だ」


「ふーん、確かに面倒くさそうな感じがしたわね。ギミックボスっぽい見た目もしてたし」


「噂だとギアーズベルトのグランドクエストの進行に関わってるらしい」


「撃破報告もないのになんでそんな噂が?」


「俺に言われても。検証班と考察班の仮説だよ」


「そう」


 ギアーズベルトにおける天使の役割がなんにせよ、今の私とフユにはあまり縁のない話だろう。


「私とフユは一旦ピースフルレイクに戻ろうと思うのだけど」


「フユはもっとここで遊びたい!」


「だめ」


「えー!」


 えー! じゃない。

 こんなPKや得体のしれない上位アンヘルが湧くような場所じゃあ、私が安心してフユと遊べない。

 だから一度ピースフルレイクに帰って、街の周辺でmob狩りでも楽しむつもりだ。無事に妹と合流出来たことをサラサにも報告したいし。


「俺は……いや、俺も帰るか」


 ボルボルは何度も未練がましく頭上に視線をチラチラさせていたが、どうやら一時撤退することを決めたらしい。まあ、一人じゃ出来ることはほとんどないだろうし、それが賢明な判断だろう。


「あー、そういやごめん。私、フユを救出するのに夢中で、ボルボルの仲間のアイテムボックス回収してなかった」


 そういえば上に遺品箱が二つ転がってたことを今更思い出したので、一応ボルボルに謝っておく。しかしボルボルはさして気にした風でもなく首を横に振った。


「仕方ない。あとでもう一度みんなで回収に戻ってくればいい。プレイヤードロップは放っておいても丸一日は消えないし、まだ猶予はあるからな……他のプレイヤーに拾われない限りは」


 もう一度あそこにね……。

 私は最後にスケアード・ビジョンが私の方を見ていたことを思い出し、少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。

 私なら直ぐにでも上に戻ってドロップを回収出来るだろうけど、申し訳ないが今は頼まれてもあそこに戻る気にはなれなかった。多分、次は無事に見逃してはもらえないだろう。そんな予感がした。


「じゃあみんなで帰ろう。ボルボルも行き先はピースフルレイク?」


「あ、ああ、そうだけど……さっきから気になってたけど、ボルボルって俺のことだよな?」


「それ以外に誰かいるの? ボルトボルトだからボルボル、別におかしくもなんともないわね?」


「仲間はみんなボルトって呼ぶんだけど。ボルボルはなんか間抜けだから嫌なんだが……」


「いいでしょ、呼び方なんてなんでも。さあ、運転は頼んだわよボルボル」


「たのんだ、ボルボル!」


「勝手に車に乗ってるし……まあいいか。出すぞ」


 私たちを乗せたビークルが、のそのそとした初速で発進する。さらばアッシュポリス、そのうちまた来ることになるかもしれないけど、それまでさらばだ。






 しかしゲーム開始から酷い目に遭わされたものだ。悪路を走るオフロードカーにガタガタと揺られながら、私はそんな感慨を抱いていた。


「アキねーちゃ! でっかいムカデ!」


 気が滅入りそうな荒廃した世界でも楽しそうな我が妹の好奇心には困ったものだ。たった15分約束の時間に遅れただけで、まさかあそこまで大冒険をさせられることになるとは、流石の私も全く予想出来なかった。これからはますます過保護に側で見てあげる必要があるだろう。

 ……ってか、マジでデカいな、あのムカデ。全長20mくらいはありそうなサイズ感だ。


「げっ、センチネルピードか」


 ボルボルが大百足から距離を離すようにハンドルを切る。それなりに距離が離れてるのでモンスターネームが表示されないが、センチネルピードと言うのがあのアンヘルの名前なのだろう。


「強いの?」


「センチネルピードは、ネトゲにありがちなアレだよ。序盤のフィールドに配置されてる、やたらと高レベルなエネミー」


「ああ、なるほどね」


「アレに絡まれたら車ごとやられかねないから、少し遠回りするぞ」


「了解」


「えー!? もっと近くで見たい!」


「そのうちね」


「やだー!」


 ワガママガールめ。

 仕方ないなあ。


「じゃあもうちょっとだけ近くで見ようか。ボルボル?」


「冗談じゃねえよ! 妹に甘すぎだろ!」


「いいじゃん少しくらい。減るもんじゃないし」


「車両を失うのもイヤだし、アイテム半分落とすのもお断りだ。ムカデを近くで見たいのなら、車を停めるから降りてくれよ」


「余裕がないなあ。もっとゲームをエンジョイしようよボルボルくん」


「失うものがない初心者がよく言うぜ……」


 運転手に断られてしまっては諦めるしかないか。フユはまだ諦めきれてない様子だが、何かこの子の気を引けそうな話はないものだろうか……あ、そうだ。


「そういえばピースフルレイクに、フユの友達になってくれそうな子が居るんだけど」


「うん? だれ?」


 友達というワードに釣られてくれたらしく、フユがムカデから目を離してこっちを向いた。キラキラした瞳が可愛らしい。


「サラサって子。多分フユと同い年くらい。フユを探すのを手伝ってくれた良い子なの。きっとフユと友達になってくれると思うんだけど」


「なる!」


 デカいオバケムカデなんかより、ゲームの中で新しい友達が出来ることの方が嬉しかったのだろう。フユの興味は完全にそっちに向いてくれたようだ。


 フユがゲームのNPCという概念を理解出来るのかは微妙だが、まあ、知らない方が変に意識しなくて済みそうだし教える必要もないだろう。そういうVRMMOにおける常識も、これからギアーズベルトをプレイしていく上で少しずつ学んでいけば良い。


 とりあえず次の目標は、サラサにフユと友達になってもらうことだ。


「そういえば、フユがどんな冒険してきたのか、お姉ちゃんまだ聞いてなかったなあ」


「山あり谷あり、あせと涙と友情のだいぼーけんだった」


「ほんとそういう変な言い回しをどこで覚えてくるんだか……まあいいや。街に着くまで聞かせてよ、フユの冒険の話」


「いいよ。えーっと……フユがいくら待ってもアキねーちゃが来なかったとこから始まるんだけど」


「あはは……」


 結局の所、状況を面倒にしたのは私の不甲斐なさが原因という所に行き着くわけだ。

 フユが楽しそうに冒険話を語る声をBGMに、私たちはピースフルレイクへと向かう。


 そして更なる面倒に巻き込まれることになるのだが、この時の私はそんなことは露知らず、妹の可愛さにメロメロになっていた。



――――――――――


Scene Result


――――――――――


[NAME:アキネ]

[LV:5]

[HP:214]

[EN:100]

[STR:22]

[VIT:10]

[MND:10]

[AGI:33]

[INT:10]

[DEX:14]

[PER:19]

[LUC:10]

[CHR:10]

[WIL:12]



[Equipment]

[レギュラーレッグ・レフト/レッグギア]

[AGI+10]

[ギアスキル:ハイジャンプ]

[レアリティ:黎明級]


[ヴァリアブル・ウィングス]

[グライダー]

[レアリティ:変遷級]



[戦利品]

[NANAがドロップしたアイテム各種]

[その他雑魚のドロップ多数]



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