聞きたいことがある時は胸倉を掴むのが私の流儀
荒廃極まってガタガタなオフロードと化したハイウェイを強引に走破して、私とフユ(それとボルボル)を乗せたビークルは、特に何事もなくピースフルレイクのゲート前まで戻って来れた。
戻って来れたとは言っても、私とフユは街を出た時は正規の出入り口からではなく、フェンスをよじ登ったり、跳び越えたりしてたので、正門を間近で見るのはこれが初めてだったりする。
門。という字面から連想出来るほど立派な面構えでもなく、多少は強度と警備が厳重なだけのありきたりなフェンスゲートが私たちを出迎えた。
「妙だな……」
運転席のボルボルがそう呟く。
妙だな……なんて意味深なことを言われても、平時のゲートの様子を私は知らないから比較の仕様がない。
「なにが?」
「検問だ」
「検問?」
「街中で何が事件があったんだろう。自警団がこんなに出張ってきてる」
ゲート前はなにやら混み合っており、警備兵らしきNPCが検問を行っている様子だった。街から出入りする人間を、プレイヤーだろうとNPCだろうと片っ端から捕まえて、厳しく質問している。
「はいれないのかー、ボルボル?」
「こっちには何もやましい事はないんだ。問題ないだろ」
全然どうでもいいのだけれど、フユがタメ口でもボルボルは少しも気に留めていない。良いヤツだな。人の頼みを断れないタイプと見たね。車番をさせられてたくらいだし、みんなから良いように使われているのだろう。私も困ったらボルボルを呼ぶようにしようかな。足は欲しいし。
「俺が喋るから、お前たちは余計なことを言うなよ」
「「はーい」」
姉妹仲良く後部座席でお口にチャックだ。
検問待ちの渋滞に加わって、車がノロノロと進んでいく。
……VRMMOで最初の街に検問が張られるゲームってのも珍しいな。
そう言えば、ピースフルレイクじゃあ人攫いくらいは日常茶飯事だってサラサが言ってた気がする。そんな街で検問が張られるほどの事件が起きたとなると、よほど深刻な問題が発生しているのかもしれない。それこそ、街の存続に関わるレベルの事案だとかが起きてるのではないだろうか。
これは冗談では言ってない。
自由度の高いVRMMOでは、そういうことも起こり得るのだ。
過去には、たった一人の悪意あるプレイヤーのせいで世界が丸ごと崩壊して、ゲームひとつがサービス終了せざるを得なくなった事例もある。街一つくらい、ある程度の人望と武力を備えたプレイヤーがいれば潰すのは容易だ。特にこういう世界観のゲームでは。
「アキねーちゃ? 顔がこわいぞ?」
「ごめん。ちょっとどうでもいいことを思い出してた」
今の私にはもう関係のない話だ。
頭を切り替えよう。
「止まれ」
ようやく検問の順番が回って来た。
武装した自警団とやらに止まるよう指示をされ、ボルボルが大人しく要請に応じた。
自警団の男性NPCは、ボルボルや後部座席の私達にジロジロとぶしつけな視線をぶつけてくる。なんか態度悪くてコイツ嫌い。
「ギアーズか」
「ああ、ここらじゃ珍しくもないだろ?」
「そうだな。特にここ最近、一気にギアーズの数が増えたせいで、どこもかしこも大混乱だ。俺に言わせたら、ギアーズの方がアンヘルよりよっぽど危険だ。分かるか?」
「ギアーズが街で問題を起こしたのか?」
「……そうだ。誘拐と殺人。誘拐の方は、攫われたのがスカベンジャーのガキだからどうでも良いんだが、問題は殺しの方だ。自警団の人間が二人もやられた」
「自警団殺しか……そりゃマズイな」
「ああ、マズイ。ウルフェンがキレてる」
「ねえ、ちょっと! 今なんて言ったの!?」
余計なことを言うなと言っていたボルボルの忠告を忘れて、私は後部座席から身を乗り出すようにして自警団員の胸倉に掴みかかった。ボルボルと自警団の会話の中に、どうしても無視出来ないワードが紛れていたからだ。
「な、なんだお前は! なんのつもりだ!?」
「いいから黙って質問に答えてよ。さっきなんて言った? ギアーズに誰が誘拐されたって?」
「誰がって……だからスカベンジャーのガキだよ!」
「名前は?」
「知るか! スラムのガキの名前なんていちいち覚えてられるか!」
「おいアキネ! やめろって! 頼むから問題を起こさないでくれ!」
ボルボルに自警団員の胸倉を掴んでいた腕を、力づくで引き剥がされた。くそ、やっぱ高レベルプレイヤーには力じゃ勝てないか。
その後、騒ぎを聞きつけて集まって来た自警団たちに、ボルボルが必死に弁明してくれた。私のただならぬ様子から、誘拐されたのが私の知人だと気付いてくれたらしく、ボルボルがそこを理由に自警団らを説得してなんとか事なきを得た。
やるじゃん、ボルボル。NPCを説き伏せるには、それなりにロールプレイに慣れてる必要があるのに。もしかして
ともあれ、そんな一悶着の末に、ようやく私達はピースフルレイクの中へと入ることが出来た。
「アキネ、大丈夫か?」
「私はね」
私はいたって冷静ですとも。
大丈夫じゃないのは、きっと恐らく……。
『スカベンジャー仲間にも手伝ってもらって、妹さんの捜索を手伝ってあげる。大丈夫、この街ってあんまし子供がいないから、すぐ見つかると思うよ』
ピースフルレイクには子供があまりいない。それは彼女自身が言っていた言葉だ。だとすれば、街の外に誘拐されたというスカベンジャーの子供というのは……。
確かめる必要がある。
「私、用事が出来たからもう行くね。ありがとうボルボル、フユの面倒見てくれたこととか色々。お仲間にも礼を言っといてよ」
車から降りてボルボルに別れを告げる。
「気にすんな。それよりも、余計なお世話かもしれないが忠告しておくぞ」
「面倒事に首を突っ込まない方がいいとか言うんでしょ」
「そうだ」
ボルボルはふざけた髪型に似合わない真剣な顔で言う。
「NPCのガキのことなんて放っておけ。プレイヤー絡みの犯罪なんかに関わっても、ろくなことにならないぞ。このゲームを始めたばかりなのに、脳みそまでポストアポカリプスな世界観に汚染されたバカどもに目を付けられたくないだろ?」
「私はそういうの慣れてるから別に」
「アンタはそうかも知れないが、フユはどうだ?」
「それは……」
私は思わず答えに窮した。
地味に痛いところを突いてくるヤツだ。
「もしそっちがよければ、俺たちと来ないか? 天使がアッシュポリスに出現したと知れれば祭りになるだろうし、多分こっちの方が楽しめるぞ」
本当に余計なお世話だ。
私は何も言わずに、バンバンと車体を強めに二回叩いた。
それを私の返事だと正しく受け取ったボルボルは、アクセルを踏んで狭い路をゆっくりと走り去っていく。
「さて、じゃあ行くわよフユ」
「うん! はやく新しい友だちに会ってみたい!」
「……そうね」
私はサラサを探すことにした。
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