第18話 染々 その9(終)
「悪太郎の伝」こと八郎太郎と広瀬Yの行動と思考が一部共通しているのではないか?
八郎太郎は村八分にされた後、村中のかめをカチ割って回った。~ 2度目に広瀬の部屋に行った際、趣味でやっていたと思われるガーデニング用の植木鉢や花瓶など割って部屋の入り口の前に散らしていた。
八郎太郎は山中で発見された後、村人たちと揉め合いになり、棍棒を振り回して村人複数人(正確な人数は不明)の頭をカチ割った。~ 広瀬は動機は不明だが、鈍器のような凶器を持って駅前通りにて15人以上の通行人を襲撃した。頭部を殴打することに固執したという。
これだけか? まだあるはず・・・?。
「後の村人たちは悪太郎の祟りを恐れたのです。」
脳内に住職の声がリピートした。
「祟り」
現代に生きる人間には聞く機会などない言葉。
悪太郎などと悪名を持って名前を残した八郎太郎の「祟り」はなぜ今発動したのか?
赤堀Mと広瀬YはS寺に観光に訪れ、住職より寺に伝わる宝物「赤染の着物」を見た。恐らく悪太郎の伝も住職の口から聞かされているだろう。
口伝により伝わりし、八郎太郎が殺した女の血で染めた「赤染の着物」。
ただの血液では赤い染料に用いることは出来ない。
殺した女の血で染めた、は伝説だ。しかし、
「赤染の着物」と「悪太郎の伝」によって、広瀬Yの思考と行動が「染まった」のだ!
赤堀Mと俺も同じ条件で「赤染」と「悪太郎」を見聞きしている。スマホで撮影し、画像も健在だ。だが、俺に異常はない(と思う)。恐らく赤堀も同様だろう。
つまり「悪太郎の祟り」のトリガーを弾いているのは、住職だ。
何のために? わからん! あの寺の周りには住居がなかった。通常寺の住職は寺の敷地内に住居スペースがあったりし、そこに住んでいたりする。ない場合は通いになるのだろうが、寺の近くには駐車場すらなかった。タクシー運転手は滅多に人が居ることはないと言っていたが。あの住職が怪しいことには変わりはない。
八郎太郎は捕らえられた後、村人たちの手によって峡谷より打ち捨てられた。~ (仮定の上に仮説を上乗せしていく)赤堀Mは登山中に渓谷の吊り橋から転落して事故死した。ではなく、赤堀Mは広瀬に殺害された。厳密には広瀬に吊り橋より突き落とされ、転落死した。
八郎太郎の立場に近い広瀬ではなく、赤堀。赤堀は地元出身の人間、八郎太郎を殺害した村人たちの子孫と言える。八郎太郎が自身がやられたことへの報復として、同様の行為を行ったと考えられる。
・・・・しかし、だ。
あの住職が何らかの鍵ではあるはずだが、目的がわからない。
八郎太郎の縁者の末裔で先祖の復讐でも目論んでいたのか? それにしては遠回り過ぎし、不確実すぎる。そもそも人は遠い先祖の復讐や報復など考えるだろうか?
何も本質には迫れていない。そして、どの道・・・。
俺は帰京し、翌日にはオカルト雑誌編集部に顔を出して編集長にすべて説明をした。
後日。
俺はいつも通り、編集部で仕事をしていた。
あのネタ、悪太郎と一連の話だが、雑誌では不採用となった。
「祟り」の件は、すべてオカルト思考にバイアスをかけ、薄い仮定の上に建てた楼閣にすぎない。すぐに崩れ倒れる。だがオカルトネタとしては面白い解釈と一定の評価はあった。
それでも、結局使えない。
当事者の人間が実際に事件を越してしまい、世間を大いに騒がせたからだ。
スポーツ新聞や一部の週刊誌なら採用されるネタかもしれない。実際、過去に事件があった被害者が写真に写りこんだなどの記事を出した事例もある。
だがオカルトネタってのはあくまで娯楽だ。少なくとも俺はそう思っている。実在の事件をネタに絡めて使うのは時間が経ってからだ。
ひとつだけ、使えるネタがあった。広瀬Yが「風呂場の壁に顔が浮かび上がった」と訴えて来た時に撮影した画像である。一時開くことが出来なかったがその後、何故か復旧した。その画像がテレビ番組の夏の恐怖怪奇番組の心霊写真部門に採用され、お茶の間を賑わせたのだ。もちろん広瀬の件は完全に伏せて。
採用された理由は、この顔が壁に描かれた絵、完全なフェイク画像だからである。
現在のテレビなどで恐怖系番組や心霊写真を取り扱う番組は、昔に比べるとほとんどなくなった。夏にちょっとやるスペシャル番組程度だ。
理由はコンプライアンスなどの問題もあるだろうが、主な理由は苦情が来るからだそうだ。
「番組を観ていたら気分が悪くなった」「子供が泣き出した」など様々あるようだが、クレーマー社会と呼ばれる昨今の世情を反映しているようだ。
それらの苦情に対応するため「偽物」を用意するのが、大前提との事。苦情に対し「あれは偽物ですから」と説明の逃げ道を作ることが出来る。つまり逆に「本物じゃないか」と思われる映像はお蔵入りとなるわけだ。
それにしても。
あの2件目のメール。メールが消えていたのはサーバーの不具合等で説明がつくかもしれないが、壁に描かれた絵の後ろにわいた2つ目のリアルな顔。赤堀Mに似ていたあれは何だったのか。俺だけではなく両川も目撃して共有している。殺された赤堀の霊がなどと適当な説明をすれば簡単だが、それでは俺は納得できない。
赤堀殺人疑惑は疑惑のままだ。広瀬が関与したかは警察が調べる仕事だが、一度事故と断定した以上、再捜査は難しいだろう(広瀬の自白があれば話は別だが)。
広瀬は逮捕されて、連日のニュースをしばらく騒がせていたが、特に情報は更新されることもなく沈静化していった(これだけ世間を騒がせている広瀬が、赤堀Mに関わっていると赤堀母に知らせるのは余計、気の毒な気がする)。
広瀬の部屋にあったあの赤い羽織は何だったのか。画像を撮っておくべきだった。「赤染の着物」と同じものなのか検討することが出来ない。記憶の中だけではいくらでも都合のいい解釈ができるからだ。
仮に同じものだとしたら、八郎太郎の祟りに染まったと分かりやすくもあり、時空? 空間を飛び越えている物体を目撃したことにもなる、が。
そして、あの住職。 ・・・・う~ん。
名前を呼ばれた。隣の空いてる席に両川が座る。
「余ったおまんじゅうがあるんですけど、食べます?」
んん? 気を使われてる? しまった、周りにそんなに落ち込んでるようにでも見えたのか?
「おー、なんだ餡子か?それとも…」
そこはかとなく納豆の香りがする。納豆饅頭なんてもんがあるのか? 一口かじってみる。
「ただの栗饅頭ですよー」
「なんだこの味?うぅん?? 糸引いてるぞ?! コレ??」
「あー! ごめんなさい、ソレ古いやつですぅ!!」
「グェェッ!! 殺す気か?!」
「悪太郎の伝」には毒殺云々の記述は無かったはずだが・・・・!!?
これは後の話であるが。
ある地方に大規模な地震が起こった。それは震災というレベルの。
I県K市も地震被害に巻き込まれた。
その際、大規模な山津波が発生し、周辺の山々の形が変わるほどの激しい土砂崩れが起きた。
S寺は土砂に巻き込まれ、流され四散し痕跡を発見することすらできなかった。
悪太郎の伝には祟りにより大地震が起きたとある。
これは祟りか、祟りは鎮まったのか、続くのか、それらも定かではない。
「悪太郎の伝」の記録、纏わる物品は完全にこの世から消失した。
「染々」~終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます