【エガキナマキナ】小説集

鈴音ナリ

パラパラⅠ 花曇り


 看守は怯えて言った

「気をつけて

 あそこにいるのは可哀そうなお姫様なんかじゃない

 花束にいばらを加えたんだ

 お菓子に毒を混ぜたんだ

 けっして助けてはいけないよ」


 檻の中の少女は無邪気に笑った

「だってあのお花はとっても良いにおいがして

 あのスパイスは甘くて素敵だったの」


(『XID』より引用)


―――――――


y/03/21 17:34


 昨晩に降った雨は花を散らし、土の湿った匂いが這っている。

 火葬場の裏で子供が遊んでいる。目元は赤く、たまに鼻をすすって、足もとの濡れて輝く砂利を熱心に見つめている。砂利の中からひときわ白くて丸いものを見つけると、拾い上げてポッケにしまった。

貴人たかとくん」

 呼ばれると子供は顔をあげる。三十路ほどの、柔和な顔立ちをした男が骨壺を持って立っていた。

「あ、伯父さん。騒いでしまって、ごめんなさい。もう大丈夫です。」

 子供は頭の中であらかじめ考えていた台詞を言って、頭を下げた。

「仕方がないよ。隼人はやと君だって、わざわざ連れ出すほどでもなかっただろうに。…持っていてくれるかい。」伯父は子供に骨壺を渡した。

「それも、しかたがないんですよ。私はいつ捕まるのですか。」

「君のせいじゃない。」

 伯父は慰めの言葉をかける。しかし子供は返答に興味がないようで、火葬場から出てきた親族を目で追っていた。

「前から病気もしていたし」「死ぬような病気じゃなかっただろう。どうして。」「急なことだったから、集まるのに時間が掛かってしまった。」「貴人君はどうする。うちのサーカスには連れていけないぞ。」「父親がいるだろう。連れて行くもなにも」「やめよう。…理解するのはもっと後になるだろうな。」

 いちばん最後に出てきた、所在なくひとりで俯いている男を見るなり「ぱぱ!」と子供は走っていくと、膝の上に飛び乗って、自分の膝の上に壺を乗せた。それから、さきほどの石をポッケから取り出して、「おまもり。」と差し出した。父親は困惑して「元の場所に戻してきなさい。」と押し返して、立ち上がる。子供はバランスを崩して、壺を抱えたまま、地面にしりもちをついた。父親はしばらく子供を見下ろしていたが、首ねっこを掴んで立ち上がらせると先に歩いて行ってしまった。

 子供は頬を膨らませて、つまらなさそうに石ころを捨ててしまった。

「何を持っていたんだい。見せてくれるかな。」服についた泥を払いながら、伯父が聞いた。伯父は少し険しい顔をしていて、子供の父親の背を睨んでいた。

 それを横目に、子供は「ごみ。」とだけ答えた。




 父はすぐに仕事に復帰したが、夜遅く家に帰って来る日はお酒の匂いがして、玄関で迎えると、私に縋って謝っていた。肩を掴む力が強くて痛かった。

 それが終わったのは、お葬式の日から三週間経った頃。背の高い女性がヒールを鳴らして家に来た日だった。彼女はサツキという名前で、退屈そうに金髪をいじっていた。

 困惑して父を見ると、彼は気まずそうに顔を逸らした。



******


y/03/15 - y+12/03/10


 ベッドの上に座って、ずっとずっと絵を描いている。窓を閉め切った部屋は、あの出来事が起こるまでほとんど変化しなかったから、いつ、どんな絵を描いたのかは定かではない。漫画も読んだ。ゲームもした。いつ他の作家の作品を知ったのかも分からなかった。それは問題ではない。

 著作倫理法を知るより前から、XXXを知っていた。それに姿を与えようと、中途半端な偶像を創り出しては満足できず、壊してを繰り返していた。

 知らせなければならなかった。忘れてはいけなかった。

 XXXは美しかった。


―――――――



 先生たちは、なんとか私を真っ当にしたかったらしい。特に父は、私の作家になることに否定的だった。彼等はある一部の欠点を除いて堅実で、実直な人たちだった。私よりもずっと熱心に、的外れに私の将来について話し合っていた。まるでこの私が永遠に存在して、それを約束しているように。

 お金も力も持たない者が、子供が、一番はじめに差し出せるのは愛嬌だ。ならば模範生とXXXの間には大した差がないのに、どうして他方を崇め、他方を隠したがるのだろう。無垢であれと望むなら、この汚れをどうやって切り落として、何処に捨てれば良いのだろう。

 私はその答えを見たことがある。愛するものの材料に、生身の人間は耐え得ないのである。それなのに先生たちは、今度こそ直すことができるはずだと信じて、同じシナリオを進んでいる。伝えなければならなかったが、彼等に聞き入れられたことはない。

 物静かで賢いが、妄言の多いおかしな子供。先生から私に対する評価は、およそそういったものだった。




 家に帰る。

 人数の合わない食事を作る。たいていの場合、分作って分余る。分を自分の皿に食事をよそい、残りのには空のまま並べる。明日はこのテーブルに着いているように手を合わせる。



「もしもし、伯父さん?…僕は大丈夫です。そちらには行きません。父が寂しがりますから。…そんなに似ていますか。なら、嬉しいです。でも、大丈夫ですよ。あなたが思うような子供ではありません。私はアヤメより父に似ていますから。そちらにお邪魔しても、きっと残念な気持ちにさせます。だから、大丈夫です。

 それでも心配でしたら、またお本をください。それか、お芝居のお手伝いをさせてください。近況、ですか。…あぁ、そろそろ学校に行きます。はい。では、次の土曜日に。」









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