第34話 オバケさん御乱心





 ──龍ノ瀬たつのせ宇童うどうが、逃げた黄川に爆笑している頃。


 駅前広場では、もうひとつの事件が起こっていた。

 のちに「大葉さんご乱心事件」と呼ばれそうな出来事である。


「ほらぁ、まーくんが変なこと言うからぁ」


 地面に叩き落とされたスマートフォンを拾いながら、茶町あずきは苦笑する。

 まーくんと呼ばれた田中は、頭をぽりぽり掻いて、こちらも笑っていた。


「はは、龍ノ瀬たつのせをからかうつもりが、大葉さんの不興を買っちまった」


 ストーカーから取り上げたスマホをたたき落とした大葉けやきは、顔どころか耳まで真っ赤にして、田中を睨みつけていた。


「へ、へんなこと、言わないで、くださいっ」


 多少は改善したとはいえ、もともと喋るのが苦手な大葉。

 その大葉が、田中に叫ぶ。


「ま、まだ、つきあって、ません、から!」


 自ら掘った墓穴に気づかずに、大葉けやきは田中を睨み続ける。


「ごめん、悪かった。おふざけが過ぎてしまったよ」

「おふざけで、人の恋路を、邪魔しないで!」


 大葉けやき、マジ怒りモードである。


「文化祭まで、文化祭まで秘密に、するつもり、だったのに……」


 怒る大葉の表情は、だんだんと泣き顔に変わり、ついには大粒の涙を地面に落とし始めた。


「わ、わ、ごめん大葉さん。ウチのまーくんがごめんっ」


 すかさず泣きじゃくる大葉の肩を抱いた茶町あずきも、自身の彼氏である田中にご立腹だ。

 困るしかできない田中は、視線で白崎涼真に助けを求めた。

 やれやれ、と言いたげな顔の白崎は、それでもクラスメイトの頼みを聞き入れた。


「大葉さん」

「なんですか」

「田中のバカを、許してやってくれないかな」

「や、です」


 大葉の即答に、白崎はとりつく島を見失う。

 が、そこは女性慣れした白崎、すぐに切り替える。


「大葉さんの気持ちは。龍ノ瀬たつのせにはバレてないと思うよ」

「どうして、そんなことが、わかる、んですか」


 未だ涙が止まらない大葉に、白崎はハンカチを渡す。が、大葉はそれを受け取らずに、メガネを外して自分の袖で涙を拭いた。

 行き場をなくしたハンカチをポケットに捩じ込んで、再び白崎は話し始めた。


龍ノ瀬たつのせは、不器用で鈍感なんだよ」

「……知ってます。ずっとそばで、見てます、から」

「だったら、わかるはずだよ」


 大葉は、思わず顔を上げる。


龍ノ瀬たつのせは、大葉さんを文化祭の舞台に立たせるために、頑張ってるんだよね」

「な、なんで、知ってる、んです、か」


 情報源はゴリチョことベース担当の酒井なのだが、白崎はそれを答えずに話を続けた。


龍ノ瀬たつのせはね、大葉さんを文化祭で歌わせるのが自分の役目だと、そう思ってるんだ」

「だからなんで知って」

「でも龍ノ瀬たつのせは真面目で不器用だから、きっと自分の責任と恋愛を両立できない」


 大葉は、黙ってしまう。


「何より、大葉さんが大事だから。その大葉さんを傷つけるようなマネは、龍ノ瀬たつのせは絶対にしない」

「……はい」

「だから、大葉さんが直接気持ちを伝えない限り、龍ノ瀬たつのせが大葉さんを異性として意識する確率は少ないと思う」


 無理矢理な話だな、と白崎自身もわかっている。

 しかし純粋な大葉は、疑うことなく目を輝かせた。


「じゃあ、私が、文化祭に告白すれば、ちゃんと……」

「そうだね。ちゃんと龍ノ瀬たつのせに気持ちは伝わるさ」

「本、当……ですか」

「もちろん。大葉さんのような可愛い女子に好きだと言われたら、龍ノ瀬たつのせも悪い気はしないさ」


 前のめりで白崎の話を聞いていた大葉は、しかし首を横に振って頬を膨らませる。


龍ノ瀬たつのせくんは、そんなに軽く、ない、です」

「そう。だから、さっきの田中の失言が効いてくる」


 待ってました、とばかりに白崎は、田中をフォローする道筋を見つけた。

 一方の大葉さんは、訳がわからずにキョトンとするだけである。

 そんな大葉に、白崎は教え説くように語りかける。


「大葉さん、いいかい。龍ノ瀬たつのせは不器用で、鈍感で、軽い男じゃない。そうだね?」

「そ、その通り、ですけど……なんか、悪口みたい」

「悪口じゃないから安心して。そんな龍ノ瀬たつのせが、さっきの田中の失言で、大葉さんを女の子として意識するようになる。そうは思わないかい?」

龍ノ瀬たつのせくん、が、私を……意識」


 考えただけで、大葉の顔は朱に染まる。

 肩を抱く茶町あずきの「純情だねー」なんて囁きも、妄想中の大葉には届かない。

 そんな光景を見た白崎は、任務完了とばかりに田中に視線を送った。

 そんな田中は、しばらくは白崎に頭が上がらないだろう。


 が、白崎の推理推論にも、一つだけ大きな間違いがあった。


 龍ノ瀬たつのせ宇童うどうくんは、大葉けやきさんに、もうとっくに惚れているのです。

 歌姫として、バンドのボーカルとして。

 人間として。


 ……もちろん、ひとりの女の子として、も。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る