第32話 バンドの看板
二学期が始まって一週間。
俺と大葉さんが日々のトレーニングに嫌気が差し始めた頃。
俺たちの文化祭対策は具体性を帯びてきた。
ライブの選曲、オリジナルの曲の制作、そして経験値の獲得。
文化祭実行委員会や生徒会との折衝役は神崎先輩が買ってくれたけれど、俺には一番大きな仕事が与えられた。
「やはり、バンドの看板となる楽曲は欲しいですわ」
オリジナル曲の制作、である。
「以前、
今まで遊びで曲を作ったことはあった。
けれども、実際にライブで演る曲を作るとなると、話は変わる。
しかし、俺は大葉さんにお願いをした。
──俺の曲を、歌ってほしい。
それは、俺が大葉さんのために曲を作るという、前提がある。
何が言いたいかといえば。
「え、曲はもう出来ているのですか!?」
神崎先輩は驚くが、知っている大葉さんは笑顔で俺たちを見ていた。
俺が目で問いかけると、大葉さんは笑顔で頷いてくれる。
よし、お披露目だ。
俺はスマホを取り出して、何曲かの音楽データを再生。
ギターと俺の
「ああ、でも……」
「なるほど」
しかしこの曲たちは、使えない。
バンド用に作っていないし、俺自身が曲に満足できていない。
ならば、なぜその使えない曲たちを神崎先輩に聴かせたか。
「しかし、クオリティは十分ではないでしょうか」
このくらいの曲なら作れますよ、という一番簡単かつ明瞭なプレゼンになるから、である。
神崎先輩は何度も頷いて、俺に笑顔を向けてきた。
「
神崎先輩は瞑目して、すぐに俺を見る。
「
さすが神崎先輩だ。
俺がこの曲を聴かせなかった理由まで見抜いている。
そう。
この程度では、ダメなんだ。
大葉さんが手を差し伸べてくれたこの俺が、大葉さんのために作る曲。
その曲が、普通の曲では困るのだ。
大葉さんの歌唱力におんぶに抱っこでは、カッコ悪すぎる。
何より、歌ってくれる大葉さんに失礼だ。
「当然、もっと良い曲を作る」
「さすがは
作曲には、相応の時間はかかる。
もちろん個人差、作り方の違いでかかる時間は変わる。
曲が出来上がっても、まだ作業はある。
それが作詞と編曲、つまり歌詞とアレンジだ。
文化祭まで、一ヵ月ちょっと。
みんなの練習の時間を考えると、文化祭の二週間前には完パケの状態にしておきたい。
「〆切は、文化祭の一週間前、でいかがでしょう」
「え」
「短いですか」
「いや、そうじゃなくて」
「さすがに新曲をぶっつけ本番、という訳にはいかないので、少し練習の時間は欲しいところ、と考えての、一週間前ですの」
期限は文化祭の一週間前。
それまでに曲が出来なかったら、他に差し替える。
これが、神崎先輩の提示だが。
「え、それだとアレンジの時間が」
アレンジ、いわゆる編曲は、めちゃくちゃハイカロリーな作業だ。
ただのメロディに、ギターやベース、ドラム、シンセの音で肉付けをしていく。
幸い家には母親が使わなくなった中古の機材があるが、一曲アレンジするのに三日はかかる。
曲の出来上がりが文化祭の一週間前だとしたら、アレンジが終わるのはだいたい文化祭の三日前。
そこから譜面に起こして、残り三日でオリジナル曲をステージで演れるレベルまで練習……いや無理だろ。
というか、作詞は誰がやるんだよ。
理想はボーカル担当の大葉さんだが、できる、のか。
「違いますわ。作詞は、
え。
じゃあアレンジって、誰がするの?
「そこは
神崎先輩はティーカップを置いて、さらりと髪を梳いた。
「報酬がない仕事、つまりタダ働きですから、無理はしないでくださいませ」
いやいや。
タダ働きは神崎先輩たちもだろ。
しかも担当は一番面倒で地味で時間がかかる作業、アレンジだ。
そんな思いを込めて神崎先輩を見るも、
「余裕のよっちゃんイカですわ」
なんて笑顔で言ってのける。
──わかった。やってやる。
大葉さんへの言い出しっぺは俺だ。
無理でも無茶でも、とびきりの曲を作ってやるさ。
「それと、今週末はライブ出演ですわ」
え、初耳。
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