第31話 10月1日 夜

 俺は時計を見た。まだ10月1日、22時だ。

 急いで姫乃にメッセージを送る。


佐原『今から会いに行く』


 返事を待たずに俺は玄関に向かう。


「圭、どこ行くの?」


 香織の言うことは無視し、俺は家を飛び出した。


 姫乃の家は遠くない。走ればすぐだ。俺は400メートル走の本番よりも速く走っていたかもしれない。あっという間に姫乃の家まで来た。


 スマホを見ると姫乃からの返信が来ていた。


姫乃『今から? 何かあった?』


佐原『思い出したんだ。もう家の前に居る』


 しばらく待つと姫乃が出てきた。


「ほんとに来たんだ」


「ああ。ここではなんだし、あの公園に行かないか」


「いいけど」


 俺たちは無言で公園に向かった。そしてベンチに座る。


「姫乃、今まで忘れててごめん」


 俺は姫乃に頭を下げた。


「何が?」


「だから思い出したんだよ。姫乃との約束」


「そう。じゃあ、言ってみて」


「うん。『大人になったら結婚する。その前に、』」


「……ほんとに思い出しちゃったんだ」


 姫乃は驚いているようだった


「ああ。俺は結婚するって言葉に気を取られてた。付き合うって事がガキの頃はよく分かってなかったんだ。ごめん」


「謝る必要はないわよ。私の勝手なこだわりだから。その約束を現実に出来れば、結婚も現実に出来る、そう思っただけ」


「そうか……。でも、言ってくれれば良かったのに」


「だって、『そんなこと忘れたよ』って言われたら、もうこの約束は現実にならないもの。だから恐くて言えなかった。なんか忘れてる可能性が高そうだなって思ったから、なおさらね」


「……そんな姫乃の気持ちも知らずに俺は……先走って告白してしまった」


「いいのよ、嬉しかったから。毎回嬉しかった。でも、毎回、断るのはつらかったけどね」


「そうか……ごめん」


「だから、いいって。……で、どうするの? これから。告白はやめる?」


「そう……だな。付き合うのは大学生になってからにしよう」


「うん。わかった……でも、寂しいなあ」


「何が?」


「来月から告白されないって。毎回断るのはつらかったけど、圭が告白してくれるのはほんとに嬉しかったから」


「そ、そうか。じゃあ、来月からも告白するか?」


「いいよ、もう。だって本気の告白じゃないもん。今日みたいなやる気の無い告白になっちゃうでしょ?」


「まあ、そうか。真剣ではないよな」


「うん。でも、告白されるたびに私愛されてるんだな、って暖かい気持ちになれたんだ。つらいことがあっても、1日になれば圭から告白されるんだって。それを楽しみにして、ずっと頑張ってこれた」


「そうだったのか……」


「うん……はぁ、私のがんばりどころが無くなっちゃったなあ」


「そんなこと言うなよ」


「だって、私と圭はただの幼馴染み。付き合ってないんだもん。内田さんに取られても文句も言えないんだよ?」


 そう言って俺を見る姫乃の目は潤んでいた。


「だいじょうぶだって。俺は姫乃一筋だから」


「でも、内田さんにデレデレしちゃってたでしょ」


「してないから。第一、内田さんには……」


 しまった、彼氏が居るのは内緒だったっけ。


「内田さんには、何?」


 でも、もう告白作戦会議も解散だろう。俺は言うことにした。


「内田さんには彼氏が居るんだよ」


「え!? そうなの?」


「うん。そして、内田さんも俺が姫乃を好きなことはもちろん知っている。だから、お互い安心して本の話をしていただけなんだ」


「なんだ、ほんとにそうだったんだ」


「うん、だから大丈夫」


「でも……でも、やっぱり心配」


「なんでだよ」


「私と圭はただの幼馴染みってところは変わらないから」


「今はな」


「はぁ。わたしのこだわりだから自分のせいなんだけど。でも、もう少しだからこだわりたいの。圭、ほんとごめんね」


「わかったよ」


「でも、友達以上恋人未満だから。ほっぺは許して」


「え?」


 そう言った瞬間、姫乃は俺の頬にキスした。


「じゃあ、帰ろうか。送って」


「うん、分かった」


 俺は姫乃を家まで送った。

 そして、一人になり、これからのことを考えた。


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