第29話 10月1日

 そして迎えた10月1日。俺はこの日に向けて血がにじむ特訓を重ねてきた。毎日、ひたすら走り込んだ。元陸上部のやつが居たので頼み込んでコーチを受けたのだ。朝も毎日走り込みだ。


 体育祭。俺が出るのは400メートル走。短距離の限界に挑む競技だ。最後には足に乳酸がたまって走れなくなる。それを克服するには慣れるしか無い。400メートル走だけに絞って毎日練習してきた。


 いよいよ本番。姫乃が見ている前で俺はいいスタートを切った。序盤、ゆっくり行く奴らを尻目に最初から全力で飛ばす。最後まで持つ脚力を作ってきたからだ。みるみるうちに他の奴らを置いてけぼりにする。残ったのは2人だけ。俺と陸上部のやつだ。陸上部と言っても400メートル走が専門では無い。俺の走り込みなら何とかなるはずだ。


 最後の最後、陸上部のやつの足がもつれた。乳酸がたまって思ったように動かせなくなるのだ。俺はそいつを追い抜き、1位でゴール……と思いきや、最後の最後で俺も足がもつれてしまう。転んでしまった俺は後ろから来た奴らに次々に抜かれ、最下位に終わった。


「佐原、お前なあ」


 帰ってきた俺に永井が言う。


「すまん。これじゃあ、計画も台無しだな。どうする?」


「計画は続行するが、望みは薄いな」


「はあ。一応やるか」


 体育祭は終わり、片付けも終わった。俺はあらかじめ、体育館裏に姫乃を呼び出していた。


「こんなところに呼び出して何?」


「……分かってるだろ」


「じゃあ、さっさとすませて」


 はぁ。望み薄い中でやるのはきついな。


「姫乃、俺と付き合ってくれ」


「……なんか情熱を感じないんだけど」


「体育祭で失敗しちゃったしな。ほんとは格好いいところ見せて告白するはずだったんだけど」


「そんなことで私の答えが変わるって思ってるの? 体育祭で活躍しても失敗しても、圭は圭だし。何の影響も無いわよ」


「そうか。俺と姫乃だもんな。どういう人間かはわかりきってるか」


「そうよ。まったく。じゃあ、帰ろうか」


「おい! 答えは?」


 告白の答えを返さずに帰ろうとする姫乃を思わず呼び止めた。


「あー、ごめん、ごめん。ごめんなさい」


「なんだ、そのついでの断り方は」


「薄い告白にはコレでいいのよ。じゃあ、帰ろう」


 姫乃は俺の手を取る。いつものことだが、それでも手を握られるのは嫌いじゃ無い。というか嬉しくなってしまう。俺は姫乃に手を握られ、一緒に帰ることになった。



 いつもの帰り道。俺たちは分かれ道にさしかかった。公園も見えている。


「……そういえば、あの公園って俺たち、小さい頃よく遊んだよな」


「そうね」


 俺はあの約束のことを思い出していた。


「俺たち、そこで何か約束したよな……」


「……そうね。圭、覚えてるの?」


「覚えてるよ」


「嘘!?」


 姫乃がハっとして俺を見る。


「そんな驚くことか? 小さいときにはよくあるやつだろ。その……大人になったら結婚しようっていう……」


「……そうね。覚えていてもらって嬉しいわ」


 姫乃は笑みを浮かべていたが、どこか寂しそうでもあった。


「その……他の約束は覚えてる?」


 姫乃が俺に聞いた。


「いや、他に何かあったか?」


 俺の言葉に姫乃はため息をついた。


「そうよね。うん。わかっていたけど。私がこだわりすぎてたのかな……」


「姫乃?」


「なんでもない。じゃあ、ここで」


「う、うん」


 姫乃の後ろ姿はどこか寂しそうに見えた。


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