第23話 8月1日深夜

 11時半を過ぎ、8月1日が残り30分となったとき、姫乃の手が止まった。


「圭、何か忘れてないかな?」


 姫乃が俺に言う。


「いや、忘れてないけど」


「忘れてるでしょ。香織さんが居るから難しいのね。香織さん、ちょっと席を外してもらえません?」


 姫乃が香織に言う。


「私は圭次第だけど、どうする?」


 作戦では告白しないと言うことになっている。そのためには香織が居てもらう方がいい。


「いや、俺はそのまま居てもらっていいけど」


「そう。じゃあ、居るね」


 香織はスマホに視線を戻す。

 姫乃は唇をかんでいた。


「わかったわよ。時間が無いし、もう言うね。圭、告白は? しないの?」


 香織が居るにもかかわらず、姫乃は俺に言ってきた。


「しない」


 俺が言う。


「どうして?」


「だって、告白しても受け入れられないから」


「そんなこといったって……私だって悪いと思ってるわよ」


 その後、しばらく姫乃は無言だったが、急に顔を手で覆った。

 よく見ると泣いているようだ。


「うっ……うぅ……うわぁーん」


 やがて姫乃は大声を出して泣き出した。号泣だ。

 姫乃のこんな姿は俺も初めて見た。


 俺は唖然として姫乃を見ていた。


「姫乃、あんたがこじらせるから」


 香織が言う。


「分かってます!」


 姫乃が珍しく香織に強く言い返す。香織も少し驚いたようだった。


「はぁ。仕方ない。圭、なんとかしろ」


 香織が俺に言ってきた。


「なんとかって……」


「だから、分かってるだろ。早くしろ」


 告白って事かよ。でも、こんな状況ならもしかしたら、あるかも。だって俺が告白しないことに姫乃は号泣してるんだから。だったら……


 俺は顔を覆っている姫乃の手を取り、しっかり顔を見てから言った。


「姫乃、俺は君が好きだ。付き合ってくれ」


 姫乃は涙がたまった瞳で俺をじっと見た。


 これは……



「ごめんなさい……」


「は?」


 俺は呆然として姫乃を見つめた。


「私、帰るね」


 姫乃は片付けを始めた。


「圭、送っていけ」


 香織が俺に言う。


「いい。近くだし」


「だめだ。もう時間も遅いし」


「……分かった。送っていく」


 俺は姫乃と一緒に家を出た。


 告白を断った後の姫乃はいつもすぐに切り替えていた。だが、今日の姫乃はどこか違っていた。


「圭、ごめんね。迷惑ばかり掛けて」


 姫乃はまだ少し涙声だ。


「別にいいよ。いつものことだろ」


「こんな私のこと、好きで居てくれる?」


 こんなこと言ってくるなんて初めてだ。


「ああ、好きだよ」


「ありがと。よかった」


 姫乃の家の前まで来た。


「じゃあ、またね」


 姫乃が家に向かおうとしたとき、俺は呼び止めた。


「姫乃!」


 姫乃が振り返って俺を見た。


「今日はごめん。泣かせるつもりは無かった。ほんとにごめん」


 俺は頭を下げた。

 だが、姫乃は首を横に振った。


「悪いのは私だから。謝らないで。じゃあ、またね」


 姫乃は家に入っていった。



 俺が家に帰り、部屋に入るともう香織は居なかった。自分の部屋で寝たんだろう。


 俺は告白作戦会議にメッセージを送った。


佐原『作戦失敗。だが、今後は告白しない作戦を行うつもりは無い。以上』


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