藤の番人 (3)
私は、人ならざるモノに絡みついた蔓を剥いでいた。
その蔓を持つ雑草は地下茎が深く、深い藪すらも枯らして浸食してしまうヤブガラシと言う厄介な代物。詳しく言う所の
一度生やし、放置してしまうと大変な事になってしまう蔦性の植物。
その雑草の蔓に口も目も塞がれて「うーうー」と呻る事しか出来ないでいたのは藤色の十二単、平安時代の衣裳を纏った女性らしきモノだった。
人では無い事は分かっている。でも彼女は苦しそうに一歩ずつ、一歩ずつ、腰が抜けて尻餅をついてしまった私に自らの頭を振って見せ、まるで「取って欲しい」と言っているようだった。
こう言うのってどうしたら良いのだろう。
触れても良いのだろうか、と小柄な体を屈めて「うー」と呻る人では無いヒトに「触っても、大丈夫ですか」と聞いてしまったのだ。
うんうんと頷く頭に手を伸ばした私はその蔦がぎちぎちに頭や顔を覆う程にきつく食い込んでいる事を知り、持ってきていた芽切り鋏で細切れにぱちぱちと切るしか無く、それでもそのヒトは蔦が緩むのをじっと私に頭を差し出したまま大人しく待っていた。
心臓はずっとおかしなくらいどきどきしていたけれどなんとか半分くらい、蔦が剥がれて来た頃に見えたのはお雛様のような双眸だった。その瞳はやはり藤色で、私と目があってしまったがにっこりと笑い掛けてくれた。
私よりも小さいヒト。
どれくらい経っただろう。
私の足元には細かい茎が散乱していた。
(あと少しで)
触れたその顔は生きているような皮膚をしていたので鋏の先で傷をつけてしまわないよう、慎重な作業が続いたけれど最後の一片が顔から取れた。
それでも首元にも巻き付いている蔦、体には更に太い蔦が絡んで――装束の裾の向こう、元凶となっている
「これを先に切ったら」
幸いにも大きな刃を持つ刈り込み鋏を持ってきてた私は太く木化した部分と巻き付いている部分の間を何度も刃を噛ませ、断ち切る。
途端に人では無いヒトに絡んでいた蔦は力を失ったかのように締め付けを緩め、足元にずるりと落ちて行く。
「あの、えっと」
作業着姿の私と、藤色をした平安時代の十二単姿のヒト。
雛人形のようなふっくらとした優しい面立ちのヒトはにこにこと笑っている。
ただ、笑っているだけ。
その笑顔も口元が見えているにも関わらず私にはどうしても嬉しそうには見えないと言うか、奇妙だと言うか。
やっぱり人では無い、それが私の心に不安をもたらした。
頭上ではしゃらしゃらと風もないのに藤が揺れる。
まるで声を出して笑っているように。
「あの……ヤブガラシにはあとで切り口に薬をつけて枯らす事も出来るので」
私の話が通じているのかも分からないけれど頭上の藤はしゃらしゃらと鳴っている。
その時、つむじ風でも起こったかのような強い風が吹いて私は顔をしかめて目を瞑ってしまった。春のぬるい南風は私が刈った草や、小さく切ったヤブガラシの蔦を巻き上げたのか一緒くたになって辺りに散らばってしまった。
そこにはもう、あの藤色の十二単を纏った人では無いヒトの姿かたちは無く、私はただ茫然と散乱した草の中で立ち尽くしていた。
今日はもう、散らばった草を集めて家に帰ろう。
そろそろお昼ご飯だろうと思っていた私は大きな熊手を手にする前にコンテナの中にお茶と一緒に袋に入れておいたスマートフォンを取り出して愕然とする。
時刻はもう、三時を回っていた。
「そんな」
だって草刈りを始めてからまだ一時間くらいで、あのヤブガラシの蔦を切って……なんでヤブガラシなんて私、切っていたんだろう。
私の足元に生えているのはカラスノエンドウが殆どで、まだ藤の木の根元にある祠まで道を作りたいから、根を断つように鎌の刃先を入れていてそれで、なんだったっけ。
しゃら、しゃら、と藤が揺れて私は見上げる。
(毎年見ているけれど本当に立派な藤)
けれど藤と言う植物は養分を吸ってしまう寄生植物ではなくとも、まだ若い時分に自らを繁栄させる為に体を支えてくれる建物や木に憑りついて……いつの間にかその支えを自ら絞めてしまい、木についた場合は最終的に
藤もまた、ヤブガラシと同じ蔓性の植物。
そして水を好み、地表の浅い部分に根を走らせるが勿論、深くまで到達する根もある為に家のそばに直に植えるのは避けた方が良い、と。
でもどうして私は藤の花の知識を持っているんだろう。
(ああ、そうだ。おばあちゃんがよく藤の事を私に……)
仕事疲れも相まって白昼夢か何かでも見ていたのだろう、と私は大まかに熊手で草を集めるととりあえず隅に寄せて持ってきていた道具をコンテナの中に入れると台車を押して山裾を後にする。
しゃら、しゃら、ら。
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