祇園祭

 ========== この物語はあくまでもフィクションです =====

 ============== 主な登場人物 ================

 戸部(神代)チエ・・・京都府警警視。東山署勤務だが、京都市各所に出没する。戸部は亡き母の旧姓、詰まり、通称。

 神代宗佑警視正・・・京都府警東山署署長。チエの父。

 船越栄二・・・東山署副署長。チエを「お嬢」と呼んでいる。

 茂原太助・・・東山署生活安全課警部補。チエを「お嬢」と呼んだり、「小町」と呼んだりしている。

 小雪(嵐山小雪)・・・チエの小学校同級生。舞妓を経て、芸者をしている。

 白鳥親吉巡査・・・警邏課巡査。

 楠田幸子巡査・・・チエの相棒の巡査。


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 午後2時。東山署。殺人事件捜査本部。

「昨日午後3時半ごろ、京都市伏見区深草西浦町8のマンション『おなかから血が出て、人が死んでいる」と部屋を訪れた30代女性が110番した。この部屋で1人暮らしをしていたとみられる美濃部浩さん68歳が見つかり、死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は腹部の刺し傷による出血性ショックで、府警は事件に巻き込まれた可能性もあるとみている。現場は、京都市営地下鉄烏丸線竹田駅から東に約600メートルの住宅街や。美濃部さんは室内で見つかり、上半身裸だった。先週死亡したとみられる。発見者の女性は美濃部さんの知人で、美濃部さんと連絡がつかないことを不審に思い部屋を訪問した。玄関の扉は施錠されておらず、室内に荒らされた形跡はなかった。また、大きな物音や争う声は聞こえなかった、と近所の人間は言っている。』と、船越は一気に言った。

「おっちゃ・・・副署長。ガイシャの仕事は?」と、チエは船越に尋ねた。

「週刊誌記者やそうや。扇風機はあったけど、壊れてた。エアコンもや。落ちぶれたもんやな。凶器は見つかってないが、畳の下から、こんなもんが出てきた。」

 船越は、ホワイトボードに、何かの記事の切り抜きの写真を貼った。

「祇園祭の写真やな。もう、そんな季節なんやなあ。」と、茂原刑事が言った。

 地取り足取り交友関係。『お決まり』の班分けがなされ、捜査員が散るところに、楠田巡査が小雪と一緒に、捜査本部に飛び込んで来た。

「大変です。『マル』が出頭してきました。」

 午後2時半。東山署。取調室。

 マル(被疑者)の日村吾一は語った。

 実の息子が、祇園祭の『稚児』に選ばれた。息子の吾郎は、昔離婚をした際に、知人の家に養子にやった。かねてから、『稚児選び』に疑問を持っていた美濃部は、あるキッカケから、今年の稚児である、音前吾郎が音前家の実子でないことを世間にばらすぞ」と音前家に脅しをかけてきた。

 話を聞いた日村は、美濃部に会いに行き、口論の末、殺してしまった。

 京都の祇園祭の『神様のお使い』である『お稚児さん』には、選定条件がある。

 その選定基準は、大体次の五つの条件をクリアした男の子が選ばれる。


(1)長く京都市内に住んでいる老舗の子息であること。

(2)小学3年生〜中学1年生くらいの体重が重すぎない子であること。

(3)祭に理解があること。

(4)神事を欠席しないのはもちろんのこと。

(5)家族全員がその子を支えることができること。


 詰まり、記者が言うのは、『選定に不適正』だということだ。老舗の息子でも、実子ではないのだから、と。

 取り調べに立ち会った、チエは、「バラさん、ちょっと時間くれ。」と言って、飛びだして行った。

 午後4時。

 白鳥の運転する白バイは、何とか、巡行に間に合った。

 後ろには、警察官の制服のチエが乗っていた。

 午後5時。東山署。取調室。

 茂原刑事が、デジカメを被疑者の日村吾一の前に置いた。

 動画が再生されている。画面に映っているのは、血を分けた息子吾郎の『稚児』が乗った鉾が移動していく様子で、何故か画面の対象は固定されていた。

「おじょ・・・神代警視が撮影したんや。白バイの後部に乗って。警察官自ら、法律破ったらアカンやけどな。いつか、出られる時があったら、また見たらええ。」

 僅か10分の動画だったが、日村には充分だった。再生が終るまで、茂原は、外に繋がっていない窓の方を見ていた。

 午後7時。神代家。

 お手伝いさんが帰り、食事を終えたチエは、いきなり全裸になり、「ちゃん、お風呂!」と言った。

 神代は分かっていた。チエが甘えたい時、いつも一緒に風呂に入りたがる。

 子供の頃のように。

 中学生にでもなれば、大抵女の子は父親から『卒業』する。体が『おんな』になっていくからだ。

 チエは、何か感情の動きがあると、子供にかえりたがる。

 チエの同級生である小雪は、時々『ファザコン』と揶揄う。

 自分でも自覚があるのだろうか?チエは嫌がらない。

「ちゃん。あの子、吾郎君な。ウチのこと、別嬪って言うたで。」

「ほな、花婿候補やな。」「ウチの花婿は、ちゃん、でええ。」

「はいはい。先に上がるで。」

 チエが風呂から上がると、神代は、珍しくビールを飲んでいた。神代は、アルコールが弱い方だ。だが、飲みたかったのだ。

「茂原が、珍しく褒めてた。」「バラさんが?」「多分、日村は真面目に更生するやろ。元々正当防衛やサカイな。」

「ちゃん、子守歌歌って。」

「あねさん、ろっかく、たこにしき・・・。

 ファザコンが治らなくてもいい、と思いながら、神代は、京都の童歌を歌ってやった。

 ―完―


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