推定冒険者ランク初級“オーガの巣“お品書き3シメのフライングフィッシュのミルクリゾットとマンドラゴラの浅漬け

 ギルドにて冒険者登録が盛んに行われる時期がある。大抵冬の時期が終わり暖かくなってきた頃、武器屋や道具屋はこれみよがしに稼ぎ時だと新規冒険者向けにセール品などが出回ったりする。

 当然、その波に店長とミドさんも乗ろうと、初級ダンジョンに向かったのだ。

 

「しかしよく売れましたね。沢山用意したのに早い段階で殆ど完売です」

「売上は上々だね」

「普段の銀貨一枚から随分お安い大銅貨五枚でしたけど?」

「今回は早くできて度数も低いエールと、現地調達のマンドラゴラとフライングフィッシュのフッシュアンドチップスだったしあんまり手間がかかってないのと、一応俺からの初級冒険者さんへの営業活動目当てだね」

 

 食器を洗って拭きながら店長は語る。今後、中級、上級の冒険者となっても贔屓にしてもらえるように、店長からのサービス開店だったという事。一人当たりの売り上げが普段の四分の一くらいに落ち込んでいるけど、その分多くのお客さんを相手にしたので普段並みの売上は確保している。

 

「それにしてもこのマンドラゴラ、ほんとどう料理しても美味しいよね」

「店長の料理がお上手なんですよぉ! 今日は仕事終わりの乾杯は無しですね」

 

 少し残念そうにそう言うミドさん、そんなミドさんに一杯分も残っていないエールと酢と砂糖、塩を入れた容器を見せて、その中にダンジョンで獲れたウリらしい植物とマンドラゴラを薄く切って漬け込む。

 

「フライングフィッシュの切り身が余ってるので、リゾットでも作って食べようか? シメの試食会で我慢して」

 

 ウィンクして店長がごめんと言うので、ミドさんの胸はキュンと鳴る。好きが止まらないミドさんは「今回だけですよー! こんな特別、店長だけなんですからねー!」と少し拗らせた女の子を演じてみる。

 

「サンキュー! ミドさん」

「はい店長!」

 

 秒でキャラを維持できなかった。

 ミルクと胡椒でフライングフッシュの切り身と生米を煮込む。食べる前に溶き卵を落とせば完成なのだが、閉店後にまさかの来客……にしては様子がおかしい。

 

「店長、魔物です」

「ゴブリンだね」

 

 そう、ゴブリンが1匹やってきたのでミドさんは目の色を変えて討伐しようと息を大きく吸う。そんなミドさんにゴブリンは両手を上げた。

 

「て、敵意はない……何か食べさせてくれ、ほ、ほら! 金ならこれで」

 

 銅貨を数枚に貴金属を二人に見せるゴブリン、人語を介しているあたり低級の魔物にしては長く生きているのかもしれない。

 

「店長?」

「お客様なら、人間も魔物も関係ないよ。と言うかこんなパターンあるんだ。シメのリゾットしかないけど大丈夫ですか?」

「あぁ、なんでも構わない」

「ではこちらの席にどうぞ」

 

 店長の前の席に座るゴブリン、マンドラゴラの浅漬けとフライングフィッシュのミルクリゾットを出すと、ゴブリンは器用にスプーンを使ってそれを食べる。

 

「うまい、うまい!」

 

 ゴブリンが持ってきた貴金属。多分、殺した冒険者の物か何かだろう。イニシャルが掘られてる。確かにダンジョンのお宝の一部は死亡した冒険者の持ち物というのが定番だ。ゴブリンはものの十分程でミルクリゾットを食べ終わり、マンドラゴラの浅漬けをポリポリと食べている。

 

「ま、また来てもいい……か?」

「えぇ、お待ちしています。次にこのダンジョンに来るのはいつか分かりませんがお互い生きていれば」

「あぁ! ご馳走様」

 

 ゴブリンは二度ほど、こっちを見てお辞儀をしてダンジョンの奥に消えていった。

 

「新規冒険者が増える時は、ダンジョンの魔物も人間の食い時なんだな。勉強になった」

「あのゴブリン、また来るでしょうか?」

「無理じゃないかな? しばらく新規冒険者はここで自分のレベルを上げるから、今日生存した冒険者は装備を整え、明日! それを繰り返して精錬された冒険者を相手にするわけだからね」

「もし、あのゴブリンが生存していたらどうでしょう?」

「その時はゴブリンとミドさんに一杯俺から奢ろう」

「あの弱小モンスターがダンジョンボスになることを祈ってます!」

 

 そう言ってミドさんは店長の腕を組んで恋人気分で初級ダンジョンを後にする。ダンジョンの魔物は環境維持の為か、いくら討伐してもしばらくすると個数が元通りになる。そんな中、長く生き続けた魔物はそのダンジョンの主、ボスモンスターと呼ばれる個体に変貌を遂げるらしい。

 

「あのゴブリンが出世したら、今日の分も含めて銀貨一枚払ってもらおうか?」

「はーい!」

 

 店長はゴブリンが支払った冒険者の持ち物を換金せずに都から派遣されている治安維持の兵に預けようかなと瞳をハートにして店長を見ているミドさんに微笑んだ。

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