2000PV感謝【居酒屋“ダンジョン“とドラゴンバイトの看板娘】ダンジョンに挑戦する理由の一つに居酒屋に通うが追加されました。

アヌビス兄さん

開店! 居酒屋“ダンジョン“ お品書き1 ダンジョンクロコダイルの唐揚げ

 あなたのダンジョンに入る理由はなんですか?

 

 世界にはダンジョンと呼ばれる場所がある。いつ誰がそう呼んだのは定かではないが、海や山、洞窟、神殿、遺跡、天空、海底、火山。様々な場所にダンジョンは存在する。ダンジョンには珍しい鉱物や草花、生物が生息する。生息生物の中には人々に危険な魔物と一般的に呼ばれる者も生息している。


 そんなダンジョンはお金になるのだ。


 お宝目指して一攫千金を狙う者、危険な魔物を討伐する事を生業とする者、ダンジョンのガイドで日銭を稼ぐ者。そしてそんなダンジョンに挑戦できない人々からの依頼を代行し請け負う者。

 大ダンジョン時代の到来である。

 

「店長? 何故わざわざ、ダンジョンで?」

「ミドさん、そこにダンジョンがあるからだよ」

「さすが店長! 私には思いもつかない崇高なお考えです! 素敵、好き!」

 

 そんなダンジョンに足を踏み入れる男女の姿。しかし、冒険をするような格好とは言い難い。店長と呼ばれた男性の方は腰に武器ではなく包丁のセット。ダンジョン案内のポーターみたいな大きなリュック。格好は上品な男性貴族の装いに、足元だけ登山用のブーツ。黒髪黒目の珍しい人種。


 女性の方はエプロンドレスに白い手袋。可憐で華奢な身体には似つかない、これまた巨大な樽を背負っている。薄い水色のショートカットに同じ薄い水色の瞳。ミドさんと呼ばれた彼女は男性の女中のようにも見えるが、男性の方を店長と呼ぶ。

 そんな二人突入したダンジョン。


 湖畔に出現した中級冒険者以上推奨の“緑水の洞穴“ 二人はズンズンと先に進んでいく。時折冒険者達とすれ違い挨拶をして、広い場所を見つけると、店長と呼ばれた男性がミドさんと呼ばれた女の子に声をかける。

 

「ミドさん、ここいいね! ここにしようか?」

「はい! 店長の仰せのままに!」

 

 ミドさんは瞳をハートに変えて店長と呼んでいる男性の言う事を全面的に肯定する。そして背中に担いでいた巨大な樽を丁寧に地面に置いた。


「このマジックリュックは本当に凄いよね。大抵の物を持ち運べちゃうんだから、ミドさん、俺がテーブル組み立てるので椅子の方、お願いしていいかな?」

「はーい!」

 

 背中に背負ったリュックよりも大きなテーブルを店長はリュックから取り出すと、それをテキパキと組み立てて十人くらいが座れそうなL字型のテーブルを組み立てる。そこに足の長い椅子をミドさんが組み立てて並べていく、8脚テーブルの前に等間隔に並べてると店長はミドさんに親指を立ててグットサイン。それに両手で頬に触れながらミドさんは嬉しさのあまり悶える。

 

「さて、何作ろうかな?」

「この前、捕まえて冷凍保存したティラノサーモンなんてどうでしょう?」

「魚かぁ、いいねぇ! ムニエルにしてね」

 

 そんな感じで話しながら店長は紙に何かを書こうとしている時、奥に続く入り口から叫び声が聞こえる。

 

「こんな所にダンジョンクロコダイルがいるなんて、先にいる冒険者が討ち漏らしたなぁ! 撤退、私たちじゃ全滅する。撤退だー!」

「「了解」」

 

 そんな声と共に若い冒険者の三人組が走ってくる。ソードマンらしい人間の女の子、魔導士らしい人間の男の子、クルセイダ盾使いらしいワイルドハーフ獣人の女の子。そしてその後ろから追いかけてくるのは黒く大きな体躯をした爬虫類の魔物、ダンジョンクロコダイル。

 このダンジョンに生息しているのだが、もっと深層の筈。それがこんな中間くらいに出てくるという事は深層域で高ランク冒険者と交戦し、逃げてきた個体なんだろう。経験度が高く見るからまだ若手の冒険者の三人には手に負えない。

 

「あんた達も逃げろ!」

 

 勝ち気そうな女の子ソードマンは店長とミドさんにもそう声をかけてくれる。とてもマナーのいい冒険者だ。迫り来るダンジョンクロコダイルを見て、店長は手をポンと叩いた。

 

「今日は二週間かけて作った手作りビールだし。ワニの唐揚げもありだね!」

「はい! おっしゃる通りです! 店長! では食材確保してまいります!」

 

 冒険者の三人とは違い、ミドさんはダンジョンクロコダイルに対峙する。それに「アンタ、何してんだ! 死ぬぞ!」と叫ぶ女の子のソードマンに対して「誰に言ってます? 私は店長のお店のドラゴンバイト。ミド・ガルズ・オルム世界龍。ですよ? 食材ごときに遅れをとるわけないでしょう」

 

 そう言って丸腰で構えるミドさん。

 そんなミドさんに店長が助言する。

 

「ミドさん、ワニは暴れると首を振るから、頭を思いっきり殴って気絶させてから頭を落としてね」

「はーい! 見ててくださいねぇ! 店長ぉ!」

 

 何を言っているんだ? こいつら? 

 逃げ出していた冒険者の三人はその瞬間起きた事に固まった。

 

「ダイヤモンド・ハープーン!」

 

 初級の氷の魔法、それは氷の鏃を飛ばす攻撃魔法。それをエプロンドレスを着た女性が放った物はダンジョンクロコダイルよりも巨大な氷柱を生み出してそれをズドンと落とした。気絶するも何もその一撃で首を落とされ絶命。

 店長がやってくるとショートソードの持ち手をミドさんに向けて渡す。

 

「よーし! 皮を剥がしていこう。皮は街で売ってそのお金は調味料に変えようか? ワニは皮が硬いから手を怪我しないようにね?」

「店長、共同作業ですね? うふふ」

 

 巨大なダンジョンクロコダイルの皮を剥がしていくと次は身を骨から身を切り取る。とてつもない量の肉が取れたわけで、

 

「ミドさん、使わない分、冷凍してもらっていいかな?」

「はーい! コールドブレス!」

 

 ふっと息を吹きかけると、数キロの肉を残して全てがカチンコチンの氷漬けになったので、それを店長はリュックの中に放り込んでいく。そして代わりにリュックから、液体の入った小瓶を三つと粉の入った小瓶、そしてニンニクを一つ取り出した。

 

「ミドさん、ボウルの中に自作の醤油、自作の味醂、隠し味の葡萄酒、塩と砂糖と胡椒。すりおろしたニンニクふたかけを入れて揉み込んでしばらく放置して味を馴染ませて」

「はーい! 美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」

 

 冒険者の三人は、突然始まったダンジョンクロコダイルを使った料理を見て固まるも、ミドさんの隣で店長が火を起こして大きな鍋にリュックから取り出した何らかの魔物の油を溶かしてパチパチといい匂いといい音を鳴らしている。

 

「二十分くらい経ったし、それ揚げていくからミドさんは手を洗ってビールの準備を」

「はーい!」

 

 巨大な樽にミドさんが手を触れると、冷気が漂う。

 間髪入れずに店長の油が熱されている鍋からじゅわ! パチパチパチと片栗粉に潜らせたダンジョンクロコダイルを揚げていく。ダンジョンのフロア全体に美味しそうな匂い、そして食欲をそそるニンニクの香りが漂う。

 

 グゥ、ゴクり。冒険者の三人の喉とお腹の中の魔物が産声を上げた。そんな三人を前に店長は揚げたダンジョンクロコダイルの唐揚げをお皿に盛って、L字型のテーブルの中に入ると、笑顔を向けてこう言った。

 

「居酒屋“ダンジョン“ 開店です! 一杯やっていきませんか?」

 

 まさかのお店が開店した。ワイルドハーフの女の子は唐揚げの匂い、そしてミドさんが注いでいるビールを見て、フラフラと椅子に座った。

 

「いくら?」

「いらっしゃいませー! 初めてのご来店ですと、銀貨一枚の銀ベロセットがおすすめですよ! お飲み物二杯、メインディシュ、今回はダンジョンクロコダイルの唐揚げを山盛りに、お通しに茹で豆がついてます」

「えっ! 銀貨一枚?」

 

 銀貨一枚、はっきり言って高い。

 中央諸国の街でもこの価格はしないだろう。銀貨一枚、二日分、節約して三日分の食事代になる。それを一回の飲食で使うと言うのだ。

 

「ちょっとお兄さん、高くない?」

 

 それに噛み付いたのはソードマンの女の子、「イェン、やめときなよ」と男の子の魔導士が止める。店長の代わりにミドさんがソードマンの女の子イェンを睨みつけて言う。

 

「あのぉ! ウチの店の価格設定はダンジョン内だからなんですけどー? 疲れた冒険者がクエストを終えて、あー! 一杯やりたいなー! という時にここに居酒屋“ダンジョン“があったら、最高のひと時を過ごせるでしょ? 料金には酔い潰れた後の送迎費用も入ってるし。というか、そもそもお客様達。ここで当店が開店しなければこの唐揚げのお腹の中になってたんじゃないんですかー? 別に高いと思うならいいんですよ。帰って頂いて、でも! 店長のお料理は絶品で、何処のダンジョンで開店するかは店長次第だから、お目にかかれるだけでもレアドロップなのになー」

「こらこら、ミドさん。選ぶのはお客様だよ」

 

 三人の冒険者はある噂話を思い出した。どこぞの貴族が言った。ダンジョン内でお酒と食事を出す料理人がいると、その人物を連れてきた者に金貨100枚支払うとかなんとか。

 

「あの! 私達と」

「ウチの店はダンジョン以外では開店しませんので、どうしてもと言うのであれば食べて行って、それを噂の貴族に報告すれば情報量くらいは貰えるんじゃない? 銀貨の二枚や三枚枚以上は」

「いただきます! 銀ベロセット!」

「ぼ! 僕も!」

「あーしも!」

「店長、銀ベロセット三つでーす!」

「はい! 喜んで! お通しの茹で豆です。ミドさん、お客様によく冷えたビールを」

 

 下面発酵で作った店長手作りのラガービール。ミドさんの魔法で冷やされたジョッキ、同じくキンキンに冷やされたビールをダンジョン探索で疲れた身体に流し込むように呑む。

 

「「「!!!!!」」」

 

 美味しい! 美味い! プハァアアアア! とかそう言う言葉が出てこない。んぐんぐと呑む手が止まらない。

 そして、お通しに出された茹で豆がビールをこれでもかとすすませる。気がつけば三人のビールが無くなっていた。

 まさにその瞬間!

 

「ダンジョンクロコダイルの唐揚げお待ち! お客さん、グラス空いてますけど? 二杯目、お出ししましょうか?」


 こくこくと三人は頷きすぐさまミドさんが冷えたビールを手元に、次はサクサク、カリカリに揚げられたダンジョンクロコダイルの唐揚げ。

 大きなそれを口に運び噛んだ瞬間! じゅわっ! 閉じ込められていた肉汁と絶妙な味付けが脳に直接語りかける。


『手元のビールを飲め! 飲み干せと!』

 

 この唐揚げは上級ダンジョン級の旨さ。ビールがいる内に唐揚げを、唐揚げがある内にビールを!

 

「ビールお代わり!」

 

 追加料金を支払いビールを金額にケチをつけたハズのソードマンの女の子が頼んだ。それに「僕も」「あーしも」と続く、ビール、唐揚げ、ビール、唐揚げ、ビール、時々茹で豆。

 

『『『ダンジョンってこんな美味しいんだ!』』』

 

 ダンジョン攻略の疲れもあったんだろう。お腹がいっぱいになり、お酒が回った。

 最高の気持ちで三人は意識を失う。

 

「止めるべきでしたね。あれ程飲まれたら、寝落ちもするだろうね」

「えぇ! 店長のお酒とお料理が美味しいからですよぉ! この三人、魔法で街に送迎しますね?」

「うん、でも魔法発動に少し時間かかるんでしょ? こっちの世界で作ってみた麦焼酎、試作品ができたので一杯付き合ってくれないかな?」

「えぇ! いいんですか? 私が最初のお客さん?」

「そう言われればそうだね。んじゃ、水割りで乾杯!」

 

 カチンとグラスを合わせて二人は仕事終わりの祝杯をあげた。

 

 ダンジョンに入る人々の中でまことしやかに話される居酒屋。ダンジョンの中でのみ開店される居酒屋“ダンジョン“そこで飲食をした人々は声を揃えてこう言う。『絶対にもう一度行きたい!』と、しかしどこで開店するか分からない居酒屋“ダンジョン“に入る為、人々は冒険者ランクを上げる。

 

 今や、ダンジョンに入る理由の一つになった。

 

 どうしてダンジョンに入るのですか?

 

『そりゃ、ダンジョン“居酒屋“に通う為です』と。

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