彼女の分まで長生きするんだ。そして僕は彼女になった。
水都suito5656
僕は彼女
天使のような女の子だった。
その姿も愛らしくて
性格も
彼女が怒った姿を、僕は1度だって見た事がなかった。
そんな彼女の笑顔は、いつだって僕を救ってくれたんだ。
”来年は悠君も中学生かぁ
2人で登校楽しみだね“
つい先日も、そんな会話をしてたのに
「どうして」
彼女はもうすぐ僕の前から旅立つ。
永遠に手の届かない場所へ
*
「・・ひっく、えっぐ」
この時間の病室には、僕以外誰もいなかった。
だから僕は泣くことが出来た。
彼女の側に置かれたパイプ椅子に腰掛け、眠り続ける彼女を見ていた。
彼女の身体からは無数のコードが機械へと繋がれている。
静寂の中、僕の声と彼女の呼吸音だけが響いていた。
現状を受け入れる事が出来ず、僕はただ泣くしか出来ない。
「・・・どうしたの?」
彼女はゆっくりと目を開けた。
「僕・・・何も知らなかった」
彼女の身体のことも。
僕の言葉に、彼女の表情は穏やかなままだった。
真っ白な病衣を着た姿は、色白な彼女をさらに白く染める。
何か話をしたいけど、何も思いつけなかった。
「・・・しょうがないなあ」
彼女はベットから起き上がろうと、体に力を入れる。
でも、数センチ頭を上げたところで力つきた。
「はぁ。・・・やっぱり・・無理か」
息が荒い。苦しいのだ。
彼女は震える手を伸ばすと、僕の頭をゆっくり撫でた。
大切なもののように
優しく 何度も
「・・・それじゃあ悠くん、今日の宿題ね」
頭をなでていた手を下ろし、僕の手を握ろうとする。
「最後の宿題になるかも」
僕はいやいやをするように首を振る。
「もう限界みたい。だからお願いだから聞いて」
僕は涙に濡れた顔を上げた。
「悠くんは・・あたしの分まで生きて下さい。それと、答えは向こうで聞くからね」
だから
その時が来るまでしっかり頑張るんだよ。
*
それから一週間後に、彼女は旅立った。
僕は学校を休み、毎日泣いた。
何もやる気が起きなかった。
2週間が過ぎて、ようやく登校した。
季節はすっかり夏で、夏の制服を着た中学生とすれ違うたびに彼女の姿を探した。
そんな僕も、だんだん彼女のいない生活に慣れていった。
泣かない日々が増えてゆく。
気がつけば、僕は中学生になっていた。
彼女の年齢もあっという間に、追い越してしまうだろう。
*
小学生の時はクラスでも背が低い方だったのに、今じゃクラスで3番目に高い。
あと急にモテるようになった。
日曜日の午後、僕はクラスメートと映画を見に来ていた。
「面白かった。もう少し空いてたら良かったけど」
「たしかにすごい混んでいたね。初日に行くもんじゃないわ」
人の多さにうんざり気味で答えたのを聞いて、
不意に彼女が僕の頭へと手を伸ばした。
「やっぱり想像してた通り、髪の毛サラサラだね」
彼女は時々、こうやってお姉さんぶる。
僕の事を、まるで小さな子供のように扱う。
でも頭を撫でられたのは、初めてじゃない。
確か前にもあった筈。
そうだ。
いつまでも僕が泣き止まないから、
困った彼女が撫でてくれたんだ。
そうだ彼女
僕はいつの間にか、彼女の事を忘れていた
“あたしより長生きして”
そんな大事な言葉さえ、僕は忘れていた。
「どうしたの。急に怖い顔して」
立ち止まって考え込む僕に、穂花ちゃんが心配そうに声を掛けた。
僕にとっての彼女というのは、たったひとりの事を指す言葉だ。
「彼女の事思い出してた」
「ショック、やっぱり彼女いるんだ」
いたんだ。もうどこにもいないけど。
「うん、彼女いるよ」
「そっかぁーやっぱりいたんだ」
それから僕達は言葉少なく、そのまま解散した。
宿題だよ。
ただ長生きすれば良いわけがない。
僕は時間を惜しむように、勉強に部活に趣味のヲタ活に励んだ。
その甲斐あってか、県内でもトップクラスの高校に合格することが出来た。
*
宿題の答え
長生きする理由は、まだ見つからない
それでも。
少しは、彼女の答えに近づけたのかもしれない。
でも結局近づけなかった。
僕は間違った。
頑張る方向を間違ってしまった。
中学最後の試験に向け徹夜を続けた僕は、登校中に倒れた。
そして、二度と目覚めることは無かった。
でも、倒れた時に女神様に出会った・・・ような気がした。
だから、つい願ったというか、苦情を言ったというか。
彼女の為に少しだけ時間を下さいと願ってしまった。
今後は健康にも気を使いますから。
だから、
もう一度チャンスを下さい。
彼女に会った時、自慢できるくらい長生きしたいんです。
女神様がいたのかどうか、本当のところ誰にも判らない。
死んだら終わりだ。
生まれ変わりも異世界転生もない。
ただ眠るように消えるだけ。
だから
その時の僕は、また彼女に会えるなんて想像できなかった。
そして
僕は過去へと帰って行った。
*
ここはどこ。
小さな手。
バブバブしかしゃべれない。
赤ちゃんだよねこれは
赤ちゃんに転生かぁ
異世界じゃなくて少し残念だけど。
無事転生できてホッとした。
*
母が使うスマホが旧式に見えたので、ここは時代が古い世界なのかもしれない。
でもそれ以外は、地名や人物も僕が暮らしていた世界と何も変わらなかった。
でもね。
赤ん坊の生活はすごーく退屈なの!
あとおかしな点もあった。
この赤ちゃんは女の子だった。
でも女の子とはいえ、赤ちゃんだから性差なんて誤差。
だから意識すること無くすくすく育った。
*
「ちょっと、うちの子カッコよくない?これは将来イケメンになるわね!」
あの母さん、僕は女の子ですよ。(ばぶ、ばぶう)
人の言葉って難しい(ばばばぶぶぶぶー)
それから、気になっていた事があった。
考えないようにしてた。
今の僕のお母さんって、前の世界での彼女の母親に凄く似ていること。
ひょっとしたら親戚かもしれない。
名字も彼女と同じ
そうしたら、いつか彼女に会えるかもしれない。
だから僕は、そんな期待に浮かれてしまった。
*
あっという間に3歳になった。
僕は保育園に通う事になった。
「ねえママ、明日から保育園行くんだよね」
嬉しい。いい加減家の中ばかりで退屈だった。
「あれママ、アキの名前違うよー
そう言ったら、ママは少し困った顔をした。
「良いのよそれで」
ママはそう言って私を膝に抱き上げると、母子手帳を見せる。
うーん、漢字はまだ読めない。
「アキって言うのはあなたに最初につけるはずだった名前よ」
だから、あなたの本当の名前は
その時
世界から音が消えた。
え、今なんて言った。・・・たしかかなでって
「アキちゃんの本当の名前は
でもあなたこの名前で呼ばれると泣き出してね。仕方なく付けるはずだったアキって呼んだの」
僕は母の言葉を殆ど聞いていなかった。
どうして気が付かなかった。
彼女の母によく似た僕の母。
親戚じゃないかと、漠然と考えてた。
生活していけば、いつか彼女に会えるかなって。
僕は母から離れドレッサーの前に立った。
鏡に映ったその子は
瞳の色が少し緑がかっていた。つりめがちの瞳
そして間違えようはずもない
左の目元に2つ並んだほくろ
たぶん間違いない。
でもどうして、こんな事が起きたんだろう。
「あら。また泣いてる」本当にどうしたんだと、母親はオロオロする。
そこには、カナちゃんに良く似た子が立っていた。ようやく会えたよ。
・・・カナちゃんごめん。僕長生きできなかった。
そうつぶやいたら、
大丈夫だよ
そんな、彼女の声が聞こえた
*
それから10年が過ぎた。
カナちゃんの分も長生きする
その約束を守るべく、僕はこの10年頑張った。
食生活に気を配り、お菓子を我慢するようになった。
それから運動に部活に勉強と。
全て真剣に取り組んだ。
きっと彼女は、僕の中で眠っている。
いつかカナちゃんが目覚めた時、成績が悪かったり、太ってたりしたら申し訳ない。
何事も加減を知らない僕は走り続ける。
それはちょっとだけ常軌を逸してたけど。
中学校の入学時点で高校生で習う勉強を始めた。
「ねえ、なんでそんなに頑張るの」
これはいつも言われる言葉。
そんな時は、決まってこう返している。
いつか素敵な人に巡り合った時、好きになってくれるためだよ
*
「じゃあ先に帰るよ」
私は中学の隣に建つ小学校へ向かった。
そして校庭で遊んでいる彼を呼ぶ。
「悠くん!」
「あ、カナちゃんだ。制服かっこいいね!」
「うんうん、もっと褒めても良いんだよ!」
そこには前世の僕がいた。
小さい頃の僕はこんなに可愛かったんだ。
僕には弟がいなかったから、いたらこんな感じかな。
友達とも違う 不思議な感じ
「それでカナちゃん、いつ僕と結婚してくれるの?」
ぶふぉおお!なんてこと言うんだこの子は!
しかも、自分に告白されるなんて。
「・・・なんておませなんだ。僕は」
ぼく彼女にこんな失礼なこと・・・あ、言ってたかも。
*
それは多分僕が5歳の時だ。
彼女たち家族がこの町に越してきた。
当時僕はまだ5歳で、彼女は7歳。
僕から見たら小学校に通っているカッコいいお姉さんだった。
「お姉さん、カッコいいね僕と結婚して!」
ああ思い出した。確かにそんなこと言ってたっけ。
自分のことながらなんと厚かましい
「でもうれしいな」
うん、嬉しい!
*
あれから何年もの月日が流れた。
「何もしないって言ったよね?」
目の前で土下座をするのは、可愛い小学生の成れの果て。
「すまん!ついフラフラと」・・・キスしたわけですね。
*
あるいは別の時間
「卒業するまでは我慢しましょって約束したよね」
「すまん!この責任は必ず取る!」
目の前で土下座をする、キス魔の成れの果て。
うん、その取り方では私が損だよ。
*
更に月日は流れ
「ねえ、この春から就職決まってたんだけど」
妊娠3ヶ月だったよ
「すまん!必ず育休もらうから!」
わからない。この人が何を考えているのか。
でもわかった事もあった。
彼女の病気で亡くなる未来は、どうやら回避出来たみたい。
僕は自分が思うより可愛いこと。
*
そうして私は
しまむらで子供用のお風呂グッズを選びながら考える。
ねえ、カナちゃん。僕たくさん頑張ったよ。
だからさ、カナちゃん。
「いい加減すねていないで、僕の中から出てきてよ」
このままだと僕がお母さんになっちゃうよ
ねえ?カナちゃん。
彼女の分まで長生きするんだ。そして僕は彼女になった。 水都suito5656 @suito5656
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