彼女の分まで長生きするんだ。そして僕は彼女になった。

水都suito5656

僕は彼女

天使のような女の子だった。

その姿も愛らしくて 

性格も

彼女が怒った姿を、僕は1度だって見た事がなかった。


そんな彼女の笑顔は、いつだって僕を救ってくれたんだ。


”来年は悠君も中学生かぁ

2人で登校楽しみだね“


つい先日も、そんな会話をしてたのに


「どうして」

彼女はもうすぐ僕の前から旅立つ。

永遠に手の届かない場所へ





「・・ひっく、えっぐ」

この時間の病室には、僕以外誰もいなかった。


だから僕は泣くことが出来た。

彼女の側に置かれたパイプ椅子に腰掛け、眠り続ける彼女を見ていた。

彼女の身体からは無数のコードが機械へと繋がれている。

静寂の中、僕の声と彼女の呼吸音だけが響いていた。


現状を受け入れる事が出来ず、僕はただ泣くしか出来ない。


「・・・どうしたの?」


彼女はゆっくりと目を開けた。


「僕・・・何も知らなかった」

彼女の身体のことも。


僕の言葉に、彼女の表情は穏やかなままだった。


真っ白な病衣を着た姿は、色白な彼女をさらに白く染める。


何か話をしたいけど、何も思いつけなかった。


「・・・しょうがないなあ」


彼女はベットから起き上がろうと、体に力を入れる。


でも、数センチ頭を上げたところで力つきた。


「はぁ。・・・やっぱり・・無理か」


息が荒い。苦しいのだ。

彼女は震える手を伸ばすと、僕の頭をゆっくり撫でた。


大切なもののように


優しく 何度も


「・・・それじゃあ悠くん、今日の宿題ね」


頭をなでていた手を下ろし、僕の手を握ろうとする。


「最後の宿題になるかも」


僕はいやいやをするように首を振る。


「もう限界みたい。だからお願いだから聞いて」


僕は涙に濡れた顔を上げた。


「悠くんは・・あたしの分まで生きて下さい。それと、答えは向こうで聞くからね」


だから

その時が来るまでしっかり頑張るんだよ。



それから一週間後に、彼女は旅立った。

僕は学校を休み、毎日泣いた。

何もやる気が起きなかった。


2週間が過ぎて、ようやく登校した。

季節はすっかり夏で、夏の制服を着た中学生とすれ違うたびに彼女の姿を探した。


そんな僕も、だんだん彼女のいない生活に慣れていった。

泣かない日々が増えてゆく。


気がつけば、僕は中学生になっていた。

彼女の年齢もあっという間に、追い越してしまうだろう。


*


小学生の時はクラスでも背が低い方だったのに、今じゃクラスで3番目に高い。

あと急にモテるようになった。



日曜日の午後、僕はクラスメートと映画を見に来ていた。


「面白かった。もう少し空いてたら良かったけど」


「たしかにすごい混んでいたね。初日に行くもんじゃないわ」


人の多さにうんざり気味で答えたのを聞いて、

不意に彼女が僕の頭へと手を伸ばした。


「やっぱり想像してた通り、髪の毛サラサラだね」


彼女は時々、こうやってお姉さんぶる。

僕の事を、まるで小さな子供のように扱う。


でも頭を撫でられたのは、初めてじゃない。

確か前にもあった筈。


そうだ。

いつまでも僕が泣き止まないから、

困った彼女が撫でてくれたんだ。


そうだ彼女

僕はいつの間にか、彼女の事を忘れていた


“あたしより長生きして”


そんな大事な言葉さえ、僕は忘れていた。


「どうしたの。急に怖い顔して」


立ち止まって考え込む僕に、穂花ちゃんが心配そうに声を掛けた。


僕にとっての彼女というのは、たったひとりの事を指す言葉だ。


「彼女の事思い出してた」


「ショック、やっぱり彼女いるんだ」


いたんだ。もうどこにもいないけど。


「うん、彼女いるよ」


「そっかぁーやっぱりいたんだ」


それから僕達は言葉少なく、そのまま解散した。


宿題だよ。

ただ長生きすれば良いわけがない。


僕は時間を惜しむように、勉強に部活に趣味のヲタ活に励んだ。

その甲斐あってか、県内でもトップクラスの高校に合格することが出来た。



宿題の答え 

長生きする理由は、まだ見つからない

それでも。

少しは、彼女の答えに近づけたのかもしれない。


でも結局近づけなかった。

僕は間違った。

頑張る方向を間違ってしまった。


中学最後の試験に向け徹夜を続けた僕は、登校中に倒れた。

そして、二度と目覚めることは無かった。


でも、倒れた時に女神様に出会った・・・ような気がした。

だから、つい願ったというか、苦情を言ったというか。

彼女の為に少しだけ時間を下さいと願ってしまった。


今後は健康にも気を使いますから。


だから、

もう一度チャンスを下さい。

彼女に会った時、自慢できるくらい長生きしたいんです。


女神様がいたのかどうか、本当のところ誰にも判らない。

死んだら終わりだ。


生まれ変わりも異世界転生もない。

ただ眠るように消えるだけ。


だから 

その時の僕は、また彼女に会えるなんて想像できなかった。


そして

僕は過去へと帰って行った。



*



ここはどこ。

小さな手。

バブバブしかしゃべれない。

赤ちゃんだよねこれは


赤ちゃんに転生かぁ

異世界じゃなくて少し残念だけど。

無事転生できてホッとした。



母が使うスマホが旧式に見えたので、ここは時代が古い世界なのかもしれない。

でもそれ以外は、地名や人物も僕が暮らしていた世界と何も変わらなかった。


でもね。

赤ん坊の生活はすごーく退屈なの!



あとおかしな点もあった。

この赤ちゃんは女の子だった。

でも女の子とはいえ、赤ちゃんだから性差なんて誤差。

だから意識すること無くすくすく育った。



「ちょっと、うちの子カッコよくない?これは将来イケメンになるわね!」


あの母さん、僕は女の子ですよ。(ばぶ、ばぶう)



人の言葉って難しい(ばばばぶぶぶぶー)


それから、気になっていた事があった。

考えないようにしてた。

今の僕のお母さんって、前の世界での彼女の母親に凄く似ていること。

ひょっとしたら親戚かもしれない。

名字も彼女と同じ東雲しののめだし。

そうしたら、いつか彼女に会えるかもしれない。


だから僕は、そんな期待に浮かれてしまった。




あっという間に3歳になった。

僕は保育園に通う事になった。


「ねえママ、明日から保育園行くんだよね」


嬉しい。いい加減家の中ばかりで退屈だった。


「あれママ、アキの名前違うよー東雲しののめアキだよ」


そう言ったら、ママは少し困った顔をした。


「良いのよそれで」


ママはそう言って私を膝に抱き上げると、母子手帳を見せる。

うーん、漢字はまだ読めない。


「アキって言うのはあなたに最初につけるはずだった名前よ」


だから、あなたの本当の名前は


東雲奏しののめかなで


その時

世界から音が消えた。

え、今なんて言った。・・・たしかかなでって


「アキちゃんの本当の名前は 東雲奏しののめかなでよ。

でもあなたこの名前で呼ばれると泣き出してね。仕方なく付けるはずだったアキって呼んだの」


僕は母の言葉を殆ど聞いていなかった。

どうして気が付かなかった。

彼女の母によく似た僕の母。


親戚じゃないかと、漠然と考えてた。

生活していけば、いつか彼女に会えるかなって。


僕は母から離れドレッサーの前に立った。

鏡に映ったその子は

瞳の色が少し緑がかっていた。つりめがちの瞳

そして間違えようはずもない

左の目元に2つ並んだほくろ


たぶん間違いない。

でもどうして、こんな事が起きたんだろう。


「あら。また泣いてる」本当にどうしたんだと、母親はオロオロする。


そこには、カナちゃんに良く似た子が立っていた。ようやく会えたよ。


・・・カナちゃんごめん。僕長生きできなかった。

そうつぶやいたら、


大丈夫だよ 


そんな、彼女の声が聞こえた



それから10年が過ぎた。


カナちゃんの分も長生きする

その約束を守るべく、僕はこの10年頑張った。


食生活に気を配り、お菓子を我慢するようになった。

それから運動に部活に勉強と。

全て真剣に取り組んだ。


きっと彼女は、僕の中で眠っている。

いつかカナちゃんが目覚めた時、成績が悪かったり、太ってたりしたら申し訳ない。


何事も加減を知らない僕は走り続ける。

それはちょっとだけ常軌を逸してたけど。


中学校の入学時点で高校生で習う勉強を始めた。


「ねえ、なんでそんなに頑張るの」


これはいつも言われる言葉。

そんな時は、決まってこう返している。


いつか素敵な人に巡り合った時、好きになってくれるためだよ



「じゃあ先に帰るよ」

私は中学の隣に建つ小学校へ向かった。

そして校庭で遊んでいる彼を呼ぶ。


「悠くん!」


「あ、カナちゃんだ。制服かっこいいね!」


「うんうん、もっと褒めても良いんだよ!」


そこには前世の僕がいた。

小さい頃の僕はこんなに可愛かったんだ。

僕には弟がいなかったから、いたらこんな感じかな。


友達とも違う 不思議な感じ


「それでカナちゃん、いつ僕と結婚してくれるの?」


ぶふぉおお!なんてこと言うんだこの子は!

しかも、自分に告白されるなんて。


「・・・なんておませなんだ。僕は」


ぼく彼女にこんな失礼なこと・・・あ、言ってたかも。




それは多分僕が5歳の時だ。

彼女たち家族がこの町に越してきた。

当時僕はまだ5歳で、彼女は7歳。


僕から見たら小学校に通っているカッコいいお姉さんだった。


「お姉さん、カッコいいね僕と結婚して!」


ああ思い出した。確かにそんなこと言ってたっけ。

自分のことながらなんと厚かましい


「でもうれしいな」


うん、嬉しい!



あれから何年もの月日が流れた。


「何もしないって言ったよね?」


目の前で土下座をするのは、可愛い小学生の成れの果て。


「すまん!ついフラフラと」・・・キスしたわけですね。




あるいは別の時間

「卒業するまでは我慢しましょって約束したよね」


「すまん!この責任は必ず取る!」


目の前で土下座をする、キス魔の成れの果て。

うん、その取り方では私が損だよ。


更に月日は流れ

「ねえ、この春から就職決まってたんだけど」

妊娠3ヶ月だったよ


「すまん!必ず育休もらうから!」


わからない。この人が何を考えているのか。


でもわかった事もあった。

彼女の病気で亡くなる未来は、どうやら回避出来たみたい。

僕は自分が思うより可愛いこと。



そうして私は

しまむらで子供用のお風呂グッズを選びながら考える。


ねえ、カナちゃん。僕たくさん頑張ったよ。

だからさ、カナちゃん。


「いい加減すねていないで、僕の中から出てきてよ」


このままだと僕がお母さんになっちゃうよ


ねえ?カナちゃん。

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彼女の分まで長生きするんだ。そして僕は彼女になった。 水都suito5656 @suito5656

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