春と夜の刺激物

とm

プロローグ① 暗がりの第一楽章

チキンで意気地無しな俺が高校デビューを夢見た結果──見事、石ころと化し─────

以降、いつも隅の方でひっそりと妄想に耽りながら欠けた宝石のような時間を消費していく。


───そんな、まさにお手本のような陰キャ……を、名乗るほどの価値もない───榴ヶ岡つつじがおか 遥斗(16)が復活した。


そして、遥斗は今日もまた真面目そう(つまらなさそう)なオーラを醸し出し、蝉時雨せみしぐれに癒されながらも、身近に煌めく青春の影で寝たフリを続けていた。


(今日はどの子と結婚しようか?)


俺の、唯一の楽しみ。

それはこの学校のあらゆる女子や女教師を妄想の世界へと連れ込み、共に様々なライフイベントを追体験する事。


この高校は、凄いぞ! 三組しかない小さな校舎だが、なんと一クラスにつき、二人の天使がいる。 


それに、三組に至っては担任もまた天使という。

それも、家に池があるという噂からラファエルと呼ぶ人もいるのだそうだ。羨ましい!


とまあ、そんな事を思う俺だったが昨日、妄想にお連れしたのは、天使というよりは宝石かな。


休み時間に分厚い小説を読む──小柄で奥ゆかしい雰囲気を放つふんわり栗色ショートの寡黙かもく女子──板前 華子ちゃんことハナちゃんと、滋賀県にある創立120年以上のレトロで美しい木造の図書館で────────


『あの……』


「はい。 どうされました?」


『あそこの、愛を食むって本を借りたいのですが……その……手が届かなくて……』


「任せてください」


『ありがとうございます』


そんな、恋愛小説のようなささやかな出会いから知り合いとなり、会話を重ねて行くうちに友人、恋人へと発展して──ファーストキスは黄昏時の観覧車で初々しく───プロポーズは夜景の綺麗な三ツ星レストランで俺から「一生支えます」と指輪の箱をパカり───初エッチはピンクのホテルでぎこちなく───


結婚式では主賓客としてスピーチを任された彼女の親父が、涙ながらに思い出、想いを語りつつ、俺に「彼女を泣かしたら殴り込みに行くぞ!」と激を飛ばし────妊娠した妻とマタニティフォトを取れば二人して互いの変化に微笑み──産声を上げる赤子を抱けば二人で悩んで決めた素敵な名前を呼んで───メモリアルボックスに赤子の足跡と思い出の写真、へその緒を……


と、言った感じに美しいライフイベントを一つ一つ、丁寧に。


死が二人を別つまで────


なんて妄想を、三限目あたりから眠る瞬間まで繰り広げていた。


ちなみに、朝起きたら枕は濡れていて、寝ぼけた視界にはハナちゃんの笑顔がチラつくから、思わず、泣いてしまいそうなった。

まあ同時に、これから始まる俺の生活に軽く絶望したが​───────


(んー。 、悩むなー)


これまでに7人の女子や女教師たちと十人十色の人生を共にしては、来世での結婚を約束して来た。 (解釈の都合で3人の女子に断られているが)


そしてその、残る70年ほどの人生を共に添い遂げたいと思える7人はもう、夏休みが来る前に網羅していて、最近は被ること自体珍しくなく──

一人と三日連続で人生する事もあるくらいだった。

(それもまた楽しいと思っているが)

ただ、やはりと言うべきか、決まった人と何度も人生をやっていると、次第に変化を求めるようになってくるのだ。

人間とは、残酷なまでに面倒臭い生き物で恒常的な妄想だと飽きが来てしまう。


だから、俺は頑張って工夫を凝らし、いつもと違う展開を模索しているが、どうやら俺には妄想のレパートリーと登場人物の知識、ヒロインへのリスペクトが不足しているらしい。


そして、最近そのことで悩んでいることもあって、ヒロインを選ぶのに時間が掛かる。


はぁ。 決まるまでの余白が苦しいよ。


かと言って、今のところ新しい人を探す予定は無く……。


エロゲ実況でも見て、レパートリー増やすか。


目を瞑り机に伏してる間、ずっと曲げてた背中が苦しくなってきて、一旦伸びをするともう四時限目に差し掛かろうとしていた。


(今日も早いなー)


ふと、漠然とした不安が頭に過ぎる。


正直、このまま誰とも話さず高校を卒業して良いのかと思う事がある。


意外だろうが、実のところ俺はエロケが大好きな目立ちたがり屋なんだ。高校の門を初めてくぐる際は、最高な自己紹介を決めて笑いの嵐を巻き起こし、一躍クラスの人気者へと──────


なんて妄想を繰り広げ胸を躍らせていたし。


初めて教室に入った際は、人気者になったことでクラス委員長、生徒会長の座を手にし、あらゆるクラスの女子から注目を集め─────なんて妄想をして、胸を昂らせていたし。


自己紹介で俺の番が近づいた際は、靴箱に届いた大量のラブレターを一気開封して恋文選手権を開催してみたり、呼び出しを受けて体育館裏で勇気ある告白をされ、エロゲ展開へと───────


なんて妄想をして、鼓動を早くしていた……


まぁ────────


「あ、あの、榴ヶ岡 遥斗と申します。 趣味は、えと……スポーツと勉強で……よろしくお願いいたします」


『あ、ありがとうね。 では次の人、どうぞ』


『はい! 私は…………』


高校デビューは見事なまでの大失敗に終わったが。

乾いた拍手だったな───────

やだ! 思い出したくない!


四時限目が始まった。


総合か。


総合はあまり好きじゃない。

基本隣の人、または班とグループを作って進行していくからだ。

俺、人と協力するのは得意じゃないんだよ。 特に女s───


「皆さん! 自分の良いところは言えますか!? 人には誰しも良いところがあると思うんです!

ただ、皆が皆、自分のいい所を見つけられるって訳では無く、見つけられないまま人生を終えてしまう人もいるんですよね。 私然り。

勿体ないですよね。私然り」


20代の折り返し地点に立ったことで危機感を感じ始めたという、ミディアム茶髪ストレートの硬そうな髪に、赤い縁なしメガネを掛けたまさに一部の紳士を殺しにかかったようなルックスに底抜けの明るさを併せ持つ担任の──山内 朋子先生。


先生は今日も相変わらず、無地シャツにカーディガンの生地をグッと押し上げる大きな胸で、あらゆる戦士たちの視線を集めている。


無論、誰がどう見ても良いとこだらけの先生なのだが、きっと未だに独り身なのが原因だろう。

授業内容にも中々強い私情を感じる。


ほんと不思議だよな。 あれほど恵まれたモノを多くお持ちなのに、運命の相手に巡り会えていないのだから。 理想が高いか、性格にどうしようもない難があるのだろう。

なんて声がチラホラと聴こえてくる。


可哀想だなー貰ってやるか。

まあ俺は、間違いなく選べる側じゃないんだけども……。


それにしても──なんだろうこの嫌な予感は。気のせいか? そうであって欲しい。


「なので、今回の授業では、隣の席の子と良いところを見つけ合って貰います!


勿論、無しは無しですよ! もし授業内に見つけられなかったら課題にしますからねー!


皆さんでこのクラスから、自分の良い所が分からないなんて悲しい事を言う人を無くしましょう!」


ふときざした、嫌な予感が当たってしまった。


──────あーあ!!!!!

やめてくれよー!!!!!!!

そういう授業は死人出るって! 色んな意味で!

主に俺!!!!!


教室がざわめいている、上位カーストゾーン、陽キャゾーン、陰キャゾーンからはそれぞれ三者三葉の盛り上がりを感じるが、俺ともう二人のぼっちからは屍のようなオーラが漏れ出ている。


いや、もう死人出てるって! 授業やめようよ! 今ならワンチャン間に合うって!!!!!


──「はい! じゃあ前の列から、ワークシート配ってって!」


俺の叫びも虚しく授業は進行を続け……。


授業が終わる頃──俺はガイコツになっていた。 ショックで死んでしまったらしい────────────────


そうして、俺は隣の席の女の子から『誠実』『真面目』という良いところを見つけ出され、半ば涙目敗走といった形で、最悪な授業は幕を閉じた。


ほら、こういう授業は大抵、俺みたいな人間を傷付けて終わるんだよ。

自己解釈の拡大を狙っているのか知らないが、そんなのは気心の知れた友達同士か、占いでしていればいいんだよ。


というか分かるだろ。

こんな、よくも知らない人同士。 ましてや片方嫌われて……、を授業や課題という言葉で縛り付け無理やりペアにして、良い所を書かせた所で、適当な事書かれて、それに気付いた人が傷付くだけだって────


いや、分からないのか。 それかそれを見て楽しむサディストか。


きっと、あのぼっち2人も亡くなってしまったのだろう。可哀想に。波阿弥陀仏……。


ちなみに、隣の席の女の子の良いところは、俺と合わせてやった。

良いところの欄に書くことだから、当然言われて嬉しいことだろう。 違いない。


これは、俺なりの優しさだ。


女の子は嫌そうな目をしていたが、その目は先生に向けるべきだよ──モンシャトン♪


そうイタズラにカッコいい視線を飛ばしてみれば、今度は青い顔で目を顰める女の子。


この照れ屋さんめ。 傷ついちゃうじゃないか。


四時限目が終わったあとの先生は、開始前に較べやたらキラキラとしていて──あー。 こりゃ結婚出来ない訳だ。なんてことを悔し紛れに思う俺であった。


こうして、隣の席の女の子からは物理的距離を置かれ、何とも心痛む空気で5時限目、6時限目を終え、放課後を迎えた。


ホームルームが終わった時、リリースされた魚がごとく勢いで教室を出た少女は、まさに隣の席にいたクラスメイトだった。


先生よ、俺はあんたを一生怨む。


ぼろきれのような心を抱え、不登校になろうか悩みながら家に帰ると、まだ誰も帰ってきておらず、玄関はひっそりとした黄昏時の光を受けていた。


はぁ。 これは、帰宅部の特権だな─────


さて行くか───俺だけのオアシスへ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る