第64話 カナダ人グランマが日本のトイレで勘違いしたこと
久しぶりにグランマを訪ねた。
「日本に一時帰国する前に一度寄りたいんだけどいい?」「もちろん。どれだけでも泊まってって」
グランマの住む海辺の小さな町は、フェリーを使わないと辿り着けない。でも、町中がポストカードになりそうな風光明媚な所で、のんびり散歩したり、グランマの家のベランダから外を眺めているだけで、涼しい風と緑の景色で癒されるから、私はリラックスしにちょいちょい訪ねさせてもらっている。
出発前にグランマから、司令が届いた。「今、猛烈に焼肉食べたいんだけど、こっちでやってくれない?」「もちろん!」「肉類はあるんだけど、野菜がどんなのがいいか、ちょっと忘れちゃったんだけど」「日本帰る前に使い切りたい野菜あるから、それ持ってくよ」
出発の日は、渋滞を避けるために朝早く出発した。
道中、手土産に私のショボいワインのストックから良さげなものを一本、持っていくつもりだったのにすっかり忘れてしまったことを思い出した。結果、グランマへの手土産がビニール袋に入った残り物のキャベツ1/3と、ピーマン半袋、という情けないことになってしまったが仕方がない。
結局、焼肉は、グランマのお兄さん夫婦、グランマのお友達と私たちとで決行することになった。
私とグランマ以外は、初焼肉なので、私はちょっぴり心配していた。
そもそも、食卓にグリルを置いて、自分で調理しながら食べるというシステムが珍しいし、結構、お年を召してる人たちだから、今更、新しい食べ物を受け入れるのだろうか、と。
まあ、思った通り、最初はステーキとかと違ってあっという間に火が通ってしまうお肉や野菜にみんな軽くパニック。
それでも、徐々に、それぞれの焼き時間や、焼き上がりのタイミングがわかってきたようで、後半戦からは、焼いた肉を「ほらほら、もうこれいい感じだから、誰か取って」とか、全員が焼肉奉行になっていた。
「えらく、せわしない食事だったな」おじさんはそう言ったものの、用意した食材はほとんどなくなってたので、結果的には大成功だった。
グランマ曰く、「おじさんはめったに感情を表さない人なのに、今夜はえらくたのしそうだったわ」とご満悦だった。
みんなが帰った後は、グランマと日本滞在中の話で盛り上がった。
グランマは、私と元旦那がまだ一緒だった頃、グランマは何度も日本に滞在している。
はじめてうちに泊まった時、天気予報で雨になるっていってるよ、って教えてるのに、「平気、平気。雨なんか慣れてるから」って、傘も持たずに元旦那と出掛けて、すぐに髪の毛から雫を滴らせながら、文字通り全身ずぶ濡れで帰ってきた時があった。
カナダの雨と違って、こっちはバケツひっくり返したみたいな雨降るんだぜ。
まあ、それからは傘持ってってくれるようになったけど、基本、あんまり私の言うこと聞いてくれない親子なのだ。
*
「なんか、私たち夫婦より、近所の食べ物屋知ってたよね」「ああ、あの時は、〇〇(グランマの当時の彼氏)と来てて、自転車でだいぶウロウロしてたからね。でも、大体、自分たちが何食べてるのか、よくわかってなかったわ」
そういえば確かに、美味しいものにぶち当たった後、私たちに教えてくれるのだけど、
「たぶん、あそこの角の、あの信号あたりで、中華か何かの店で、食べたものは、スープと、よくわからない、こういうやつで、味付けは、なんだろね、あれ? ちょっとしょっぱいんだけど、付け合わせは甘いやつで......」
みたいな感じで結局何食べたのか、さっぱりわからなかった。
*
その日も、グランマと当時のボーイフレンドで来日してて、二人で吉祥寺あたりをぶらついてから帰ってきた。
そしてグランマが、チョイチョイと私を呼んで、声をひそめて聞いてきた。
「今日、デパートに行って、女子トイレ入ったの。そしたら、そこに男性用の『小』便器が設置されてたんだけど......」
私は、グランマのちょっと深刻そうな表情に「?」と、なったけど、とりあえず「それがどうしたの?」と聞いた。
「......あれ、なんのために設置されてるの?」
「あれ? あれは男の子連れたお母さん用だよ。子供用だから便器のサイズ、小さかったでしょ?」
すると、グランマは盛大に吹き出した後、ボーイフレンドの彼の元に走って行った。
「あれ、男の子連れの人用なんだって〜」
それを聞いた彼も爆笑している。
私はなんのことかわからず、笑い続ける二人を眺めていた。
ようやく笑いがおさまった後に聞いたら、二人ともなぜ女性トイレに男性用があるのかわからず、出した結論が、「男性→女性」のトランスジェンダーの人用に設置されてるんだ!と思ったんだって。
「いやあ、日本は進んでるのねえ、って感心してたのよ」
進んでない、進んでない。
ちなみに、十年以上前の話。
今、トランスジェンダーの人のトイレ使用が問題になってるけど、その話を聞くたびに、この出来事を思い出してしまう。
〜終わり
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