第19話 『おにぎり』で、とあるカナダの女子高生を救った話
高校生の息子は、『読書クラブ』のメンバーとランチをとっている。
これは、ランチの時間、本の感想を言い合ったりするクラブらしいのだが、息子曰く、「本の事、話してるの見たことない」らしい。
以前『おにぎり』が人気だ、という話を書いたが、そのクラブでもやっぱり人気なんだそうで、特に女子に、「いいなあ、おにぎり」と毎度、言われるらしい。しかし、息子は弁当を残しがちな娘と違って、がっつり食べる派なので、他人にわけてあげたりはしない。
「いいな、いいな〜」と言われるなか、黙々とおにぎりを頬張っているそうだ。
そんなことを聞くと、また私の下町おばちゃん根性がむくむくと湧いて出る。
「あのさあ、今度おにぎり、その子達の分まで作ってあげるから持ってってみる?」
息子は少し考えた後、ニヤリと笑ってうなづいた。
おにぎりのことを特に言ってくる子が二人いるそうなので、その日、鮭のフレークが入ったおにぎりを二つ余分に持たせた。
そこは、なんといってもカナダだから、サーモンが一番抵抗なさそうだと思ったのだ。
その日のおにぎりは案の定、大人気だったそうで、おかげで息子も女の子たちに、チヤホヤされて気分が良かったらしい。
しかし、この日から妙な事になっていった。
息子が、先日おにぎりをあげた人の一人、年上の女の子の方に、
「今日、おにぎりはないの?」
と、しょっちゅう聞かれるようになったそうなのだ。
別におにぎりをひとつ余計に作るのなんて、手間もかからないし、そもそも下町おばちゃん気質だから「喜んで!」って感じなんだけど、私の中で何かが引っかかった。
そして、学校のことをほとんど話さない息子の重い口をわらせて、わかったことは、その女の子がいつもランチを持ってきていない、ということだった。
「え、なんで? なんかダイエットとか??」
「いや、それはないと思う。たまーに、ポップコーンとか、ポテトチップ持ってきて食べてるから」
うーん。これはどういうことなんだろう。
実はその女の子は娘と同じ歳で、ある学外の活動が一緒だったこともあって、なんとなく知ってる子だった。なんなら、その活動がらみで親御さんに会ったこともある。特に経済的に困窮している風もなく、普通の親御さんに見えた。
ただ、娘曰く、親子揃ってLGBTとかの啓蒙活動に執心しているらしく、なんか「正しいことをしている私たち」みたいなのの押し付けが酷くてちょっとウザい、みたいなことを、チラッと言っていた事を思い出した。
私がその親御さんにあった時も、子供たちをどこかのイベントへ送っていくのを彼女の親が、お迎えは私が、みたいにドライブをシェアした時だった。コロナが流行りだしたくらいの時で、当日は挨拶もそこそこに、聞いてもいないのに、
「私たち全員ワクチン打ってます!! 安心してください!!」
と、鼻息荒く宣言されて面食らったことを思い出した。
そんなに『意識高い系』の人なのに子供の『食』については、おざなりなのだろうか……?
しかも、なんでも食べる息子だけど野菜の春巻き(もちろん冷凍食品)が、実は嫌いで手をつけずにいたら、
「それ食べないの? だったらちょうだい」
と言われるので、今までずっとあげていたらしい。
……おい、息子よ。
まあ、そのことについては今回はおいておこう。
「じゃあさ、おかあ、その子の分の弁当も作ってあげようか?」
と聞いてみる。
息子は、しばし考えていたけれど、返事は「No」だった。
しかし育ち盛りの女子高生が昼抜き、しかも自分の意思ではなく、どうやら何かしらの事情で抜いている、と聞いたら、下町おばちゃんはどうしても無視することができない。
私は考えて、
「これから、おにぎりをもうひとつ余計に入れるから、あんたが食べきれない時は、あの子に聞いて、『欲しい』って言われたらあげてくれない?」
という事を息子にお願いした。
それについては、息子はオーケーしてくれた。
そして、息子の嫌いな野菜春巻きも入れ続けた。
もちろん、息子にはその分一品増やした。
その子が読書クラブに来ない時もあったけど、来たときは、おにぎりと、入っていれば野菜の春巻きを渡す。
それは今春の彼女の卒業まで続いた。
と言っても、ほんの数ヶ月なんだけど。
今思えば、かなり遠くから越境して通ってきている子だったので、親なり、本人なり、ランチをつくるにはかなり早起きしなくちゃいけなかったからなのかな、と思っている。
そして、他人への啓蒙活動に力を注ぐなら、「まず、自分の子供に労力分けてあげてくれよ」と、思う気持ちは変わらない。
まあ、なんにせよ、おにぎりが、ある女子高生を救ったってことなのだ。
〜終わり
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