善を問う
彩霞
第1話 「ソウ」という人
春のうららかな日、どこの村も村人総出で畑を耕していたときのことである。セイ村に、見知らぬ女性がふらりととやってきた。
身なりはあまり良くない。服も
そのため村人たちは一目見て、彼女が「何か問題を抱えてここへ来た」ということに気が付いていた。
「どうしたの?」「何があったの?」と、村人たちは作業の手を止め女性に近づくと尋ねた。
ここの村の者たちは皆優しい。困った人がいると寄り添い、手を差し伸べようとする。
すると、女性はほっとしたのか表情を和らげたが、すぐに
村人たちは顔を合わせて、どうして何も話してくれないんだろうと思った。
そのとき、「もしかすると、口がきけないのかもしれない」と誰かが言った。
すると彼女が硬い表情をしながら小さくこくりとうなずいたので、言葉は分かるが声が出せないということが分かったのである。
「文字は書けるか?」と尋ねると、今度は大きくうなずいてくれたので、村人は黒板とチョークを持ってきて、彼女の事情を書いてもらうことにした。
女性が書いた文字から、名前はソウといい、前にいた村でいじめられていたため、話すのが怖くなり、いつしか声が出なくなってしまったことが分かった。
声を失ってからも地面に文字を書くなどをして、何とか村人たちと会話をしていたが、だんだん上手くいかなくなって、仕方なく村を出たそうだ。そしてあてもなく歩いていると、ここへたどり着いたそうである。
村人たちはソウに同情して、「ここで暮らしたらいい」と言った。
ソウは信じられないというように、驚いた顔をしていたが、「皆、助け合っているんだよ。だからあんたも助かっていいんだ」と誰かが言ったので、彼女はちょっとだけ笑顔を見せてくれた。小さな花が咲いたような、健気な笑みだった。
そして、ソウはここで新しい生活をすることになったのである。
ソウは声を出すことができないため、黒板とチョークを使って村人たちとやり取りをしていた。書くと相手が待たなくてはならないため、ソウは「時間がかかってごめんなさい」と何度も書いて謝ったが、村人たちは「そんなこと気にしなくていいんだよ」と言って、ソウを
最初は申し訳なさそうにしていたソウだったが、
村人たちはとても喜んでいたのだが、ソウにはちょっとした困った
彼女はよく、以前いた村で自分に降りかかった辛い出来事ことを話す。
ソウが声を出して始めた当初は、村人たちは誰もが彼女に同情して聞いていた。「大変だったね」「辛かったね」「よく頑張ったね」……。
だが、その話が次の日も、その次の日も、繰り返されるようになり、いつしか日課のようになっていった。
さすがの村人たちも、ソウの口からこの村での生活について聞きたいと思った。ここで生活しているのだから当然だろう。
そのため誰かが、彼女の話が途切れたときに「別の話をしない?」と尋ねてみた。だがその
泣きわめき、「何故私が悪いの!」「何でそういうことを言うの!」と目を
そのため村人は、辛抱強く彼女の過去にあった話を静かに聞いていた。
しかしそのうちに、一人、また一人と、調子が悪いという者が出てきたのである。
見る限り、どう考えてもソウが過去の話を延々とするからと思われた。彼女の話は心を痛めるものばかりで、話を積極的に聞いていた優しい者はまるで自分事のように受け取ってしまう。そのせいか、気持ちが落ち込むようになり、中には寝込んでしまうような人も出てくるようになったのである。
そのため、村長はソウに事情を話し、自分の過去ばかり話さないようにしてくれと言った。
だが、話はうまく進まなかった。村長に対し、ソウが「
村長は彼女の強い視線におろおろしながらも、確かにその通りだと思った。
寝込んだ本人がそう言っていると言っても、確かにはっきりとそれが原因とはいえないのだから。
村長は考えた末に、彼ができるだけソウの話を聞いてやるように言った。
だが、村長は仕事が忙しい。そのため、どうしてもソウは手の空いた優しい者のところへ行って話をしに行ってしまう。すると、また誰かが寝込む。
中にはソウに注意するものもいたが、そのたびに彼女が
ソウが来てから三か月ほど経ったころ、村長が近隣の村同士で会合をすることになっていた。この辺りの村では、自分たちの植えた作物がどれくらいの生育状況になっているかを報告するのである。
こうすることにより、もし問題が起きたら共有したり、解決策を考えたりするのだ。また収穫が難しくなったときは助け合いもする。そうやって、セイ村を含む周辺の村たちは、これまでずっと協力して生きてきたのだ。
セイ村の村長が、今回の会合場所である隣のカモ村に向かったときのことである。
会合の合間の際に、カモ村の村長が、「あんたの村にソウという女は行かなかったか?」と尋ねてきた。
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