ポポはひとつぶをもって

水上透明

ポポはひとつぶをもって

あるところにポポがいました。

そこはささやく声が絶え間ないねこじゃらし畑。

ポポは、その心地良いにぎやかさの中にぽつんとひとり。

ねこじゃらし達が風になでられてじゃれ合っているのを、自分も風に揺られながら眺めていました。

―ポポは想いました。

真白になびく光の丘を。

水晶が冷たい泉の底で、自分の体を透かして辺りに陰影を躍らせているのを。

それから・・・

ふとポポにぴしょんと何かが当たりました。

ポポは、空へと目を向けます。

鮮やかに輝く青空の、爽やかな晴れ模様。

その中で、ぱち、ぱち、しゅっ、とソーダ水がはじけていました。

はじけた泡は水滴となって、ぽた、ぽた、と、ねこじゃらし達の元へ転がりこぼれ、転がりはずみ、また空へと戻ってゆきます。

また、ポポの頭にぴしょん。

水滴がポポを踏み台に飛び上がります。

ぴしょん。

ポポは目を空へ向けたまま、

―ポポは想いました。

焦がされたサボテンの陶酔。

ゆくえに迷い込んだ7本の指。

影に差し込む光の柱が芯をつかんで離さないこと。

あるいは深紅の砂地・・・争う階段へ。

ポポはふと想いが戻って、視界がうつつに戻り、視界にはかすんだ7色の道が映りました。

きょうは照らす光が透明なので虹が出ているのです。

ぴしょん。

ポポのおでこから飛び上がろうとしたひとつぶ。

ポポは手にとりました。

ポポはその手を大切にしながら歩きはじめました。

てくてく、てくてく、歩いてゆきました。

とおく、とおくへと、歩いてゆきました。

ふと歩くのをやめると、そこは見事に咲くいきものたちのたたずむ場所でした。

ポポは手のひらの水滴を少しはじいて、そのうちのひとりの花の口へと入れました。

すると、その花から隣また隣、いっせいに体を広げるだけ広げて、力いっぱいの伸びをしました。

とっても、気持ちの良さそうな伸び。

それを見届けると、ポポも体を広げるだけ広げて、今度は空を飛びはじめました。

ひゅう、ひゅうう、と飛んでゆきました。

とおく、とおくへと、飛んでゆきました。

途中、ひらり、地上へと降り立ちました。

そこは広い広おい、砂漠の地です。

そこでポポは、水滴を持っている手のひらから、もう片方の手のひらへと水をわけました。

そうしてわけ受けたほうの手のひらを、砂漠の地の上で、ひらり、と、ひるがえしました。

すると、砂漠の地のほうは、水滴をあっ、と言う間に吸ってしまうと、そこはオアシスになり、いっときの間、文明が起きては消えてゆきました。

足の温かくなったポポは、今度は逆立ちをしてゆき始めます。

空の空まで歩いてゆきました。

高く、高くまで、歩いてゆけました。

やがて見えてきたふんわりとした雲の元まで進んでゆきたくなって、逆立ちをやめると、すいー、すい、と、雲の方向へ泳いでゆきました。

ふんわりとした雲の元までやってくると、ポポは持っている水滴をちょっぴりつまみ取って、ふんわりとした雲の中へと入れました。

すると、雲はどんどん大きくふくらんでいって、やがてその地一帯に、ざわ、ざあ、ざあ、と、気まぐれ調子の雨をふらせました。

ふるごとに段々と雲は小さく小さくなっていって、ポポは、靴ほどになった雲を履くと、ふんわり、ふわ、ふわ、地上へとおりてゆきました。

最後は雲の靴が無くなりかけて、ぴょん、と、飛びはねておりたちました。

ふいに、おりたちたてのポポの肩に何かが触れました。

雨逃れのモンシロチョウです。

雲はもう無くて、ひと時の間、ポポとモンシロチョウはその場で、晴れ上がった暖かさを浴びながら、湿った体を乾かしました。

やがて体の乾いたモンシロチョウは、輝くりんぷんを灯して、きらきら、ひらひら、飛び始めました。

ポポはその明かりにひかれ、さわさわ若い草原から、ひそかな林道へと、モンシロチョウにゆらゆら夢見るようにひかれ、森の奥の、しん、と静かな泉にわけいってでました。

しばらくの間その静かな泉でじっとしていると、まるでポポまでその空間と一緒になったように、ポポの中全部がしん、という心地でみたされました。

モンシロチョウの方は、近くの大きな葉にひたりと止まって、ひらり、ひらり、羽をゆったり扇いで、羽休めをしていました。

ポポは持っている水滴を少しかしいで、小さな一滴を泉の中にぽとり、落としました。

泉は、相変わらず穏やかな表情でたたずんでいます。

それからポポはまた歩き始めました。

歩いて、歩いて、歩いて、歩いて・・・。

歩いて、歩いて、歩いて、歩いて・・・。

すると、いつの間にか、果ての闇の中にいました。

その事に気が付いたポポは、ゆっくり、ゆっくり、静かに、静かに、泣き始めました。

光もなく、空もなければ地もなくて、ポポ自身もありません。

ポポは思い出したように水滴を持っている手をにぎってみました。

だいぶ少なくなった水滴が残っています。

その水滴をポポの口の中へと入れました。

入れた瞬間、ポポは自分ののどがかわいていたことを知りました。

体の奥までしみこんでゆくのがわかりました。

ゆっくり、ゆっくり、指の先まで、心臓の奥まで、水滴がしみこんでゆきます。

そしてうるんだひとみをゆっくり開けると、闇は光へと変わってゆきました。

ポポは自分が命であることに気が付きました。

ポポがまばたきをするごとにポポのまわりにはどんどん命が生い茂ってゆきます。

そしていつのまにか、ポポの足元にはねこじゃらしが揺れていました。

ポポはにっこりと笑みを咲かせました。

今日もまた、水滴を手のひらに乗せて駆けてゆきます。


おわり

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